(鶴喰鴎)

朝。彼女の数歩後ろを歩く。
別に恥ずかしいとかそんなものではなくて彼女の履いている靴を眺めたいだけだ。

「そーいうわりにはなまえ先輩のことがっつり見てんじゃねぇか」

「…いくら親友のヒートーだからって安心院さんに貰った能力で私の視界を見るだなんて酷いじゃないか」

「だから親友じゃねぇっつってんだろバーミー。恥ずかしがってたら何も始まらないぜ?」

「うるっさいなー。少なくとも私はヒートーみたく女の人を泣かせたりずるずると恋愛展開にしたり恥ずかしいことを平気で言えるような人間じゃないんでSQでも読みながら爽やかに登校するとするよ」

「おーおー、言ってろ。じゃあ俺は先に行くぜ」

そう言って駆け出す人吉は軽い足取りで彼女に「おはようございます」という挨拶をすると、みるみるうちにその背中は小さくなっていった。
玄関でこちらを振り返った彼女が笑顔で手を振ってくれたが、「『まだSQなんてもん読んでるんだ?』」だなんてつっかかってきた球磨川先輩に気をとられ、手を振り返す前に彼女はチャイムの音に驚いて階段を駆け上がってしまっていた。

「あなたはとことん空気が読めない人ですね。だから友達がいないんですよ」

「『何言ってるんだよ少なくとも君よりはいるぜ?週間少年ジャンプの方が話せる奴だって多いしね』」

「別に話せなくったって良いじゃないですか。あんなもの話しても所詮少ない知識で誰が好きだとか誰は嫌いだとかそういう話ばかりするんでしょう?それに比べて私は1人で読みますしネットも使ったりしませんから楽でいいですよ本当」

「『そんなことより遅刻だけどいいの?』」

「いいわけないでしょう」

へらっと笑っている彼に多少(というか物凄く)イラっときたものの、遅刻などしていては彼女に嫌われてしまうかもしれないと慌てて階段を駆け上がった。
授業中は流石に彼女の側にいるわけにはいかないのできちんと自分の席で授業を受ける。
一度三年生の教室で受けたことがあったが、他の三年十三組の人たちに追い出されてしまってからは行っていない。
別に彼らと戦って自分が負けるわけもないし戦う意味すらないような人たちばかりであったが彼女に迷惑をかけるわけにもいかなかったので、しかなたく一年の教室で授業を受けているのだ。
そして昼休み。
早めに授業が終わったので1人で座って食べていると、彼女が食堂にやってきてこちらを見て手を振ってくれた。
慌てて振り返そうとするが、後ろで親友の友達が皿を落とした音に驚いて振り返ってしまう。

「あれ、鶴喰鴎とかいう黒神めだかの親戚じゃん。ご飯食べてるー?」

「はぁ……」

不知火半袖。
面倒な人物に絡まれたなあ、とため息をついた。
しかしそんな反応にも慣れているのか、皿をカチャカチャと鳴らしながら食べ物を口に永遠に放り込んでいく。

「なまえ先輩と一緒にご飯食べたりしなーいのー?」

「別に私はあの人と一緒に食べたいわけじゃないしまああの人がどうしてもって言うなら食べてあげてもいいですけど、まあそこら辺の人たちと違って私は一人でご飯を食べるのが好きですから」

「恋は勝たなくてもいいけど、あんたの場合勝負が始まってすらいないんじゃないのって思うよ」

ケラケラと笑う彼女に背を向け、三年生に囲まれる彼女をじっと見つめる。
後ろでずっとご飯を食べ続けている奴とは違って一人前で事足りる自分は立ち上がると綺麗になった皿が乗ったトレイを返却場に置いて食堂を後にする。
その足でふらふらと学園内を探索した。
いつもこうして適当に時間をつぶし、屋上へと入ると。

「……………………」

ここで彼女は、一人静かに寝ているのだ。
一ヶ月ほど前にここで寝ている彼女を見つけ、それ以来昼ごはんを食べてからここへ来るのが二人の日課になっている。
少し動かしても起きないため、彼女が枕にしている鞄と自分の足を交換し、膝枕で彼女を寝かす。
サラサラと指通りの良い髪は触っていて気持ちの良いものであった。
彼女の寝息と、風の吹き抜ける音。
校庭で遊ぶ生徒たちの声も微かに聞こえるが耳障りな音でもない。

「なまえ先輩」

名前を呼んでも彼女は起きない。

「本当は私、もっとなまえ先輩と一緒に居たいんですけどね。何せ人と向かいあって目を合わせて喋るというのが苦手なものですから。すいません」

彼女は静かに眠っている。

「ああでも安心して下さい!先ほど風紀委員長が作ってたあなたを主人公にした恋愛ゲームのデータをぶっ壊してきましたし変態が持ってた写真とフィギュアは回収しましたし球磨川先輩のジャンプはビリビリに破きましたから」

球磨川はとんだとばっちりだろう、という突っ込みもなく、彼女は小さく声を零した。
それに少し驚いたものの、微笑んで一度優しく頭を撫でると足をどかし鞄を元の位置に戻す。
ゆっくりと立ち上がり、あと数秒で鳴る彼女の携帯のアラームを聞く前に屋上を後にした。
寝顔を見られていたと知れば恥ずかしがって口をきいてくれなくなるだろうし、こうして彼女に触れられたことでとても満足している。
途中廊下で会った安心院さんに「その表情気持ち悪いな」だなんて悪口を苦笑いで言われたことも気にならなかった。
携帯を開き、バレないよう撮影した寝顔を見て息を吐き、形態を閉じた。

「今日もまた言えなかった」

ずっと言いたい言葉がある。
いつも元気で綺麗なあの人に、伝えたい言葉がある。
誰もいない空間で1人、練習するように呟いた。


「初めまして。あなたが好きです」


(私の存在を知らない彼女)
(そんな彼女がそう言われて喜ぶ顔を想像するだけで)
(私は今日も生きていける)


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