(阿久根 高貴)


球磨川禊が副会長として生徒会に加入してから、彼と人吉善吉との地位をめぐるぶつかりはあるもののそれといって目立った事件は起きていなかった。
しかしそれは全校生徒にとってであり、一人の人間である阿久根高貴にとっては事件だらけであった。
次期生徒会委員の育成だなどといって優秀な中学生(といっても5人全員が安心院の手先であるが)の面倒を見てはいるが、そのことではない。
同級生である名字なまえに関することである。

「だーかーらー!それは阿久根殿に決まっているだろう!!」

「何言ってんの!!ちょっと不気味で気持ち悪いけど球磨川先輩の方がお似合いに決まってるでしょ!!」

「皆さま。人吉せんぱいのことをお忘れじゃないでしょうか」

「また始まったよ…」

「私の魔法ですぐ解決出来るだろうけど今はまだ力が……」

「あー、ワンダーツギハはちょっとあっち行ってようか」

そう喜々津が与次郎をフェイドアウトさせている最中にも、中学生3人の言い合いは終わる事を知らない。
いつもならここらへんでめだかが登場して言い合いも終わるのだが、今日は目安箱に入っていた依頼に取りかかっているので当分帰ってこないであろう。
ちなみにそれに喜界島と人吉も参加しているからここにいる高校生は阿久根と球磨川の2人だけ―――の筈だったが、面倒なことになるのを悟ったのか球磨川はいつの間にか姿を消していた。
そしてこの言い合いの内容というのが、阿久根高貴にとっての事件である。

「人吉せんぱいはこの前食堂でなまえせんぱいとお食事をなさっていました」

「阿久根殿だって名字殿とこの前廊下で楽しそうに話していた!」

「く、球磨川先輩はなまえ先輩を裸エプロンにしようとして雲仙委員長にボコボコにされてたもん!」

「いやそれダメだろ………」

ボソッと呟きながら手元の書類に目を通すものの、全く頭に入ってこない。
ここ最近―――というより、この中学生たちがなまえの存在を知ってからずっとこの調子なのだ。
生徒会メンバーで誰がなまえと恋人になるとかなんとか…本人たちの迷惑も考えずに(球磨川はまんざらでもないようだが)。

「――――3人とも」

「はい!なんでしょうか阿久根殿!」

元気良く返事をした鰐塚の後に続いて、他2人もこちらを向く。
呆れたような阿久根の表情が目に入っていないのか、困惑した様子は無い。
阿久根は小さく溜息をこぼすと口を開いた。

「そういう話は実に中学生の女の子らしくて実に良いことだけど―――もしするなら本人のいないところでするべきじゃないのかな」

「と、言いますと?」

「いや、男の俺からするとあの名字さんとのことで話をされるのは全然嫌ではないんだけれど、それを名字さんが聞いたらどう思うかと思ってね。何とも思って無い男とのそういう会話をされたら君たちも良い気分ではないだろ?」

「何とも思ってないわけありません!」

「そうですよあの人は気持ち悪いし不気味だけどなまえ先輩が何も思ってないわけないです」

「なまえせんぱいと人吉せんぱいはとても仲が良さそうでした」

「ああ、いや……そういうのを世間では勘違いっていうんだけどね…」

はあ、と阿久根は今度は盛大に溜息をつく。

「(何とも思って無い男、ね……)」

自分で言って自分で傷ついているのがわかって、なんとも滑稽だなと苦笑いを零した。
そう。あの人には別に自分だけではないのだ。
本人には悪いが、あの人が十三組みたいに一人ぼっちだったら良かったのに、とまで思うほど。
もしあの人が中学の自分みたいに一人で、何も無かったら良かったのに。
俺だけを見て俺だけを思って俺だけしか知らなければいいのに。

「(―――何を考えているんだ俺は)」

目の前に後輩がいることも忘れて物思いに耽っていたことに気付き、慌てて顔をあげる。
すると、思ってもいない光景に俺は声が出なかった。

「大丈夫?阿久根くん」

「え、あ………」

名前を呼ばれ、初めて声が出せる。
目の前に、いないはずの彼女がいて、阿久根高貴は心底驚いた。

「3人がうるさいからご本人呼んじゃいました」

「3人を生贄に、なまえ先輩を召還!」

「友達生贄にするなよ!」

いつの間にか戻っていた喜々津と与次郎がなまえの後ろでそういうが、ツッコミを入れてから本当に3人がいないことに気付く。
どうせ扉の向こうで中の様子を伺っているのだろうが、そんなことは今どうでも良かった。
目の前に、しかもこんな話題をしていたあとに、彼女とこうして会うだなんて。

「あああああの!名字さん、なんでここに…」

「喜々津ちゃんと与次郎ちゃんが阿久根くんが元気無いから来てくれって」

「え、あ、いや、それは……」

「でも元気そうで良かった。私は必要なかったみたいだね」

どうやらあの2人ももう外に出たらしく、生徒会室には阿久根となまえの2人だけ。
なまえは嬉しそうに阿久根に微笑みかけると、阿久根に背中を向けてこの場から立ち去ろうとする。
阿久根は何かを考える前になまえの腕を掴んでいた。

「あ、あの、名字さん」

「?どうかした?」

掴まれたことに驚くわけでもなく、なまえは平然と振り返る。
その反応にやはりダメなのかと泣きそうになったが、その感情を消すように口を開いた。

「名字さんにとって俺はなに、かな?」

「……………………」

なまえは開いていた口を静かに閉ざす。
阿久根はじっと見つめたが、なまえは自分の腕を掴む阿久根の手へと視線をうつした。
そして、恥ずかしそうに笑った。

「え………」

見たことのない表情に驚き、阿久根は小さく声をこぼす。

「人吉くんと球磨川先輩に腕掴まれてたら、多分振り払ってたと思うな」

「そ、それってどういう……」

「阿久根殿!名字殿に言わせる気で「ワニちゃん!!!」

バンッ、と扉が開いたと思えば鰐塚が勢い良く阿久根を指差し、慌てたように他4人が後ろへ引っ張り扉を閉める。
一瞬のことすぎてなまえは驚いた様子で扉を見つめたままであるが、阿久根はなまえの腕を離して、そして後ろからなまえを抱きしめた。

「ごめん。まだ何も考えてなくて…嫌じゃなかったら、このまま考えがまとまるまで待っててくれないか」

嬉しすぎて震える声に、静かに頷く振動だけが阿久根の胸に伝わった。



思考前行動


(いやー、阿久根殿やっとですか!ほんと、中学生の男子でももっと行動は迅速ですよ!)
(人吉せんぱいもいいところまで行った気がするのですが)
(球磨川先輩どんまいダメだアイツ
(はっ…!またあの夢か……)
(ジロちゃん歪みないねー)


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