(ネフェルピトー)


命というものは尊い。
命というものは儚い。
命というものは、大切であるからこそ、脆く滑稽である。

「ねえなまえ。命ってなに?」

「あなた達がゴミみたいに蹴散らした、大切なもの」

「わからないな。わからないよ。なまえにとっては、ゴミが大切なの?」

「あなたのところの王も同じよ」

瞬間、殺気がそこらじゅう一帯に染み渡る。
既に抉られている地面がさらに抉られ、崩壊した建物が更に細々と切り刻まれた。
あなた微塵切りの才能があるのね、なんて言ったら微塵切りというものを説明しなくてはいけないから面倒だ。やめておこう。

「僕達の王が、ゴミ?」

「命は平等だから」

「違う。違うよなまえ。王以外の存在なんて不要な代えがきくものばかりだ。そうだろう?なまえ」

「私はあなたとは違うから」

「平等なのに?」

「うん。それでも、違うの」

ふぅん、と先程の殺気を出した人物とは別人のような顔つきで目の前の猫耳は首を傾げる。
ピトー、とかいったか。ここでこうして何日も座りながら向かい合って喋り続けていた。
辺りには知り合いや仲間の死体なんてものもあったはずなんだけど、この猫耳との会話で見事に原型が無くなってしまってもうどこにいたのかも覚えていない。

「ねえ、いい加減この壁みたいなの消してよ。僕、仕事サボってると思われちゃう」

「私もサボってるようなものだから大丈夫」

「駄目だよ。王に怒られちゃう」

「別にこうして話してて楽しいからいいでしょう?」

ピトーが軽く指を私へと伸ばすと、パチッという音と共にピトーの指先が弾かれる。
私とピトーの間に壁なんてものは見えないけれど、それでもピトーが私に近づけない理由。
そんなもの、念しかない。

「うん。でもね、君に触ったりしたいんだ」

「………セクハラ発言?」

「違うよ。だってそんな弱そうな見た目なのに僕の攻撃を防ぐ人間なんて調べてみたいじゃないか」

 ハ ザ ー ド ロ ケ ー ショ ン
"関係者以外立ち入り禁止"。
自分が許可したもの以外の全ての侵入を遮断する、特質系の念能力。
酸素などは許可しているがそれ以外は許可していないので毒だろうがなんだろうが私の元には届かない。
ただ、私はその発動した場所から動けないのでこうしてピトーとずっと喋りあっているわけなのだけど。

「いやよ。まだ死にたくないもの」

「殺さないよ。君みたいな人間は、王もきっと気に入ってくれる」

「もし気に入られなかったら?」

「僕が守るよ」

「王以外の存在なんて代えがきくものばかりじゃなかったの?」

「うん。みんなにはきっとそうなんだろうけど、僕にとってはなまえも代えがきかないから」

まるで意味のわかっていないであろうその言葉に、私は力なく笑みを零すしかなかった。
子供のような、それでいて獣のようなそれ。
油断するとすぐに心を許してしまいそうなピトーの笑顔に、なんだか私は思考が鈍ってきてしまったのかもしれない。
嗚呼だけど、この能力に視界を遮断するという力は無い。

「じゃあもし私が王を殺そうとしたらどうする?」

「その時はなまえを殺すよ」

即答だった。
「でもそんなことしたくないからしないで欲しいな」という笑顔をよそに、それでいいと私も静かに笑みを零す。

「なら私はピトーを信じる。この壁を、今から無くす」

「信じる?」

「そう。人によっては、命よりも大切なもの」

「そっか。ありがとう。嬉しいよなまえ」

「じゃあ守ってね、ピトー」

ピトーの人ではない手が、優しく私の頬を撫でる。
そのままそっと抱きしめられ、その骨っぽい身体は温かかった。
それがなんだか妙におかしくて小さく笑みを零す。
ピトーも何故か笑い、私の右手を、頬を触れていた手でそっと握った。

「力加減とかわからないから、もし右腕が千切れそうだったら言ってね」

「え、痛かったらとかじゃなくて?」

「千切れたら痛いよ?」

そりゃそうだ、と言う前に私の身体が宙へ浮く。
何事かと見上げてみれば、私の顔の真上にピトーの笑顔があった。

「じゃ、これでいいや」

「恥ずかしいよ」

「誰も見てないよ」

「そりゃそうだけど」

それじゃあ行くよ、という楽しそうな声と共に私はピトーに横抱きされたまま崩れた建物の間を過ぎ去る。
視界にチラチラと入るピンク色の髪を見上げ、もう戻れない景色に、これといって後悔は無かった。

蟻と人間

怠惰はどちら?


(それでもいいよと君が笑うから)




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