(黒崎一護)
尸魂界に侵入者が出たということだから誰かと思えば、なんと生きている者だという話じゃないか。
―――しかしどうだろう。
目の前の男、黒崎一護を観察する。
着ているものは死覇装だし、手にしているのはどう見たって斬魄刀で。
眉間に皺は寄っているが、死人のような顔に見えなくも無い。
それに市丸ギンが門から侵入するのを妨害したというのだから、侵入者がここにいるはずがないのである。
一体全体どういうことなのか。
なまえは首を傾げるばかり。
「えーっと、あのさ、戦う気が無いなら通っていいっすか?俺、急いでるんだけど」
「うーん、待って。私がみすみす通したら、あとで怒られるかもしれない。神様あたりに」
「え!神様っていんのか!?」
「いや、知らないけど」
敬語と遠慮が所々に混じっているのは、死神が見た目通りの年齢ではないことを知っているからだろうか。
一護はしきりにチラチラと上を見ているようなのでどうやら上に用があるらしい。
しかし確か………そう。オレンジ頭の死覇装を着ている馬鹿でかい斬魄刀を持った男は侵入者だと言われていた気がする。
「…………………」
こいつのことじゃないか?
「あーもう!らちがあかねえ!さっさと通してもらうぜ!」
「それは無理だよ」
歩き出そうとした一護の一歩手前で、地面が割れる。
音も無く抉られた地面を見下ろし、一護は一瞬でなまえを警戒した。
「な、んだ今の……お前、今、何した…?」
「何って、斬っただけだけど」
「(んな簡単に言うけどよ……こいつ、今動いたか………?)」
力量の差に、一護は戦慄する。
市丸ギンや、現世で遭遇した阿散井恋次や朽木白哉に感じた威圧感や恐怖は無かったというのに。
道端でコンビニへの道を聞かれた程度のノリで会話をしていたのが嘘のよう。
彼女は、一体。
「とりあえず、自己紹介。馴れ馴れしくなまえって呼んでね侵入者」
「……黒崎一護だ。好きに呼べばいい」
なまえはゆっくりと右手で刀を抜く。
真っ白なその刀に、畏れというより冷たさを感じた。何者をも拒絶するような真白く綺麗な刀。
しかし一護はその刀より、なまえの腰に携えられているもう一本の刀に目をやった。
「そっちは抜かなくていいのかよ?」
「ああ……これはいいんだよ。こういうものだから」
そう言ったなまえは、何の合図もなく地面を蹴る。
一護も警戒はしていたが―――それでも、左腕から血が飛び散った。
「っ……!?!?」
「へえ…腕一本、もらうつもりでやったんだけど……」
一護の左腕から地面へと、血は止まることなく流れ落ちる。
痛みはあった。斬られた感覚もわかった。
それでも、なまえへの恐怖ばかりが増えていく。
「お前、どっかの隊長かなんかかよ…そんな適当な格好して、油断させようってか……?」
「ああいやこれはほら、寝起きだからさ、私」
「なっ――――!!」
「着替える暇もなくここに配置されちゃって。侵入者がこんなイケメンだって聞いてたらちゃんとオシャレしてきたのに」
なまえの冗談にも、一護は笑える精神状態ではなかった。
卍解はおろか、彼女は未だ始解すらしていない―――それなのに、この威力とスピード。
動揺と共に、初めて虚と対峙したとき以来の、死を感じた。
絶対的な死。
―――――死神。
「月牙天衝!!!」
焦るように、打ち消すように、一護は叫び、刀は闇よりも深く、冷たくなる。
それはなまえをしっかりと捉えたかのように思えたが―――しかしそれでも、なまえは静かに口を開いた。
「刃向かえ、鎌鍵」
勝負は一瞬だった。
気付いたら一護は壁に叩きつけられていて、痛みがあるのかすらわからない。
自分の血も、空も、なまえも、何色だったかがわからない。
ゆっくりと近づいてくるなまえの手に握られた刀は、ぼんやりとしている一護の顔を映し出した。
「可愛い女の子のために格好良い男の子が奮闘する……昔読んだ漫画も、そんなようなものだったっけ」
なまえの声は聞こえているものの、それが何なのかが理解出来ない。
端正な顔が、一護の顔に近づいた。
「ごめんね、ハッピーエンドにしてあげられなくて」
一護のおでこに暖かいものが触れる。
それはそのまま開かれた一護の瞼を撫で、一護の視界は遮られる。
「なまえ、」
馴れ馴れしくかどうかはわからないが、目の前の彼女の名前を呼んでみた。
いや、実際に彼女の名前を呼べたかどうかも怪しい。
どうしてここで処刑されそうになっている少女の名を言わなかったのか、自分でもわからない。
しかしそんな疑問への結論が出る前に、「一護」、となまえは自分の名前を呼んだ。ような気がした。
「死んで、また出直しておいで」
1回死ね
(さようなら生きた侵入者)