(ソウル=イーター)


あいつには全然そんなつもりは無いのだろうし、あいつにだってそんなつもりは毛頭無いのだろう。
しかし―――しかしだ。
あまりにも仲が良すぎではないだろうか。

「ありがとうキッド。助かったよ」

「この前の実戦のときよりは動きが軽くなっているな。だがまだ癖は直って無いようだから気をつけた方が良い」

「うん。ありがとう。今度またクッキー焼いてくるね」

「ありがとう。なまえが作る料理は左右対称で美しいからな。今回も期待していよう」

「え、あんまりハードル上げないで欲しいなあ」

そんな会話をしながらトレーニングルームを去る二人を見送る俺の姿は、他人にはどう見えているのだろうか。
あの二人は職人同士、そして色々と話が合うからとかなりの時間を二人で過ごしているのだ。
実戦では勿論お互いのパートナーもいるわけだが、それでも二人の仲の良さは死武専にいる者なら誰でも知っている。
EATの生徒は二人が付き合っていないということを知っているものの、NOTの奴らはそうではないからそういった話を聞いているだけでイライラする。
挙句の果てに『あんな二人みたいなカップルになれたらいいな』とかいう目標みたいなものも出てきているらしい。
イライラする。
何度でも言おう。俺は今、猛烈にイライラしている。

「ソウルくん!君も彼女にアタックするべきなのですよ!そう、この僕みたいに!!キームーーーー!!!」

「へいへい、気が向いたらそうするよ」

オックスが何か言ってきたが、適当に流して俺もトレーニングルームから立ち去ることにした。
マカは図書室で調べ物をしているので、別にここで俺がトレーニングをサボってもパートナーであるマカに支障があるわけでもない。
一応そこらへんは考えて、きちんとサボっているわけだ俺は。どこかのバカとは違って。

「あ、ソウル。なまえならあっちに行ったの見たぞ」

「ブラック☆スターか……」

噂をすればなんとやら。

「なんだよなまえじゃないからってがっかりすんなよな。ほら、今ならキッドは死神様に呼ばれていねーから、行って来いよ」

「別に。そんなんじゃねーよ」

「んなこと言ってっから未だにお前は『ソウルくん』なんだよ」

「うっせ」

すれ違ったブラック☆スターのほうを見るでもなく、短く暴言を吐いてその場を立ち去る。
ブラック☆スターに言われなくとも、トレーニングが終わった後なまえがどこに行くのかなんてわかりきったこと。
更衣室でシャワーを浴びて、着替えて、シュタイン博士の特別授業に出る。
人の気配がしない廊下で、女子更衣室の前で立ち止まった。

「(流石に……まずいか)」

鍵はかかっていないであろうドアノブに触ろうと手を伸ばしたが、そう考えて苦笑いを浮かべる。
トレーニングルームにはキッドに体術を教わっていたなまえ以外に女子はいなかったし、今この中にはなまえしかいないだろう。そして、これから入ってくる者もいないはずだ。
チラリと地面を見てみれば、『清掃中』と書かれた札が横たわっている。

「(あー…あーあー……)」

その札としばし見詰め合い、理性と欲望の狭間で揺れていた。
狂気に打ち勝ったはずの魂が、こうも簡単に揺れ動くのか。
なんてことだ。今なら一瞬で狂気に支配されそうである。

「何が『COOL』だ…くそくらえってんだ」

閉ざされた扉の向こうで、『清掃中』の札が微かに揺れるのがわかった。
誰もいない女子更衣室。
―――入ってしまった。

「……………………」

耳を澄ませば、シャワーの音が微かに聞こえる。
彼女に魂感知能力はまだ目覚めていないはずだから、ここでこうして俺が困惑していることには気付いていないはずだ。
どうする。どうする俺。
入ったは良いが、何をするのかを考えて無かった。

「!?」

聞こえなくなったシャワーの音に驚き、慌てて隠れる場所を探す。
隠れると言っても大きなロッカーがたくさん並んでいるだけなので、なまえが使っているロッカーの列の裏にでも隠れるしかない。
俺はそこで、ただ身を潜めていた。

「(ただの変態じゃないか……)」

今更何を言う。

「(バレないようにこっそり出て行くか……)」

と、ソウルが自分の行いにため息を吐きたくなっていたときだった。
チリリン、と機械音が鳴り響く。
勿論ソウルのものではない。
この着信音はなまえのものだったっけな、とソウルは耳を澄ました。

「もしもし?」

どうやら電話のようだ。

「ああ、キッド?うん。……そうなの?そっか。……ううん。大丈夫だよ。頑張ってね………うん。うん、それじゃ」

「…………………」

電話はすぐに切れたが、キッド、という単語でソウルの表情は固まった。
そして思い出されるなまえの笑顔。
いつもキッドに向けられているそれと、仲の良すぎる二人。
どうして彼女の隣にいるのが自分ではなくキッドなんだ。
苛立ちと焦りに、ソウルは何も考えずになまえの前へ姿を現した。

「え……!?」

なまえが驚くのも無理は無い。
着替え終わっていたとはいえ、ここは女子更衣室。
一度エクスカリバーのパートナーの男の子が侵入したというのは聞いていたが、彼のパートナーは鎌職人のマカである。
彼は正真正銘男であるし、こんなところに侵入する人だとも思えない。
そう考え、何も言わないソウルはきっと何か緊急の用があってここにいるのだろうとなまえは叫ぼうとした口を閉ざす。

「ど、どうしたの…?ソウルくん」

「ああ……どうしたんだろうな、俺」

「……………?」

その諦めたような苛立ったような声音に、なまえはソウルの顔色を伺う。
しかしそれはいつも見ている彼の気だるそうな表情そのもので、なまえにはその違いがわからなかった。
それを悟ったらしいソウルの苛立ちは募るばかり。
そのままゆっくりとなまえへ近づき―――最後は駆け足で、なまえの目の前へと立ちはだかった。
理解できないソウルの行動と意図がわからないその雰囲気に、なまえはどうしたものかと戸惑いを隠せない。

「ブラック☆スターだってキッドだって、キリクだってハーバーだって仲良しなのに。なんで俺だけ『ソウルくん』なんだろうって考えてた」

「え……?」

「キッドと仲が良いなまえを見てると苛立つし」

「あ、えっと………」

「なまえのことは視界に入る限りずっと目で追ってるし、最近はなまえのことを考えるだけで一日が終わってる」

ソウルから目を逸らそうとしたなまえに一歩近づいた。
そのことで、なまえの視線はソウルへと再び戻る。

「俺、なまえの事好きなんだ」

そうやって呟かれた言葉は、いつか見た恋愛ドラマのような台詞で。

「なまえのことは、無意識のうちに目で追ってた」

ブラック☆スターの無茶に付き合わされて半泣きだったときも。
キッドに手伝ってもらって嬉しそうな笑みを浮かべてたときも。
マカや椿達と楽しそうにお昼ご飯を食べていたときも。
ずっとずっと、ソウルの視界にはなまえだけがいた。

「俺のこと、好きになれよ」

そう言って、なまえは優しく抱きしめられる。
しかし段々とその力は強くなっていって。
終いには息をするのが苦しくなるくらい、きつく抱きしめられていた。

「そ、ソウルくん!?」

「俺と付き合ってくれよ」

「く、苦しいから、とりあえず離し……」

「なまえ」

言葉を紡げば紡ぐほど、ソウルの力は強くなっていく。
仮にも職人であるなまえは自分の力には自信を持っていたし、武器であるソウルも鍛えてはいるだろうと思ってはいたが。
これが男女の差であるかというくらい、力の差は歴然としていた。

「あ、あの、ソウルくん」

「うんって言うまで離さないし、無理矢理にでもキスするからな」

頬に添えられた手を見て、こちらをじっと見つめるソウルを見る。
その真剣な瞳に、なまえは自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
しかし逃げようにも逃げられない。

「えーっと……もし、『うん』って、言ったら…?」

「そのときは合意のうえでのキスだよな」

嬉しそうな笑顔に、なまえは、このまま首を縦に振ってもいいかもしれないと心を揺らしていた。


恋敵は器用な真面目野郎
勝者は不器用なサボリ魔


(笑顔くらいなら他の奴に見せてもいい)
(だけどそういう顔は、俺以外の誰にも見せるなよ)



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