(球磨川禊)
「『僕が君を好きだと言ったとして、君はどうする?』」
クラスメイトの名字さんに、そんなことを言ってみた。
案外本気だったりするのだが、僕の場合冗談にとらえられるのがオチである。
「浮気?」
「『違う違う。仮定の話』」
そういえば僕は安心院さんが好きだと彼女に話したことがあったっけ。
確かに安心院さんは彼女よりも頭が良くて話していて面白く、そしてなにより外見が可愛らしい。
だけど彼女もなかなかに可愛らしい部類ではある。
クラスの男子やあの阿久根くんでさえ可愛いと言っていたのだから、結構人気はあるのだろう。
もしかしたら僕は面食いなのだろうか。
「『で、どうする?』」
「死にたくなる」
即答だった。
「『あはは。じゃあもし僕がここで君に好きだと告白したら、君はそこの窓からでも飛び降りるわけだ』」
「そうだね。そうかもしれない。でもこの高さじゃ死ねない気がするから、阿久根くんにでも頼んで破壊してもらうよ」
「『残念ながら彼は壊すだけで殺すわけじゃない。なんなら僕が殺してあげようか?』」
「それは死んでも御免」
「『それは残念』」
彼女も案外本気だったりするのかもしれないが、人の心なんてものに興味が無い僕はそんなものはどうだって良かった。
今僕は一人の人間の命をどうするかという決定権を持っている。
それだけで僕の心らしきものは満たされていくのを感じた。
「でも、あなたってそういう冗談も言うんだね。全然面白くないけど」
「『そうだね。僕としては君の冗談の方が百倍面白かったよ』」
「0は何倍しても0だよ」
「『辛辣な言葉をどうもありがとう。じゃあ訊くけど、名字さんは僕のことをどう思ってるのかな?』」
「存在自体無かったことにならないかなって」
「『全否定か。うん。今のは面白くなかったね』」
「そう?残念」
彼女は決して笑わない。
それが格好良いとか思ってるのではなく、それは多分僕と喋っているからであろう。
彼女は普段、普通の女子中学生をやっているというのに。
ここでこうしている彼女は、どうやったって普通とは程遠かった。
何がそうさせているのか、僕がこうしてしまったのか。
「あなたには何も無いね」
突然、自分が無であることを肯定された。
「『それじゃあ、君には何かあるのかな?』」
「あるよ。少なくとも、人を好きになるっていう気持ちくらいはある」
「『へえ。それは僕に対して?』」
「それだけは死んでも無いから安心して」
その言葉に、先程までの喜びだったり嬉しさだったりというものが全て崩れていく感覚に陥った。
これはなんだろう。わからない。
しかしなんだか酷く冷たくて、あまりにも乾きすぎていた。
これ以上彼女の顔を見るのも辛くなるくらいに、それはあまりにもマイナスだった。
「帰るの?」
彼女に背を向けて扉を開いた僕に、彼女はそうやって優しく声をかける。
どこまでが冗談でどこまでが本当か。
嘘だらけの僕に、わかるはずもない。
「『好きだぜ、なまえちゃん』」
帰り際に、意地悪っぽくそう呟いてから扉を閉めた。
冗談と捉えるか本気と捉えるか、そんなことは僕にとってどうでも良いことだった。
後ろで窓が開くような音が聞こえたような気がしたが、もしかしたら窓を閉じる音だったかもしれないと今夜の夕飯は何かなと考えながらその日は寄り道もせずに帰宅した。
「『……………………』」
朝。登校して、誰におはようを言うでもなく自分の席に行く途中でちらりと彼女の席を見る。
誰も座っていない、何も無い。
放課後までずっとそうだったし、そしてもうすぐ金曜日が終わろうとしている。
教室の窓は、開いたままだ。
示し合わせて語る嘘
(嘘つきは何も始まらない)