(球磨川禊)
「『何にしても新キャラが男じゃなくて安心したよ。安心院さんじゃないけどさ』」
「?どうかしましたか球磨川さん。独り言かよ気持悪い」
「『なんでもないよ財部ちゃん』」
そんな仲睦まじく後輩との交流を深めている球磨川であったが、ポスターを貼りながらも頭は何か違うことを考えていた。
それを知ってか知らずか、隣で古いポスターを剥がしている財部はチラチラと球磨川を盗み見る。
「………どうかしたんですか球磨川さん」
「『なんでもないよ財部ちゃん』」
「………そうですか」
「『なんだよまるで僕が嘘をついてるみたいな言い方だなぁ』」
「そんなことないですよ。どの口が言うか」
この質問も、これが2回目ではない。
ここ最近、彼はずうっとこのような感じなのだ。
それには阿久根も喜界島も気付いているようであったが、あえて触れないといったような様子であったので中学生組である財部もあえて触れようとはしてこなかったのだが。
ここまでくると、相当に面倒である。
「『あ!なまえちゃん!!』」
「え?」
ここにはいない第三者の名前を呼んだ球磨川を振り返る。
するといつもの笑顔で球磨川は廊下の奥を見つめていた。
財部も、自然とそちらを向く。
揺れる長く黒い髪に黒く綺麗な瞳。
球磨川と同じ黒だというのに、どことなく透き通った黒に財部は目を奪われた。
「あ、球磨川くん。今日も生徒会の仕事?」
「『そうだよ。なまえちゃんに会えるだろうと思ってさ』」
「あはは。私は生徒会と関わりが無いからそれは無理なんじゃないのかな?」
「『でもこうして会えたってことはやっぱりなまえちゃんも裸エプロンになる運命なんだね』」
「球磨川くんがなれば良いんじゃないの?」
「『え、それって誰が得するのさ』」
「球磨川先輩、どなたですか?」
話が終わる気配が無かったので財部は咄嗟に口を挟んだ。
こうしたときの「何口挟んでんだお前」みたいな雰囲気は別に気にならないタイプであったのだが、そんな雰囲気も無く2人は自然とこちらを向く。
「『知らないの?なまえちゃんだよ』」
「え、知りませんけど」
「『僕の彼女』」
「え!そうなんですか!?」
「え、違うよ?」
「あ、はい…。嘘かよふざけんな」
堂々と本人の目の前で嘘をつく球磨川であったが、いつも通り自分が悪いとは思っていない笑顔である。
対し、なまえと紹介された少女も球磨川の嘘に不快感を露にすることなく財部を見ていた。
「『僕は今この財部ちゃんと一緒にポスターを剥がしたり貼ってたりしてたんだ』」
「そうなんだ。お疲れ様」
「『なんだいなまえちゃん嫉妬とかしないのかい?』」
「え?いやあ、私にポスターを剥がしたり貼ったりする趣味は無いよ」
「『君、馬鹿だろ』」
「気にしてることを……」
「球磨川先輩もしかしてこの人に嫉妬させるためだけに私と行動していたんですか?」
「『だって他の中学生は僕と行動したがらないだろうし喜界島さんはすぐ見抜いて思い通りに動いてくれないだろうし高貴くんと行動してたら仲良しだと思われるだろ?財部ちゃんは適任だよ』」
「人の好意を利用してんじゃねえよゴミ野朗」
「『財部ちゃん本音が隠れてない隠れてない』」
「面白い子だね」
「『はっ……!なまえちゃん違うんだ!僕は確かに女の子に惚れっぽいところがあるけどやっぱり君が一番で…』」
「なまえさん、でしたっけ?よろしくお願いします」
「よろしくね、財部ちゃん」
「『無視かよ』」
少し苛立った笑顔のままなまえへと挨拶する財部になまえも笑顔で応える。
まあこの3人でいるのなら楽しく会話が出来るだろうと思っていたが―――財部の考えは数秒で消し飛ぶことになった。
「なまえ先輩じゃないですか。こんなところに居ては危険ですからどうぞ二年生の教室へ―――」
「『なまえちゃんは三年生なんだけど。今の二年生にはそんなこともわからないのかい?』」
「なまえ先輩は女の私と一緒に行動しましょうね!お・ん・な・の!!」
ああこれがギャルゲーやラノベでよく見る修羅場というやつか、と財部は唖然と目の前の光景を見つめていた。
普段仲が良いとまでは言わないものの、こんな言い争いなどしていない生徒会の3人――阿久根高貴、喜界島もがな、球磨川禊の言い争いを間近で見て言葉も出ない。
そしてその原因であるなまえは困ったように笑顔を浮かべて。
「私生徒会じゃないから帰るよ?」
となんとも的を得たことを言っている。
財部はそんななまえに溜息と共に苦笑いを消し、3人に囲まれているなまえを睨み上げるようにして口を開いた。
「あのー、口を挟むようで悪いのですが、そして水を差すようで申し訳ないのですが―――そういうの見ててイライラするんですよね」
しん、と静かになった場で、財部はそんな空気を知らぬふりして言葉を続ける。
「3人から好意を寄せられてそれでも気付かないフリしてるんですかなまえさんって。モテる自分超かわいーってやつですか?ほんとそういう主人公とかヒロインって多いですよねえ。どんなものかはあえて言いませんけど。こっちからしてみるとふざけんなって感じですよ。そこまでされて普通気付かないわけないだろうと。気付かないふりしてそういう状況を楽しんでいるだけなんじゃないかって。はっきり決めて下さいよ。本当にもう、鬱陶しい」
「財部さん、それは」
「阿久根先輩もおかしいとか思わないんですか?あ、あれですか。恋は盲目ってやつですか?うっわードン引きです。少しくらいおかしいって思った方が良いと思いますよ?みんななまえさんに騙されてるんじゃないんですか?」
「ちょ、ちょっと財部ちゃ…」
「喜界島先輩も同じ女の子なのに気付かないとかそこら辺特例組って抜けてるんですか、ほんと。球磨川先輩は惚れっぽい性格らしいですから別にどうでもいいですけど所詮ちやほやされてる自分可愛いって自惚れて思いあがってるだけなんですから」
そこまで言って、財部は黙った。
裏表もない自分の言葉を散々言って、なまえの出方を伺った。
途中口を挟みかけた阿久根と喜界島には悪いが更に大きな声と早口で黙らせる形でその言葉を遮らせてもらった。
しかし球磨川は一向に笑みを絶やすこと無い。
というより。
「(…………………?)」
先ほどより笑みが深くなっている気がした。
「え、えーっと。財部ちゃん」
「なんですか」
気まずそうに声を出したなまえに、財部は不機嫌そうに答える。
先輩への対応としては最悪だったかもしれないが、もはやどうでも良かった。
「私が好きなのは球磨川くんだよ?」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「『………………』」
「え、ええええええええええええええええええ!?!?」
財部は人生で一番大きな声で思いっきり叫んだ。
驚きと動揺を隠せないまま阿久根と喜界島と球磨川をそれぞれ見るが、球磨川以外の2人は心底絶望したように頭を抱えていて、球磨川は勝ち誇ったような笑みを浮べている。が、よく見ると顔を真っ赤にして口を噤み動揺を必死に隠そうとしているようだった。
「(この人も動揺してる)」
じゃなくて。
「う、え、す………す、う、え、ええええええええ!?!?」
「え、えっと、私、なにかマズイこと言ったかな?」
―――マズイなんてもんじゃない。
「財部さん。なんてことをしてくれたんだ君は…」
「本当だよ。もう。私たちがせっかくなまえ先輩にそれを言わせないようにしてきたのに……」
もう天然具合だとかギャルゲーだとかどうでも良かった。
安心院さんが封印されたということ以上に衝撃的かもしれないこれは。
天地がひっくり返ったかと思った。というかそっちの方が有難かったし驚かなかった。
「『ああ、本当にやっぱり財部ちゃんを連れてきたのは正解だったかもしれないな―――計算なんてものしたことがないけどこうも上手く…』」
先ほどの言葉すらも嘘だったというのか。財部はそんなことを思いながら出会ったときと変わらない笑みを浮べているなまえを見上げる。
なんという人間だろう。
生徒会と関わりが無いとか言っていたが――――あの化物ともいえる生徒会長率いる生徒会に彼女が入っていないこと自体おかしなことである。
こんな人間が―――こんな異常が。
「『なまえちゃん』」
「どうしたの?球磨川くん」
この2人がお互いに両想いだと知るのを阻止したかった先輩2人の思いが今ようやくわかる。
そしてわかった頃には終わっていた。
阿久根も喜界島も既に諦めていて、どうやら既に未来の心配をしているようである。
財部も、今からでも祈る神を見つけておこうかとまで考えた。
「『僕もなまえちゃんのことがす』」
嘘が好きな君が好き
(う、うわー、球磨川さんが倒れたぞー)
(え、ちょっと大丈夫球磨川くん!?)
((阿久根先輩のボディブローが見事に決まった……しかも超早かった黒神ファントム並だった))
(『君の、攻撃、を、なかったことに……』)
(うわー球磨川さん大丈夫ですかー?)
((一瞬で蹴りを顎に三発…!流石破壊神って呼ばれてた男!))
(もうこの学校嫌……)