(雲仙冥利)


正義のヒーローに憧れたことは無かった。
かといって、悪役を格好良いと思ったことも無い。
ルールを守らない奴は罰を受けるべきだし非難を浴びるべきなのだ。
そして他人に悪影響をおよぼす人間は、排除されるべきである。

「俺が正義なら、テメーは害悪だ」

「なんか出会い頭に悪口言われたんだけど……」

授業も終わり、帰ろうと廊下を歩いていると、窓側の壁によりかかっている雲仙冥利が見えた。
しかし別に雲仙に用事があるわけでもないので、なまえはチラリとも子供に視線を送らず前を通り過ぎようとしたのだが。
雲仙がニヤリと口端をあげたかと思うと、なまえの目の前に不気味なほど笑みを浮かべて立ちふさがった。

「なああんた一応先輩なんだし?この俺に色々と教えてくんねぇかな?」

「?」

「AがBを殺した。誰が悪い?」

「A」

「子供が道路に飛び出て車に跳ねられて死んだ。誰が悪い?」

「運転手」

「俺がテメーを殺す。誰が悪い?」

「っ!?」

何か素早いものが、なまえの頬を掠めた。
そのことに驚いて数歩下がったものの、何のつもりだとでもいうように雲仙を見下ろす。
しかし雲仙は相変わらず笑っており、その人を見下すような瞳はじっとなまえに向けられていた。

「ケケケ。何をしたが知らねぇが―――まあいい。質問に答えてもらってねぇしな」

なまえは足元にゆっくりと転がってきたものを見下ろす。
綺麗な黄色のスーパーボールが、なまえの足にぶつかって停止した。

「で?この場合、誰が悪い?」

「――――運」

「は?」

「タイミングとでもいうべきかな。HR後にダラダラとしてなければ君に会わなかったかもしれないしこの廊下を通らなければ大丈夫だったかもしれない。そもそも私は十三組だから授業に出ないっていう選択肢もあったわけなんだけど」

そういって笑うなまえに、雲仙は初めて顔から笑みを消す。
そのままなまえを見下すように見上げ、苛立った口端を下げた。

「意味わかんねーこと言ってはぐらかしてどうにかなると思ってんじゃねーぞアホか!オレが出張ってきた時点でテメーの悪は決定なんだよバカじゃねぇのか!殺戮してやるから迅速に死亡しろ!!」

「嫌だよ」

「そうか、ならやめるか―――とでもなると思ってたのかよ!」

「だから、嫌だって言ってるでしょ」

「なっ………!?」

上にあげようとした手を、なまえが雲仙の両肩を掴んで制止させた。
しかしそれを予想していなかったのか、驚いたように行動を停止させ、なまえを見上げる。
なまえは両肩から手を離し、一歩下がって距離を離した。

「そもそも、スーパーボールは人を殺すためじゃなくて人と遊ぶためにあるものなんだけど」

足元に転がっているスーパーボールを拾い、静かにため息をはく。
しかしすぐに笑みを浮かべてそれを雲仙に手渡した。

「はっ、確かにテメーはモラルはあっても常識からは逸脱してるみてーだな」

「仲良くしようよ雲仙くん」

「誰がテメーなんかと仲良くするかよ。俺とお前はどこも似てねぇし相容れることだって無え。俺は正義が悪より正しいなんて思ったことはねぇが、悪が悪くないなんてことは思わねぇ」

「私が悪いと?」

「最初に言っただろ。テメーは害悪だってよ」

「うーん、じゃあどこが悪いのか言ってほしいな。ちゃんと直すからさ」

「知るか。俺は別に更生委員会じゃねーんだよ。ルールを破った悪が罰を受けるのは当たり前だろーが」

「ルールは守るためにあるんだよ?」

「ルールは人を縛るためのもんだぜ」

ケケケ、と笑みを取り戻した雲仙は笑う。
もう手の内を隠そうとは思ってないのか、両手の指と指の間にスーパーボールを持ち、なまえへと見せ付けた。
しかしなまえの表情は変わらない。

「じゃあ、私が罰を受ければ雲仙くんは私と仲良くしてくれるのかな?」

「さーな。でもま、テメーはどうしてそこまでして俺と仲良くしてえんだよ?」

「え?だって、雲仙くんの持ってるゲーム面白そうなんだもん」

「物目当てかよ。ケケケ。正直者は嫌いじゃねぇぜ」

「うんまあ、そういうことだから、お手柔らかにお願いね?雲仙くん」

廊下の隅でボロボロになった鞄を振り返ることなく、なまえは笑う。
雲仙も笑い、見下すように見上げ、その両手を思いっきり振り下ろした。

「何言ってやがる…やりすぎなけりゃ、正義じゃねえ!」


絶対正義主義


(オレは人間が大嫌いだ!)



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