(ジャスティン)


「何も知らないということは愚かなことです。そして、知ろうとしなことも」

音楽の流れていないイヤホンを耳につけたまま、ジャスティンは声高々に片方の手を天へと差し伸べる。
しかしその手を取る者はおらず、ジャスティンは静かに溜息をついて視線を下へ降ろした。

「何か反応をしてくれないと寂しいじゃないですか」

「出来ればあなたと会話をしたくないです」

「照れるあなたも可愛らしいですよ。なまえさん」

そう微笑むジャスティンの真っ白い服は綺麗なままで、身の潔白さを示している。
しかしそんなジャスティンと対峙するように立つなまえの洋服は―――というより、身体は血だらけであった。
所々に刃物で切られたような傷があり、額から流れる血が目に入らないよう右目を閉じている。

「ふふふ」

「……さっきから、何がおかしいの」

なまえを観察するような目線と共に、ジャスティンの口から笑みが零れた。

「いえ。生徒の頃のあなたも可愛らしかったですが、やはり成長した姿というのも素晴らしいですね。実にそそられる」

「その口を今すぐに閉じて下さい」

「っと、」

なまえが地面を蹴り、魂威を放とうとジャスティンへ向かっていく。
しかし手負いのなまえと無傷のジャスティンでは行動の速さも攻撃のキレも異なり、なまえはジャスティンに腹を蹴られて宙を浮き、地面へと数回叩きつけられた。

「なまえさん。もうあなたのパートナーとなる武器は私以外存在しません。勿論あなたが憎んでいた魔女も殺しました。職人も、あなたに嫉妬させてはいけないので刑に処しました。この世界にはもう、あなたと私しかいないんです」

地面でうずくまりながら、なまえはジャスティンから述べられる事実を淡々と受け入れる。
これだけ暴れても決して人は来ない。
何故なら彼が殺したから。
どれだけ助けを呼んでも誰も来ない。
何故なら彼が殺したから。
自分を憎んでいた白衣の男も、面倒を見てくれた仮面の男も、信頼を寄せてくれていた鎌になれる男も、全員。

「私が憎いですか?なまえさん」

ニッコリと笑うジャスティンを、目が霞みながらもなまえは見上げる。
痛む身体を必死に起こし、立ち上がって。

「だけど、私を見てくれないあなたも悪いんですよ。なまえさんでなければ死刑にしてたところです」

「死刑だとか刑に処すだとか…あなたは、死神じゃないでしょう」

「そうですね。だとしても、もうそんなのもいないのですから気にしないで下さい」

なまえの元に歩み寄るジャスティンから逃げる体力ももう無い。
力が抜け、倒れそうになる身体を、いつの間にかすぐ近くに居たジャスティンに支えられる。
その手はとても優しいもので、なまえは一瞬それが誰のものかがわからなかった。
そのまま何を言うでもなく、ジャスティンは当然のようになまえの唇に口付ける。
頭を動かして抵抗しようとするが、身体を支えていない方の手で後頭部を力強く押さえられ、どうにも出来ない。
身体を支える優しい手と、頭を押さえる力強い手。
混乱しそうになる中、なまえは必死にジャスティンの胸板を両手で押し返そうとする。

「無駄ですよ」

「っ………!」

舌なめずりをしながら微笑むそれに、なまえはゾクリと背筋が凍った。
最後の悪あがきとして魂威を撃とうと胸板に置いたままの手に力を込めるが、手首を掴まれなまえの肩がビクッと跳ねる。
ジャスティンを見上げれば、憎たらしい笑みを浮かべてこちらを見ていて。

「私はあなたのことが大好きですよなまえさん」

何度目かわからないその言葉に、なまえは諦めの苦笑いを零す。
目を閉じて零した笑いのあとに開かれた目は、覚悟を決めた色をしていた。

「…ええ。ありがとう。殺してやる」

「何を言っているんですか」

なまえの感謝の言葉を気に留めず、ジャスティンはその右手を振り上げた。

「殺されるのはあなたでしょう?」

理想を殺せ

現実を愛せ

(吐き気がするほどの絶望をあなたに)



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