(黒神真黒)
箱庭学園の片隅には四十年前まで使用されていた旧校舎が解体されることなく風雨に晒されていて、その崩壊寸前の廃墟は生徒達の肝試しや、不良の溜り場となっていた。
「えっとー…黒神くんって肝試しとか好きなの?」
そんな不気味ともいえる建物を見上げながら、なまえは隣にいる真黒へ首を傾げる。
しかし真黒はどうしてそんなことを聞くのかという風な態度でなまえを見た。
「え?いや別に肝試しなんてものには大した興味は無いよ」
「じゃあなんでここに?」
「もしかしてなまえちゃんって怖いのダメ?」
「うーん…どうなんだろう」
「怖がりだったらなまえちゃんの方から抱きついてくれそうだからそうだといいな」
「じゃあ違うかな」
そんな会話をしていると、ガチャン、という音と共に玄関にかかっていた鍵が開く。
放置されてるとはいえこういう施錠などはしっかりしているんだな、と真黒が持つ鍵を見つめながらなまえは感心した。
恐らく至る所の窓などが壊れているので、他の生徒はここではないどこかから勝手に侵入しているのだろう。
真黒が扉を開けて先に入るよう促したのを見て、なまえはゆっくりと旧校舎へ足を踏み入れた。
「でもさっきは思いつきで言っただけだけど、僕から抱きつくのがダメならなまえちゃんから抱きつかせればいいよね!」
「それ私に言ったら作戦台無しだと思うんだけど」
呆れながらも、少し前を歩く真黒のあとをしっかりとついていく。
目的も理由もわからないが、意味もなくこんなところに来るわけもないだろうとそのことについて考えることをやめた。
普段も何を考えているのかわからないのだから、こんなときだけわかるはずもない。
二階へ続く階段をのぼり、外からの光しかないそこになまえは目をこらす。
今は昼間なのでまだ日の光はあるが、夜になったら完全に真っ暗になるだろうと静かな外を見下ろした。
角を曲がり、誰もいない廊下を歩く。
「でももしこんなところで普段たむろっている不良達なんかに会ったら非戦闘員の僕達じゃ大変だね」
「そんな無理やりフラグ立てなくても…」
呆れたなまえが足を踏み出した瞬間、パキッと地面が鳴った。
「え、」?
そんな声を零したと同時、思いっきり床が抜ける。
真黒が驚いたように目を見開いて振り返るが、もう遅い。
悲鳴もなく、なまえの姿は真黒の前から消えた。
「っ――――!なまえちゃん!?」
真黒の焦った声が響くが、なまえの返事は無い。
慌てて足を一歩踏み出そうとするが、軋んだ床にその足を一歩後ろへ下げた。
「ま、ぐろくん……」
「なまえちゃん!!大丈夫かい!?」
「だい、じょうぶだけど…」
「今行くからちょっと待ってて!!」
無傷ではないのか、痛みを我慢したようななまえの声が真黒へ届く。
真黒はなまえの言葉の続きを待つことなく、来た道を急いで戻っていった。
「なんか、私が重いみたいで嫌だな。確かに真黒くんは折れるんじゃないかってくらい細いけど…」
そう呟くなまえが落ちたところは一階の廊下ではなく何も無い教室のような部屋。
何も無かったからこそ何かにぶつかることはなかったものの、咄嗟のことに着地出来るはずもなく思いっきり足をくじいてしまった。
しかしなまえか嘆く心配は無い。
廊下は老朽化でぼろくなっており、真黒は自身の解析によって無意識のうちに踏んでも大丈夫な場所へ足を置いていたのだ。
真黒の真後ろを歩いていれば無事だったかもしれないが、斜め後ろにいたなまえは少しでも重みがかかれば崩れてしまう場所などわからない。
誰かが管理していなければ、こうなって当然のことなのだ。
「なまえちゃん!!」
「あ、真黒くん。早かったね」
「『早かったね』って、君なあ……」
勢いよく扉を開けた真黒を、なまえは笑顔で迎え入れる。
正座を崩した状態で座っているなまえの側に駆け寄り、手を差し出した。
「まあ無事なら良かったけど…立てるかい?」
「うん。ありがとう」
差し出された手を握り、くじいた方の足を庇いながら立ち上がる。
しかしなまえはバランスを崩して真黒の方へと倒れてしまった。
「色々フラグを立てまくったわけだけど、まさかこういう結果になるとはね」
「ご、ごめん…足くじいちゃったみたいで」
「いいっていいって。なまえちゃんが怪我したのはいただけないけどこの状況は僕にとって極めて素敵な状況だ」
受け止めていた手を、ゆっくりとなまえの後ろへまわして抱きしめる。
驚いたように真黒の胸を両手で押すが、片足に走る痛みに再び顔を歪めた。
「えっと…こういうのは真黒くんが愛してる妹さんにやるべきだと思うんだけど?」
「なまえちゃんのことも愛してるからいいんだよ」
「世間一般ではこれをセクハラというんだけどね…」
「世間離れした十三組に所属してるわりには的確なツッコミだね」
その間も、真黒はなまえを離そうとはしない。
「さて、いつもなんだか妨害されてなまえちゃんに抱きつけてなかった気がするから存分に抱きつかせてもらおうかな!僕の妹は僕と違って強いからいつもぶっ飛ばされてしまって長時間抱きつけないんだ」
「妹さんの気持ち、凄いわかる」
「なんで真顔!?」
先ほどまで笑みを浮かべていたなまえ(といっても困っていたり苦笑いだったりであったが)が突然真顔になったのを見て真黒は驚いたように手を離してしまった。
足の痛みなど無視して、なまえはそのまま後ろへ数歩下がる。
しかし痛いものは痛いので、その拍子によろけて後ろの壁へ激突してしまった。
「うん、こういうシチュエーションもありだね」
「無しだよ」
なまえの顔の横に手をつき、逃げ場を奪った真黒は笑みを浮かべる。
的確なツッコミにも笑顔であったが、なまえはため息をつきたい気分であった。
「ここに連れてきたのってもしかして床が抜けるか実験するためだったの?」
「この状況でそんな言葉が出てくるなまえちゃんには驚かされるよまったく」
「それって褒めてるの?」
「いや、褒めてはないかな」
ため息をつく真黒に、なまえはどうしてそっちがため息をつくんだとでも言いたげな表情を浮かべる。
しかし真黒は少し考えるようなそぶりを見せたあと、笑顔で口を開いた。
「この建物に保管してある僕の妹コレクションを見てもらって、なまえちゃんは僕にどんなコレクションを作ってもらいたいか訊こうと思ったんだ」
「ごめん、物凄い引いた」
愛する故の当然の行為
(それじゃ、お姫様抱っこしてあげるからコレクション部屋に行こうか!)
(さっきの発言聞いてそんな言葉が出てくる黒神くんにはビックリだよ)