(潮江文次郎)

「くそっ……どこへ行った!!」

「先輩、どうしたんですか?」

「田村か…どうしたもこうしたもななしの奴!また委員会をサボりおって!!」

バカタレがああ!、と短気な潮江の怒声が響き渡る。
田村は苦笑いを浮かべ、「先委員会行ってますねー」とその場をそそくさと立ち去った。
六年い組であり会計委員会の委員長である潮江文次郎がギンギンしながらも捜索している人物というのは、同じく六年い組である名字ななしのことである。
委員会までもが同じ潮江はなにかとななしのことを気にかけていたものの、元々サボり癖があったななしはとうとう委員会までサボるようになってしまったのだ。
それが潮江に捜索されまくって授業をサボれなくなってしまった反動であることを勿論潮江自身は知らない。

「ほんと、文次郎ってば人探しは苦手なんだから」

そんな潮江の後姿を見つめながら、屋根の上でななしは一人笑みを浮かべる。
見つかったあと逃げるのは容易ではないかもしれないが、それは見つからないということで解決出来ることだ。
しかし、と走り去った潮江を思い出してななしは考えにふける。

「(俺のことなんか放っておいて、自分の仕事をすればいいのに)」

帳簿がそろうまで徹夜だなどとも言っていたし、あの鍛錬バカのことだ、夜にも鍛錬をしているに違いない(というより何度か誘われている)(勿論全部断ったが)。

「(あとは…短気、負けず嫌い、熱血……あとギンギン)」

自分で言っておいてよくわからない奴だなあと苦笑いをこぼし、その場へ寝転がる。
空は驚くほど綺麗に晴れていて、雲も小さいものが数えるほど風に流されているだけであった。
確かに最初は授業と違ってサボると他人に迷惑をかけてしまう委員会をサボることに抵抗はあったが、それでもなんだかあそこは居心地が悪い。
後輩は自分や潮江を慕い、笑いかけ、そして同い年である潮江は自分を必要以上に気にかけてくる。
お前は俺の保護者かと言いたくなるくらい、ここ最近は彼とずっと一緒にいるのだ。

「………………見つけたぞ、ななし」

「ああ。おはよう、文次郎。今日はいつもより少し早かったね」

若干息を切らしている文次郎を寝転がったまま見つめてみれば、文次郎はそんな俺を見て盛大に溜息をつく。
いつものギンギンさはどこに行ったんだよなどと言えば怒られることは確実であったので何も言わない。
文次郎も静かに俺の横に腰をおろした。
―――いつもより。
そう。文次郎は、いつもこうして俺を見つける。どんなに隠れようがどんなに逃げようが、どれだけ文次郎が人探しが下手くそだろうが。
どうやっても、俺を見つけ出すのだ。

「委員会の時間だ。田村達も待ってる。行くぞ」

「……なあ文次郎」

腹筋の力だけで起き上がり、文次郎の横へと座る。
俺も文次郎を見ないし、文次郎も俺を見ない。
どこに視線をやってるんだかなどという疑問を頭の隅で考えながら、「もういいよ」と諦めたような口調で俺は本音を口にした。

「俺になんか構わないでさ、文次郎は自分のことだけを考えるべきなんだよ」

そう、偉くもないくせに上から目線で説得を講じてみる。
文次郎は何も言わない。

「そりゃあ委員会をサボったら仕事が進まなくて大変かもしれないけどさ、そんなの先生に言いつけて俺を叱ってもらえばいいだけだろ。こんなことしたって文次郎が疲れるだけだ」

「そんなことがわかってるならサボるなバカタレ」

「嫌だね。それでなくてもお前のせいで授業をサボれてないんだ」

なあ文次郎、ともう一度名前を呼んでみれば、隣にいるそいつは俺のほうを向く。
俺もそちらを向いてみれば、普段の怒っている瞳とは違うそれ。
目元にある隈が酷いなあなどと思いながら俺は口を開いた。
俺、今どんな顔してるんだろう。

「俺のことは見捨ててくれよ」

それは心からの願いだった。
なのに、文次郎は俺から視線を逸らしてはくれない。
俺はなんだかその視線に居心地が悪くて、不意に顔ごと視線を逸らす。
しかし、それを文次郎は許してくれなかった。

「お断りだ」

瞬間、暗転した視界に何がなんだかわからなかった。
背中に走った衝撃にうめき声を漏らす間もなく、唇に暖かい感触。
驚いて見開いた視界には文次郎の顔があり、自分が押し倒されて口付けをされているのだということを理解した。
しかしそれに気付いて抵抗する前に、文次郎の唇は俺の唇から離れる。

「何をそんなに怖がる必要がある」

「え………」

全てを見透かされそうなその視線から、目を逸らしたいのに逸らせない。
文次郎は今までに見たことがない優しい笑みでこちらを見下ろしていて、それがなんだかとっても恥ずかしかった。

「俺はお前を見捨てたりなんかしない。例え他の全員がお前を見捨てても、俺はお前の側から離れない」

「な、なん………」

「お前のことならなんでも知ってる。身体をどこから洗うのかも」

「な、なんでそんなこと知ってるんだよ!!」

もはやななしに余裕は無かった。
顔を真っ赤にしてそう怒鳴るが、両肩を押さえつける文次郎の手の力が緩むことはない。
それどころか、先程の優しい笑みからなんだか嬉しそうな笑みに変わっているではないか。
先程の口付けと発言を思い出し、ななしの顔はますます赤くなる。

「なあななし。これからは授業も委員会もサボるな。夜の鍛錬も共にしよう。俺はお前とずっと一緒にいたいんだ」

再び近づいてくる文次郎の顔に、ななしは「待て待て待て」と焦ったように空いた両手で文次郎の胸板をおさえた。
動揺しているそれは弱い力であったが、文次郎は不満そうに動きを止める。

「だ、だから、意味がわからないって。お、俺はお前に見捨ててくれって言って、サボりたくて、お前は自分のことをすればいいわけで、」

「文次郎」

「は?」

「お前、じゃなくて文次郎だろ」

「っ!!」

今まで普通に文次郎と呼んでいたものの、そういわれてしまうと変に意識してしまい、ななしの口はわなわなと震えている。
そんな様子のななしを見て、文次郎は愛しそうに口を開いた。

「そんな反応もするんだな」

「あ、あのなあ!」

「覚悟しろよななし。この俺はギンギンにしつこいぞ」

「う、うるさい!俺のことなんかほっとけよ!このバカタレ!!」

再び近づく文次郎の顔に抵抗を示すななしであったが、それが無意味なことに気付くのはほんの数秒後である。


呆れるくらい陶酔してる

(だってお前が好きなんだ)




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