(死神)


「あ、そうだ死神。第二ボタン頂戴」

「はい?」

死神から作戦を伝えられ部屋から出ようとしたなまえが突然振り返り口にした言葉に、死神は力の抜けた声を出してしまった。
しかしなまえの表情は至って普通で、冗談で言ったわけでないのだと死神はじっとなまえを見つめる。

「残念ながらこの洋服にボタンは無いんだけど……どうしていきなりそんなことを?」

「NOTの生徒達が第二ボタンを貰うと良いことがあるみたいなこと言ってたから貰ってみようかと思ったんだよね。まあ無いならいいや」

「多分そういうのって同じ生徒から貰わないと意味が無いと思うんだけど」

「そうなの?」

死神の言葉に驚いたように顔だけでなく身体ごと死神を振り返るなまえ。
自分もあまりそういうことは知らないので、そんなに食いつかれても困るといった風に死神は一歩後ろへ下がった。

「俺ので良ければやるぞ」

「じゃあ頂戴」

「絶対受け取ったあと地面に投げ捨てるだろお前」

「え、なんでバレたの」

静かに現れたシュタインに驚きもせずなまえは会話を続けるが、死神は呆れたようにため息をつく。
この二人の不仲は直らないものかと頭を抱えたくなっていた死神であったが、もう慣れたとでもいうように普段通りに口を開いた。

「でもそんなことを言い出すだなんて、なまえちゃんってばちゃんと学生やってるのね」

「いえ死神様。コイツは授業中に机に落書きばかりしてますよ」

「机と教科書への落書きはほとんどの学生がやってることじゃないの?」

「お前は一体どこからそんな知識を持ってくるんだ」

「テスカとジャスティンが教えてくれたよ」

「あいつら授業中そんなことしてたのか……」

「あれ、先輩いつの間に」

「最初から居たよ!!」

今まで静かにシュタイン達の会話を聞いていたらしいスピリットの呟きに驚いたようにシュタインが反応する。
先ほどまでこの部屋で会話をしていた死神となまえは勿論スピリットの存在はわかっていたので、恐らくわざと気付かないフリをしていたのだろう。
昔からそういうところも変わってないなとスピリットも静かにため息をついた。

「あとやってないのはサボりと遅刻と居眠りとー」

「そういう悪い学生の真似はしなくていいよ」

「あ、そうそう。告白かな」

「「告白!?」」

思い出したように笑うなまえに、スピリットとシュタインが同時に反応する。
死神は立っているのが面倒になったのか、鏡の横に用意されていたソファへと腰掛けて紅茶を飲んでいた。

「あ、あああのな、なまえ。そういうのはこっちの心の準備というものが…」

「別に俺はいつでもいいが」

「…………………」

「…………………」

スピリットはなまえから顔をそらして笑みを浮かべながら、シュタインは勝ち誇ったように笑みを浮かべたまま口を開いたが、その後お互いに驚いたように顔を見合わせる。
しかしなまえはそんな二人を気にしてなどいないのか死神の向かい側にあるソファへ座ってクッキーを口にしていた。

「なまえちゃん、別に無理しなくてもちゃんと授業に出てれば生徒として成り立ってるんだよ」

「そふはお?ひらあはった」

「食べ終わってから喋ろうか」

「わはった」

もぐもぐと口に含んだクッキーを噛み砕き飲み込み、そして目の前にあった死神が飲もうとしていたらしい紅茶を飲み干す。
「あああ」と嘆きの声を死神が漏らすのも気にせず、空になったカップを机の上に置いた。

「最初の話に戻るけど、もし誰かから第二ボタンを貰うなら卒業する人に貰わないと意味ないんじゃなかったっけ」

「え、そうなの?」

「多分ね。どうなの?スピリット君」

「え、なんで俺に聞くんですか死神様」

「先輩は女の人に人気がありましたからね」

「い、いや…まあ、死神様の言う通りですね」

シュタインの言葉に苦笑いを浮かべるだけだったが、きちんと死神の質問には答えるスピリット。
「ふーん」とあまり興味の無い答えをこぼし、なまえはもう一枚クッキーを食べ終えた。

「じゃあ私、下手したら一生第二ボタン貰えないかもね」

「え?どうして」

特に残念そうにしてない表情で呟くなまえに、向かい側に座っていた死神が不思議そうに首を傾げる。
なまえはチラリとだけ死神を見て、近くにあったポットから静かにカップへ紅茶を注いだ。

「だって死神は生徒じゃないから卒業なんてしないじゃない」

「なんでそんなに私のボタンを欲しがるのかねえ」

「この前私の黒い洋服のボタンが取れちゃって」

「ああ………そういうこと」

少しがっかりしたように見えた死神に疑問を持つことなくなまえは静かに紅茶を口に運んだ。


どう足掻いても赤点


(人間的な意味で)


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