(雲仙姉弟)


「姉ちゃんが引きこもった」

「―――――はい?」

昼休み、話があるからと呼ばれた一年十三組の教室で、唐突にそう告げられた。
普段携帯ゲームやらボードゲームやらで会話してるときにたいしてこちらを見ようともしないその瞳は、真っ直ぐにこちらを見つめていて。
その人を見下すような、値踏みするような瞳は困惑したような色を帯びていた。

「そりゃあ鉄球持った言葉通じない下ネタ大好きな姉だけどさ、引きこもったとなったら一大事だろ?最近の子供は引きこもって何してんだかわかんねーんだからさ」

「なんていうか、個性的なお姉さんだね」

「だろ?自慢の姉だぜ?」

ケケケ、と笑う冥利であったが、やはり普段の気迫というものがあまり感じられない。

「まあでも、そういうのって原因がわかれば対処しやすいんじゃないの?」

「………あー、えっと……」

「?」

どうしたものかと言葉を濁す冥利に、なまえは首を傾げる。
彼の席の側には、真っ二つに割れたゲームが落ちていた。

「原因は、俺だ」

「え?」

「俺が中3の姉ちゃんを差し置いて飛び級して高1になったから、引きこもった」

「あー………」

なんて言えばいいのかわからなかった。

「雲仙家はじーちゃんとばーちゃんと両親と弟ふたりが死んでるからよ、家での遊び相手がいなくて俺ってば寂しいのよ」

「学校は行ってないの?」

「あ?いや……なんつーか、それを異常に訊くか?普通」

「まあ、行ってないよね」

はあ、とため息をはくとなまえは冥利の前へと座る。
そのまま持っていた弁当箱を開けると、春巻きを掴んで口に入れた。
それをじっと見つめたまま、冥利は言葉を続ける。

「まさか原因である俺が姉ちゃんを説得するわけにもいかねぇし、かといって他の奴らと言葉が通じるとも思えない。どうしようかなって思って、なまえ先輩に相談しようと思ったわけなんだよ」

「そういうときだけ後輩ぶるよね、雲仙くんって」

「立ってるものは十三組でも使えってね」

「座ってるんだけど」

「ケケケ。そんな屁理屈が通じる相手かよ」

そう笑いながら、雲仙はなまえが口に運ぼうとしていた春巻きの最後の一口を奪い取るように口に入れた。
何もなくなった箸の先をしばらく見てたものの、なまえは静かに春巻きのかわりにとご飯を口に運ぶ。

「ま、っつうのは口実で、実はアンタを独り占めしたかったってわけなんだけどさ」

「うーん、なんていうか雲仙くんがマセガキって言われる理由がわかった気がする」

「おい待て誰だそんな悪口言ってる奴」

「え、雲仙くんって陰口気にする派なの?」

「こんなプリティーな子供捕まえてマセガキはねぇんじゃねえの?」

「プリティーって……」

「絶句すんなよ恥ずかしいだろ」

そうは言うが、表情と声音からすると実際どうとも思っていないようである。

「どうせ家族の墓参りのときくらいは出てくるんだし気にするあれでもねえしな」

「別に雲仙君を嫌ってるわけじゃないの?」

「ああ。ちゃんと会話もしてくれるしゲームだってやってくれるぜ」

「へえ。仲良いんだね」

「ゲームで一回も姉ちゃんに手加減したことはねぇけどな。あと負けたことも」

「…………………」

彼の姉が引きこもった気持ちが少しだけわかったような気がした。

「まああんまり気にしないでくれよ先輩。俺がこうして笑ってる限り、そんなたいしたことじゃねぇからさ」

「雲仙くんが言うならそうするけど、自分が笑ってると思ってるならかなり重症だと思うよ」

「っ!?」

「?どうかした?雲仙くん」

「…あー、いや、なんでもねぇぜ先生。構わず授業を進めてくれ」

「いえ、もう授業は終わったのだけど……」

「え?ああ、そっか。ちょっと寝ぼけてたのかもな」

「そう。ならいいけど」

「じゃーねー先生また明日」

未だ先生がいる教室から出たあと、不機嫌そうに雲仙は舌打ちをする。
昼休みに彼女と会話したことを思い出し、周りの状況が見えていなかったようだ。
そんな自分に苛立ちながら校舎を後にする。
途中スーパーなどに寄り道をしたものの、いつも通りの時間に家へと到着した。

「姉ちゃん。プリン買ってきたけど食うかー?」

相変わらず電気のついていない玄関で靴を脱ぎ、階段を見ながら大声を出す。
やはりというべきか返事は返ってくることはなく、冥利は小さくため息をはいて階段をのぼった。

「――――――っっ!!」

「?」

部屋の中から姉である雲仙冥加の声がして、冥利は首をかしげながら「姉ちゃん?」と扉の前に立つ。
しかし返事は無い。
心配になりドアノブを触ってみれば、いつものように鍵がかかっている様子もなく。
仕方が無いのでそのままドアを押してみた。

「552539323513260545509055233251!!」

「は、はあ…?コイツって誰だよ………」

「あ、お邪魔してます」

「な、ななななんでアンタがここにいるんだよ!?」

驚いた冥利が指差した先にいたのは、制服姿の名字なまえだった。
驚いて数歩下がったものの、なまえの足元にある壊された鎖鉄球を見て、冥加が言ったのが真実だと理解する。
『コイツが私の鉄球を壊した』―――その言った冥加の言葉の意味がわからなかったが、こうして見てみれば一目瞭然で。
しかし。

「ま、まあ百歩譲ってここにいることは良いとしても、50kg以上ある鉄球を壊すとかどんだけバカ力なんだよ!」

「え?違う違う。鉄球同士がぶつかって勝手に壊れたんだってば!」

「そうなのか?」

「81130605507241」

「でも姉ちゃんが鉄球の操作をミスるなんてことは…」

「39889301108948238501321340954!!4143928!?」

「あ、ああ。学校の先輩だよ。二年十三組の」

もはや言葉が通じないというよりは、言語が違うようであった。
目の前でこの姉弟が普通に会話していることが、なまえには嘘のように思える。
こちらの言葉も通じないのか、なまえが喋りかけても何か怒った様子で鉄球を構えてくるだけだったので正直冥利の登場には安堵したものだ。
しかも気付けば二人とも数字で会話しているようで、なまえはどうしようかと首を傾げる。
そんななまえを視界に入れたのか、冥利がため息をはいてからこちらを向いた。

「で?なんであんたはいきなりこの雲仙家に現れたんだよ。っつーか俺の家知ってたか!?」

「いや、プリティーボーイな雲仙くんのお姉さんっていうから見に来たんだよ。興味本意で」

「喧嘩売ってんのか?」

「売ってないし買わないでよ。だって外に出ないんでしょう?だったら私がこっちに来ようと思って」

「もしかして、そうであってほしくないけど姉ちゃんがあんたに会いに行かない限りあんたから会いにくるつもりか?」

「うん!」

「清清しく可愛らしい笑顔で頷いてんじゃねぇよせめて俺に会いに来たとか嘘つけよ!」

「え、じゃあ雲仙くんに会いに来たんだよ?」

「今更遅ぇよ…嬉しいけど」

「341244、238095329081234135?」

「え?ああ…」

どうやら姉ちゃんに会いに来たらしいぜ、という先ほどの会話を要約した文章を冥加の言葉で彼女に伝える。
するとみるみるうちに冥加の顔は真っ赤になり、しかしそれは照れているというよりは怒っているような、困惑しているような表情であった。

「1851!28133235454224!!」

「今すぐ出てけってさ」

「えー?私、お姉さんの言葉わからないけど今は『はい!ぜひともいらして下さい!!』だったと思うんだけど」

「無理にもほどがあんだろ…」

そう呆れたように呟いたあと、ため息をはいて冥利は冥加へと口を開く。
「どうやら言葉が通じないからという理由でこれからも来るぜ」というと、冥加は頭を抱えた。
先ほど室内で何があったのかはわからなかったが、自身の武器を壊されたことで相当参っているらしい。
そして冥加は目を見開くと、冥利に向けて口を開いた。

「010294035901358092834589893298342848483292301!!」

「は、はあ!?」

「え?なんて?」

「あんたを追い出すために、俺たちの言語を覚えるって言ってるぜ…」

「それは嬉しいな。冥加ちゃんみたいに頭良くないから、そっちの方が絶対早いだろうし」

「215098230!498134509834513458123498451034983!!」

「あ、今のってもしかして雲仙くんにその言葉の勉強を習おうとしてる?」

「なんでわかったんだよ…んでもってなんでだよ!」

「勉強のためだー、とかいって外連れ出せば良いじゃん。解決だね」

「解決じゃねえ…問題が増えてるぜ……」

「99234091!235190459810345812290!!」

「あはは、冥加ちゃんってこんなときでも下ネタ言うんだね!」

「伝わってんじゃねぇか!!」


伝わらない言葉を伝えよう


(なんていうかアンタが馬鹿って言われる理由がわかった気がする)
(ちょっと待って誰なのそんな悪口言ってる人!)


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