(匂宮出夢)
「僕を殺しにきたにしちゃあ──六十億ほど人数が足りねえんじゃねーのか? おねーさん」
「別に。殺しに来たわけじゃないよ」
「それでも殺す―――だからこその零崎だろ?ぎゃはははは!」
高らかに笑う、長髪の少女…のように見える彼は、真っ直ぐになまえを見つめる。
その両腕は拘束具で不自由になってはいるが、彼が本気を出せばこんなものすぐに引きちぎれてしまうだろう。
「人類最悪の居場所を知ってるだろうと思って」
「……ん?んんんん?」
「どうかした?匂宮」
「いやーまあ、人類最悪に会いたくないって奴はいるだろうけど会いたいって奴はお前くらいだろうと思ってさ。あと僕のことは出夢ちゃんって語尾にハートマークを付ける勢いで呼んでくれていいんだぜ?零崎のおねーさん」
「出夢ちゃん」
「………うん、なんていうか、僕が悪かった」
なんでそこで謝られるんだ、と一瞬なまえは眉間に皺を寄せたが、そのままため息をはいて再び出夢を見る。
出夢は拘束具をなんとも思ってないようにふらふらと揺れていて、別になまえに危害を加えるつもりでもないらしい。
まあ、2人とも互いに出来れば戦いたくないと思っているので出夢が何もしないのは得策だろう。
方や、序列第一位『匂宮』の中でも"殺戮(キリングフィールド)"を担当する殺し屋中の殺し屋―――匂宮出夢。
方や、序列第三位『零崎』という殺し名の中でも最も恐れられ忌み嫌われる存在である殺人鬼―――零崎愛織。
この2人がぶつかれば、過去の『大戦争』とまではいかないものの、恐らく世界も無傷ではあるまい。
だからこそ、どうして彼女が自分の元にきたのか、出夢は疑問だった。
「残念ながらあの人の居場所は僕も知らねーよ。ま、知ってたとしても教えないけど」
「ふぅん…」
「おいおいいくら殺人鬼だからってあんたと僕が戦ったらマズイってのはわかるだろ?どう頑張ったって死ぬのは"あんた達"だ」
「ぎゃはははは」
「それは僕のだ」
「ごめん」
今まで楽しそうに笑っていた出夢の笑い方を真似したら真顔で怒られてしまった。なまえは申し訳無さそうに謝り、どうしたものかと顔をしかめる。
「うーん、じゃあ良いや。あなたなら知らなくてもしょうがないだろうし」
「どういう意味?」
「だってまだ子供だからね」
「……………………」
一気に膨れ上がった殺気に、なまえはナイフを手にした。
目の前にいる出夢は今まで喋っていた彼とは別人のようで、目を見開き―――瞳孔も開いているだろうか―――拘束具をじゃらじゃらと鳴らす。
「……あんまり見つめられると恥ずかしいなあ」
「ぎゃはははは!じゃあ敢えて見つめてやるよ」
「人の嫌がることを進んでするだなんて、出夢ちゃんって実は鬼だったりして」
「鬼はテメェだろ」
その瞬間、地面を蹴ったはずの出夢の脚がなまえに伸び、胸の前に握ったナイフにぶつかった。
次いで、なまえの姿が消え、出夢の髪の先を後ろから斬る。
しかし、斬られた髪しか残っておらず、なまえは上を見上げた。
「イーティング――――!」
いつのまに拘束具を取っていたのか、その両手は自由に広げられている。
そしてそれを、一気になまえに向けて振り下ろした。
爆発音。
破壊音というよりは、何かが爆発したような。
そしてなまえが居たはずの地面はごっそりと、"喰われたように"抉り取られていた。
なまえは目の前の喰われた地面を見つめ、苦笑いを浮かべてゆらりと立つ出夢を見上げる。
距離もとらず、そのまま喋り始めた。
「それが必殺技ってこと?」
「そういうことだ。必ず殺す。しかし、まあ―――これを喰らえばあんたは一瞬で死ねるぜ」
「まあ、そうだろうね」
「違う。そういうことじゃない。僕はあんたの悲鳴を聞かなくてすむ。全然痛くないからな。そういう観点じゃ、零崎だってそうだろう?」
「違うよ。零崎をどう思ってるのかなんて知らないけど、そんなことで殺し方は選ばない。悲鳴なんてなんとも思わない。苦痛なんて知ったことか」
「へーぇ。じゃああんたは僕の悲鳴でもなんでも聞いてくれちゃうわけ?」
「耳に入ってくるのなら、そうだね」
「じゃあ、僕のひとり言も耳に入るわけか」
「…………………?」
地面に落ちた拘束具を右足で踏みつけながら、出夢は小さくため息を吐く。
一瞬妹の方かと勘違いするくらいに、その表情は彼に相応しくなかった。
「『強さ』を存在意義としてる僕にとって、他人を必要とする『弱さ』はその存在意義を揺るがしてる。だからそんな奴とは僕は決別するべきなのかな」
「その『弱さ』は妹が引き受けてるじゃないの」
「ああ。でも、これは"僕"の気持ちなんだよ。零崎」
地面を抉り取った両手を見下ろし、出夢は笑う。
しかしそれは"強さ"に相応しくないとなまえは顔をしかめる。
まるで、ただの人間のような―――弱さと強さを持っている、普通の表情。
「あんたを"殺す"か"愛す"か……僕はどうするべきだ?零崎」
「さあ―――でもあなたは殺し屋だよ」
「ぎゃははは!そうだな。私は殺し屋依頼人は秩序!十四の十字を身に纏い、これより使命を実行する!ってか?」
「……………………」
「…笑えよ。さっきみたいに。僕の真似でいいから」
出夢は苛立ちを隠そうとする気もないらしく、盛大に舌打ちをした。
「"殺す"か"愛す"か。あなたは悩まなくていい」
「は?」
「私は零崎愛織。あなたのことを見つめて愛して殺してあげる」
そう、ナイフを握ったまま笑みを浮かべたなまえ。
対してそんななまえを驚いた表情で見つめていた出夢も、「ぎゃはは」と笑った。
「良いじゃねーの零崎愛織!!だったら僕は、」
再び地面を蹴り、そしてその両手を同時に、思い切り全身で仰け反るように振りかぶって―――
背徳の両手が選んだ答え
(どこが痛いのかなんてもうわからない)