(ハーバー)


「あ、なまえ。結婚式はいつがいいと思う?」

「――――は?」

今なんつったこのゴーグル野郎。

「だからこれはゴーグルではなくバイザーだと何回言えばわかるんだ」

「えっと…なんて?」

「だから、結婚式だよ」

「誰と、誰の」

「僕と、なまえの」

「どうかしたの?実戦で頭でも打った?それとも狂気にでも取り込まれた?」

「僕は至って真面目だし常にドライな性格だから狂気を感じ取ることなんて出来ない」

目の前の同級生、ハーバー・ド・エクレールを見てなまえは盛大にため息をつきたい気分だった。
こういうときに限って彼のパートナーであるオックスは姿が見えないし(どうせまたキムでも追いかけてるんだろう)。
誰かどうにかしてくれこの職人と武器を。

「ていうか、え?結婚も何も、私達付き合ってたっけ?」

オックスもハーバーも真面目で優等生ではあったが、どうしてこうも恋愛沙汰となると異様になるのか。
いやむしろ、真面目で優等生だからこそこういう思考にいきついてしまうのか。
それともただ単に勉強と実戦の両立で疲れているのだろうか。そうだとしたら先程の発言は水に流して一ミリくらいは心配してあげよう。

「付き合うもなにも、僕はなまえのことが好きだからな」

「好きだけで結婚出来たら世界中婚約者だらけだよ」

「他の奴らなんてどうでもいい。僕はなまえと結婚出来ればそれでいいんだ」

話が通じなさ過ぎる。なんだこいつは。返事のしない人形と喋っていたほうがまだマシだ。
はあ、とため息をついてから再び彼を見てみれば、そのゴーグル(ではなくてバ……なんだっけ)の奥にある目はしっかりとこちらを見ていて。
その笑顔に、背筋に嫌な汗が伝う。

「なまえ」

無駄に色気を含ませて私の名前を呼ぶそいつは流石ベテランの武器というか、いつの間にか私の目の前まで来ていて。
未だに戦闘集団の後ろの方で応戦しているだけの私にどうしろというのか。
どこかうっとりとした瞳でこちらを見下ろしてくるハーバーは慣れた手付きで私の手を取り、優しく握り締める。
しかしその手を、この職人がいなくとも雷を発生させられる彼相手に振り払えるわけもなく。
何か逃げ道は無いものだろうかと普段使わない頭を精一杯フル稼働させた。

「そ、そういう結婚とか付き合うとかは、両思いじゃないと意味が無いんだよ……ハーバー」

「なまえは僕のことが嫌いなのか?」

「いや、別に。嫌いではないけど」

「なら問題ない。まあ嫌いであったとしてもそこら辺は結婚してからどうとでもなる」

どうにもならない。
色んな意味で、どうにもならなかった。
それによくよく考えればあの学年トップレベルであるオックスと同じくらい頭脳明晰な彼相手に、普段のテストはギリギリ赤点を免れているレベルな私が口でどうにかできるわけがなかったのだ。
そして、パートナーがいなければ何も出来ない私が、一人でもなんとかしているハーバー相手に行動で何か出来るわけもない。
つまり。
逃げ道が、無い。

「大丈夫。今のなまえの不安は、マリッジブルーというやつだ。意味がわからないのならば僕が教えてあげよう。なに、魂の波長だってこれから合っていくさ」

「いや、そうじゃなくて……」

こんなとてつもない不安と悪寒がマリッジブルーであってたまるか。マリッジブルーを経験したことのある女性全員に謝れ。今すぐ謝れ。
ふとハーバーの顔から視線を手元に移してみれば、私の手を握ったり触ったりしているではないか。
いつものドライで無表情な彼はどこへ行ってしまったのだろう。
いや、普段私と二人きりのときはこんな感じではあったが、こんなことを言われたりされたりしたのは初めてである。
なんだか恐怖を通り越して心配になってきた。
どうしたよハーバー。オックスがキムばかり追いかけてるから暇にでもなったのか。

「ドレスも一緒に見て決めたりしたいな」

なんだか一人で妄想がエスカレートしている。というか、多分…いや、絶対オックスよりもこいつの方が重症だ。なんだか変だ。
もしかしたら実戦先で何か変な料理でも食べたのかもしれない。
それで、こんな奇行に走ってしまったに違いない。
とりあえず早く誰か来てくれないだろうか。このままじゃ持たない。色々と、大事なものが失われていく気がする。

「はあ………」

「あ!オックス!!」

私の願いが届いたのか、扉を開けてオックスが溜息を盛大につきながら死にそうな顔で入ってくる。
それを見る限りキムにまたこっぴどく振られたのだと予測できたが、今はそれを気遣っている場合ではない。
私の声でこちらに気付いたのか、オックスは「どうも」とそのげっそりした声で挨拶を返してきた。

「マイ・フェア・レディ……キム………」

いくらキムにあんな感じであれ、オックスはハーバーのパートナーだ。
彼がこんなに落ち込んでいれば自分のパートナーを一番に考える彼のことだ、私の手を今すぐに離してオックスの元へと走り寄っていくだろう。

「オックスくん」

「なんだい…ハーバーくん」

「今僕はなまえと大事な話をしてるんだ。悪いが出て行ってもらえるかな」

どこまでもドライな奴だった。

「ちょ、ちょっと!オックスが可哀想じゃないの?」

「いいんだ、名字さん。僕も二人を見ていたらキムにもう一度アタックしてこようという気分になってきたよ。では、お幸せに!」

「ああ。君も頑張れよ」

「………………………」

駄目だこいつら。

「ああ、本当…これからが楽しみだ」

「楽しみじゃねえよ」

そんな言葉も耳に入ってないのか、ハーバーはただ優しく微笑むだけ。
それを格好良いと思えないのはきっと私が被害者からなのだろう。
とりあえず誰かこの雰囲気をどうにかしてくれないかとひたすら思考を張り巡らせる。
何がなんでも、彼のこの手を振り払うために。


私の安全最優先


(なんでこいつらが学年トップなんだ!)



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