(宗像 形)
地下9階。宗像形は、普段通りいつも通り、何の異常もなく妙な異変もなく自分に与えられたフロアへと足を運んだ。
扉が開けば、暗く冷たい空気が頬を撫でる。
墓場フロアであるここに、生きた人間は自分しかいない。
―――死んだ人間がいるとも限らないが。
「……………………」
武器の重さにも慣れた今、足音も無く足場が良いとは言えないこのフロアを歩いていく。
奥に一応休める寺のようなものがあるので(と言っても墓場に相応しいであろう古ぼけたものだ)そこへ足を進めた。
なんだか普段よりも部屋の温度が低い気がして振り返るが、そこに誰かがいるわけでもない。
「っ!?」
そう、思った瞬間だった。
残念ながら自分の言語力では表すことが出来ないその不気味な声―――鳴き声ともいえるそれに、瞬間的に寺へと走る。
もしかしたら。
もしかしたらあそこに、彼女がいるかもしれない。
寺は古い。古く設計している。しかしそれでも何もせず壊れるなんてことにはなっていないはずだ。それでも。そうだとしても、もしも彼女に何かあったとしたら。
「なまえ!!」
自分でも驚くくらい早く着いたそこで、彼女の名前を呼ぶ。
視界に入ったのは、女子生徒のスカートと足。
どうやら仰向けに倒れているようで、上半身は何か靄がかかっていて様子を伺うことが出来ない。
頭が、思考が動かない。
彼女の足も、動かな――――
「あ、おはよ!宗像くん」
「う、」わ!
宗像は、驚いて一歩、どころか数メートル後ろへ跳躍した。
それでも尚、なまえは笑う。
「宗像くんが一向に自分のフロアに入れてくれないから、雲仙くんに無理言って入れてもらっちゃった。なんで嫌なのかと思ったら、こんな可愛いペットがいるのを隠したかったんだね。言ってくれれば私もお世話、手伝ったのに」
なんで倒れてたんだとかさっきの不気味な声はなんだとか雲仙テメェ何してくれやがったんだとかここに呼ばなかった理由は墓場は女子に不評だと行橋に言われたからだとか色々言いたいことはあったけれどしかし。
「……僕はペットなんて飼ってない」
なまえの後ろを黒い影が通り過ぎたのを見て、宗像は何の躊躇いもなくAK-47をぶっ放す。
それは見事命中したかに思われた。が―――冷気が、宗像の首筋を掠める。
「(これは…………!!)」
頭をふと過ぎった不安に、今度は急いでなまえの側へと跳躍した。
息を止め、辺りを伺うがなまえにこれといった異常は見られない。
「どうかした?宗像くん」
「あまり息をするな。毒ガスだ」
「え!毒ガス!?」
恐らくそうだろう、と再び不気味な鳴き声が木霊する此処で考える。
「だからさっき倒れたのか私」
「……吸ったのか………」
はあ、と溜息をついて宗像は思考を停止させた。
此処にいるのは自分となまえだけで、毒ガスは一定の場所に留まっているわけではないらしい。
まあ自分達二人なら大丈夫だろう、というか自分となまえ以外のことは宗像にとってどうでも良かったので(仕方がないので人吉善吉も仲間に入れておこうと一瞬だけ思い出す)とりあえず寺の外に出ようと足を進めた。
「夏はこのフロア涼しくていいね」
「涼しさなら十三階の方が勝ってる」
「いや、あそこは寒すぎるよ」
だから王土くんっていつも長袖なのかな、とこの状況に似合わない台詞を呟くなまえも、いつも通り。
しかし先程のあれは何だったのだろうかと考えるが、答えが出なかった。
フラスコ計画による何かだとしたらなまえが居る時にやらないだろうし、人だとしたらわかるはずである。
他フロアの奴の仕業でもないだろう。
「なまえ。少しの間この階から」
出ていてくれ、と言おうと振り返って。
「わわわ、舐められるとビリビリする…」
「…………………………」
なんか変なのがいた。
「宗像くん、このペットの名前ってなんて言うの?」
「…………………………」
こっちが聞きたいと逆切れしたかった。
「って、あ!!」
無言のまま日本刀でその不気味な紫色のガスの塊のようなものを斬り捨てるが、後ろで再び不気味な笑い声。
確かに斬った感覚も無かったし、恐らく"コレ"は動物や何かではないのだろう。
それは墓場に相応しいとでもいうようにフワフワと漂っていて。
「………幽霊?」
「………………」
幽霊と呼ばれたそれがもしも宗像たちと同じ言葉を喋れたら「自分はゴースというポケモンだ」と答えたかもしれないが、それも虚しく辺りに鳴き声が木霊するだけ。
「…………………………」
とりあえずもう一回斬ってみた。
「…………」
斬られたゴースは、不満そうに再び形を取り戻す。
それを見ていた宗像も不満そうではあったが、なまえは楽しそうに笑っていた。
「宗像くんが殺しても死なないから一緒に住んでるんだね!」
「住んでない」
なまえの言葉に対しては、ゴースも宗像に同意だとでもいうように声を上げる。
しかしなまえがそんなことを気にしている様子はなかった。
「ていうかこれは一体何だ?先に言っておくが僕のじゃない」
「え!そうなの?私のでもないから…なんだろうね」
二人してゴースを見るが、ゴースはその口元に笑みを浮かべたままフワフワとなまえの周りを浮いていた。
「クラクラする」
「だから毒ガスだってさっき言ったじゃないか」
しっしっ、と宗像が手でゴースを払うと不満そうにしながらも大人しくゴースはなまえから離れる。
どうやら先程なまえはゴースに手を舐められたようで、それを宗像は無言のまま自分のハンカチで拭いていた。
「お前はどこから来たんだ」
しかしゴースはフワフワと浮かぶだけで、答えようとはしない。
それもそうかと溜息を吐きたくなった宗像ではあったが、なまえが楽しそうにしてるのを見てしばらくこのままでもいいかと気づかれない程度に笑みを浮かべた。
「あー、意識が遠のく…」
「学習しろ」
やはり早くどこかへ行ってくれ。
地下九階の幽霊
(そうだね、あなたの名前は幽霊でどうかな?)
(そのまんますぎて凄く嫌そうな顔してるぞ)
(えーじゃあ宗像くんがつけてよ)
(………………善吉?)
(宗像くんって人吉くん嫌いなの?)