(哀川潤)
嫌でも人目を引くワインレッドのスーツの奥に、胸の大きく開いた白いカッターが覗く。
肩まで届く長さの髪は異様な程に艶があり、そのプロモーションはモデル並という表現がぴったりであった。
美人という単語がぴったりな女ではあったが、なにやら近付きがたい雰囲気がある。
ひどく癖がありそうな、絶対に関わりたく無い女の人だった。
「………………」
なので無視して通り過ぎた。
「っておいおいおい!無視かよ!!」
呼び止められて引きとめられた。
「ったく最近の女子高生ってのはどーなってやがる!困っているレディを見捨てて登校を続行するだなんてよ!普通『大丈夫ですか?』って聞いて助けてあげて、そんでもってあわよくばランデブーだろ!!」
「ランデブーって……」
なんだか時代を感じる人だった。
しかも何故か滅茶苦茶怒ってる。
でも昨日のHRや配られたプリントに不審者注意という話は無かったなあと女の人を見た。
「はいはいそれじゃ、こんにちわ女子高生」
「…………………………………こんにちわ」
「馴れ馴れしく挨拶するな」
言うかどうかたっぷりと悩んだ挨拶に、女の人は冷たく言い放つ。
どうしろというんだ、と珍しくなまえは押され気味に苦笑いを浮かべた。
「えっとー…じゃあ、『大丈夫ですか?』」
「なんだその括弧付けたような言い方は……まあいい。箱庭学園っつーのはここら辺だよな?」
「えー……あー………違いますよ」
「ふぅん。ここら辺なのか」
なまえの咄嗟の嘘にも引っかからず、赤い女は辺りを見渡す。
そして、その心臓を射抜くような鋭い目つきの視線は、なまえへと戻る。
そんな眼差しに怯むことなく、どうしたものかとなまえも赤い女を見上げた。
「あたしは哀川潤だ」
「はあ。それはどうも」
先ほどから思っていたが、美人な顔立ちの割りには妙にぶっきらぼうな、ぞんざいな口の効きかたである。
しかしそれが妙にマッチしていたので、「哀川さんは」となまえは口を開いた。
「潤でいい」
「いえ。その、箱庭学園に何かご用ですか?」
また馴れ馴れしくするなと怒られそうだったので、その提案をすぐに断る。
そろそろ歩くのを再開しなければ遅刻してしまうかもしれない、と腕にはめた時計をチラリと見た。
しかしこの位置からでは時刻が見えない。
「あたしは請負人ってのをやっててね。そこの理事長にちょっくら呼ばれたもんだから向かってる最中なのさ」
「そうなんですか。大変ですね。頑張って下さい。それではさようなら」
「まあちょっと待てって」
遅刻するわけにもいかないと歩き出そうとするなまえの目の前に立ちはだかり、哀川潤はニヒルな笑みを浮かべる。
それが美人な彼女の顔に妙にハマっているものだから、なまえは少し見とれていた。
「お前、箱庭学園の生徒だろ?ふぅん、へぇん…あの学校にはこんな生徒がいるんだな。出来れば行きたくない所だ」
「私としても来て欲しく無いです」
思わず本音が出てしまったが、哀川は気にすることなく笑みを絶やさない。
「そんな冷たいこと言うなって。まあ理事長にちょっと会ってささっと仕事して帰るつもりだったが……なんかそうも言ってられないな」
「?」
哀川が何故か溜息を吐いたことに、なまえは首を傾げる。
そして、彼女の顔から笑みが消えた。
その鋭い視線は、なまえを射抜くように観察する。
「ああ悪いけど、こんなこと言うつもりなんて毛頭無かったんだけど、というよりこんな感情を持ったことなんて生まれて初めてなんだけれど、言わせてもらうよ女子高生。あたしはね、奇をったり意表をついたりするのが大嫌いなんだよ。ベッタベタにありふれた、女のために男が命をかけるような、そんな物語が好きなのさ。お約束の展開、王道のストーリー、どっかで聞いた事のある登場人物に、誰もが知ってる敵役。使い古された正義の味方にありふれた勧善懲悪、熱血馬鹿に理屈馬鹿。ライバル同士の友情にお涙頂戴のハッピーエンド。そういうのがほんっとうに大好きなんだ」
「……………………」
突然の語りに、なまえは黙ってそれを聞く。
辺りは酷く静まり返っていて、住宅街だというのに周りには人っ子一人存在しない。
普段からそんな場所を通って学校へ通っているなまえではあったが、今はその静けさになんだか居心地が悪かった。
「意外性なんて必要ない、驚きなんて必要ない。仕掛けは陳腐で構わない……王道には王道こそが相応しいんだ。奇道や奇策は所詮道化の役回りだろ。そうは思わないか?」
「つまり何が言いたいんですか?」
「つまり、こうしてお前とあたしが出会っていること自体、おかしな話なのさ」
真面目な顔で、可笑しなことを言う。
それはまるで、自分が王道だと言っているようではないか。
そして、つまりそれは私自身が邪道とでも言っているような。
「いや、お前は邪道ですらないよ」
遠慮なく人の心を覗かないでほしい。
「だからって観察者や傍観者だなんていうつまらねー下らないものでもない。そういう奴らには下らないわりには下らない道ってもんがある。でも、お前にはそれがない。道なんてものが無い所を、勝手に平気で突き進んでる。お前は真面目に生きてるつもりだろうが、人間っつうのはもっとスゲェ生き物なんだからよ、もっとしっかり世界を見ろ」
「…………………」
「わかったか?」
「いえ。難しいことはわかりませんから」
「そうかい」
そうは言うが、呆れもしていない表情で哀川潤はなまえから視線を逸らして進行方向へ顔ごと視線を向ける。
なまえも釣られてそちらを見るが、哀川が何かを言う気配は無い。
「じゃあ、箱庭学園まで案内しますよ。そしてあわよくばランデブーでも」
「あー、いや、遠慮しておくよ」
「変に目立つからですか?」
「一言余計だよ」
一瞬ケラケラと笑った潤だったが、困ったように後頭部へ手を伸ばす。
そのまま空を仰ぎ見て、気まずそうに口を開いた。
「あたしが踏み込んだ建物は例外なく崩壊するって言われてるくらいだからさ。お前のとこの理事長の話は断っておく。ていうかお前みたいなのが生徒にいるならあたしの出番は不要だろうよ」
「え、哀川さんって爆発でもするんですか」
「どうもお前にはそう見えてるらしいけど違うからな」
あと潤って呼べ、と言われたがなまえはその言葉に特に反応せず今度はしっかり腕時計を見る。
時刻は授業開始の10分前。
どうしたって間に合わない。
なまえは哀川にそれ以上何も言わず、足早に歩き出した。
今度は哀川はなまえを引き止めることなく、ただその背中を見送るだけ。
ポケットから取り出したサングラスを装着すると、哀川も静かになまえへ背中を向けた。
「それじゃ、縁が合ったらまた会おうぜ、女子高生」
「縁があるなら、もう会わないでしょう」
「それもそうだな」
どこまでも味方
(嘘だと思うなら殺してご覧)