(球磨川禊)
「『あ、なまえちゃん!』」
「球磨川くん」
「『朝から会うとは奇遇だね』」
「はいはい球磨川先輩仕事して下さいねー」
「『ちょ、ちょっと善吉くん…!』」
「それじゃー名字先輩、失礼しますねー」
「あ、うん」
「『なまえちゃん!!』」
「……朝から元気だなあ」
朝、なまえが校門から玄関までを歩いていると、自分の名前を呼ばれたのでそちらを向くと、笑顔の球磨川が手を振って走ってきていた。
それに答えて足を止めるが、どこからかやってきた人吉が球磨川の腕を掴んで連れて行ってしまう。
泣きながら人吉に連れて行かれる球磨川だったが、なまえはそんな彼らに手を振りながら笑顔で見送った。
こんな朝早くから生徒会は仕事をしているのか、と廊下を歩きながら壁に貼られているポスターを見る。
ああしてきちんと仕事をしているようだし、肩書きは飾りではないらしい。
だが、問題が無いわけではなかった。
「『なまえちゃん僕と一緒にお昼…』」
「球磨川さん、昼は作業があるので生徒会室に来るようめだかさんに言われたはずですが」
「『別に僕は行かなくてもいいんだろ?』」
「誰もそんなこと言ってませんよ」
ロッカーへと教科書をしまっていたなまえの背後からいつの間にか現れたのか、弁当を持った球磨川が笑顔で声をかける。
しかし、それをわかっていたかのように待ち構えていた阿久根が球磨川の両肩をがっちりと掴んだ。
笑顔でさらりと嘘を言う球磨川に呆れつつも、阿久根は球磨川を引きずるようにして廊下を歩き出してしまう。
「球磨川くん」
「『なまえちゃん…!』」
「生徒会の仕事頑張ってね!」
「『なまえちゃん………』」
名前を呼ばれた球磨川は阿久根を止めてくれるのかと思いなまえを見上げたが、笑顔で見送られてしまい、阿久根に引きずられながらなまえの視界から姿を消した。
問題というのは、これのことである。
一応ではあるが、副会長の球磨川禊が生徒会の仕事をなまえに会いたいがためにサボったりだらけたりしてしまうという問題。
かといってなまえに問題があるわけではないので、阿久根たちもどうしたものかと悩み、今の所はなまえの行動パターンを把握してそれから球磨川を捕まえるという解決法でやっているが、それもいつまで成功するかわからない。
「どうにかならなんですかあの人」
「そんなこと俺に言われてもね…」
「名字先輩に頼んでみたんですか?」
「俺たちがあの人に何か頼めるわけないだろ?というかあんまり関わったことがない十三組ってなんだか近寄りがたいし」
「まあ君が言ってもあまり説得力は無いけどね」
喜界島の質問に、生徒会室の自分の席に座っている人吉がため息混じりに答える。
その答えに阿久根は苦笑いをこぼすが、ため息をつきたい気持ちは同じであった。
「今まで十三組に関わってろくな事無かったですしね。関わらなくていいなら関わりたくないですよ」
「まあそれは俺も同意見だけどこのまま仕事をさせに球磨川さんを追いかけるのも面倒だしな……」
「私、名字先輩にガツンと言ってきましょうか!」
「絶対やめてくれ」
「喜界島さん空気読まないから」
はりきる喜界島に、人吉と阿久根が全力で嫌がる表情を浮かべる。
それが不満だったのか、喜界島はふてくされたようにそろばんで計算を始めた。
その後色々と考えてみたものの、めだかに引きずられた球磨川が生徒会室へ入ってくるまで良い案は何も浮かばず。
そのままその話は流れ、各自自分の仕事へと取り掛かったのであった。
「『はあ………』」
ため息をつき、球磨川は自分が持っていた書類を元の棚へと戻す。
他の生徒会メンバーは全員仕事が終わり、球磨川は最後に仕事が終わっためだかよりも一時間以上かかってしまっていた。
やる気が出ないのか、本日何度目かわからないため息をつく。
「『今日も全然なまえちゃんに会えてないし喋れてないし、このままじゃ安心院さんの封印が解けるのはまだまだ先になるかもね』」
「おいおいラブコメに気をとられて解けた封印も復活するとかそういうオチは無しにしてくれよ?」
「『だったら僕のことを手伝ってくれてもいいんじゃないのかな』」
「残念だけど人見知りなもんでね」
球磨川は笑みを浮かべながら自分の鞄を手にすると、会長の机に置かれた鍵を持って生徒会室を後にした。
もうほとんど人がいない校舎内を球磨川は静かに歩いていく。
勿論生徒会室の鍵は閉めたので、これを職員室に返してそのまま帰るだけ。
「球磨川くんが珍しく、と思ったら生徒会か」
「『杁先生』」
「気をつけて帰りなね」
手にしたタブレットを見下ろしながら、杁は職員室を出て行く球磨川にそう言葉をかける。
球磨川は特に何も言わず、職員室から出て玄関へと歩き出した。
はあ、と再びため息をはく。
確かに生徒会を乗っ取ろうとしたのは自分で結果的に副部長になったのも自分の意思ではあったが、なまえとの時間がこうも無いとなるとため息もつきたくなるというもの。
懲りずに明日もチャレンジするか、と笑みを浮かべて顔をあげて。
球磨川は自分の目を疑った。
「『え……なまえちゃん………?』」
「あ、球磨川くん!今帰り?」
笑顔でこちらへと手を振ってきたのは、制服姿のなまえであった。
呆然としている球磨川へ笑顔のまま駆け寄り、口を開く。
「もし良かったらさ、一緒に帰ろう?」
「『え…な、なんでなまえちゃんがここに?』」
なまえは部活にも委員会にも入っておらず、放課後何かで時間を使っているはずがない。
授業があるとはいえ十三組もこんな遅くまで授業をしているはずもないし、一体どうして。
目の前にいるのが安心院さんが作り出した幻想ではないかと疑うくらい、球磨川はこの状況が信じられなかった。
「うん?いや、最近球磨川くんと全然喋れてないなって思って」
「『え、じゃ、じゃあ、僕が来るまでずっとここで待ってたの…?』」
「そうだよ。思ったより早かったね」
「『い、言ってくれたらそんなのすぐに迎えに来たのに!!』」
「だって生徒会の仕事があるでしょ?邪魔しちゃ悪いと思って」
そう困惑したように笑うなまえに、球磨川は無意識のうちに笑みを零す。
朝や昼やその他休み時間などに声をかけた自分が連れ去られるのをただ見送っていたのも、そういうことだったのかと気付いて。
なまえが引き止めてしまえば球磨川はなんとしても仕事を放棄してなまえと過ごしていただろうし、そういったトラブルを避けるためにああした態度をとっていたのだろうと球磨川はなまえの手を握った。
「『なまえちゃんは僕のことをそんなに考えてくれてたんだね!』」
「え?いや、私のせいでサボってたら生徒会長さんに何されるかわかんな…」
「『帰ろう帰ろう!一緒に帰ろう!なまえちゃんから誘ってもらえるだなんて嬉しいよ』」
もうなまえの言葉は耳に入ってないのか、球磨川は浮かれた様子でなまえの手を引っ張る。
なまえは突然引っ張られバランスを崩すがすぐに立て直し、歩いていく球磨川の横へ並んだ。
少ししか変わらないその背丈に笑みをこぼしながら、二人は学園を後にする。
「『そうだ。もし良かったらどこか寄って行かないかい?』」
「いいよ。球磨川くんとならどこへでも」
「『ここでもし規制されるような単語を言ったらどうなるのかな?』」
「あはは。球磨川くんがそんなこと言うとは思わないよ」
「『あれ、これってもしかして試されてる?』」
あとは括弧を外すだけ
(なんだよ僕が何かする前に解決しやがって)
(でも片手以外の封印が解かれたとかどれだけ幸せなんだよ球磨川くんは)