(日之影空洞)
「おはよ、空洞!」
「ああ。おはようなまえ」
教室へ入ってきた日之影に、真っ先になまえが手を振る。
それを皮切りに、既に席についていた高千穂や牛深なども日之影へと声をかけた。
もうそんな雰囲気に慣れているのか、そのまま日之影は席へとつく。
「つかお前が教室に居るのって珍しいよな」
「人間は一匹見たら三十匹居るっていうだろ」
「答えになってねえよそれ言いたいだけじゃねえのか」
「来た理由はあれだよ、今思い出したけど名字さんと元生徒会長がバカップルだって噂を聞いたから興味本位で来てみただけさ。でも思ってたより普通のクラスメイトって感じだから帰ろうか考えてるところだ」
「あー、まあ待ってろって。これからだよこれから」
「ふぅん……」
何故か授業中であるというのに止まれの標識を持っている牛深に注意する者はいない。
しかし一番後ろの席にいるということはその標識のせいで黒板が見えない者が出ないようにするという配慮だろうか。
そんなことも気にせず、高千穂は斜め後ろの席の牛深に「ほら」と真ん中の席に居る日之影を指差した。
「なっ……あ、あれは……」
「ほぼ毎回の授業でやっている授業中の手紙交換だ」
「け、携帯というものがありながらなんて非文明なことを…」
牛深が驚いているが、そんなことも気にせずなまえと日之影は書き終わった手紙をお互いの机に投げている。
その書くスピードにも驚きだが、一体何をそんなに書くことがあるのだと牛深はため息をつくしかなかった。
「なまえちゃん!」
「黒神」
「な、日之影くん!まだ名前を呼んだだけじゃないか…」
ぎしぎしという音が聞こえるくらいに、日之影は黒神の頭を掴む。
なまえはペットボトルをあけて中身を飲みながらその光景を見ていた。
「僕はなまえちゃんのことを知るために抱きつかなきゃいけないんだ…!」
「なまえのことを知っているのは俺だけでいいだろう」
「別に空洞に抱きつかれるなら良いんだけどね」
「お、覚えてろよ!」
「なんか鍋島の雰囲気が移ったかあいつ……?」
「鍋島さんはどっちかというと『今日はこれくらいにしといたるわ…』って感じだけどね」
泣きながら廊下へと飛び出した黒神を見送りながら、当然であるかのようになまえは日之影へと箸で挟んだお弁当の具を差し出した。
それに驚くことなく、日之影は平然とそれを口にする。
「美味しい?」
「ああ。なまえが作ったものならなんでも美味しいがな」
「それじゃあ上達出来ないんだけど…」
「いいよ。なまえはなまえのままで」
「そう?」
次は日之影が自分の弁当に入っている具を箸で掴み、なまえへと差し出した。
なまえもそれを当然の如く口に含み、味わうように口を動かす。
「どうだ?」
「うーん、しょっぱい」
「俺が作ったものならなんでも美味しいとは言ってくれないのか?」
「言ってほしかった?」
「ああ」
「じゃあ次からそうする」
ふふっ、と笑顔をこぼしたなまえを見て、日之影も満足そうに笑みを浮かべた。
「な、なんだあれ……突っ込み待ちか!?」
「そう思うのもしょうがねえよ。でも本人達は至って真面目だ」
「なんだか黒神とかいう奴が不憫でならねえな…」
食べかけのパンを持ったまま手を震わせている牛深に、高千穂は苦笑いを零す。
開きっぱなしの扉を見ながら、牛深は再びパンを口に運んだ。
その間もずっと食べさせあいをしていて、理解出来ないものを見るような目で牛深は二人をじっと見ている。
しかしそんな視線も気にせず、二人は楽しそうに笑っていた。
「ここは風が気持ちいいな」
「そうだね」
屋上で、なまえと日之影は二人だけで空を見上げていた。
そこに高千穂や牛深の姿も無く、鳥すらも飛んでいない。
隣同士でベンチに座っている二人はその手をしっかりと握って笑顔を浮かべる。
「ここからの景色はいいぞ」
「うん」
「いや。そこではなく、ここからの景色だ」
「え?」
なまえにそう言うと、日之影は笑みを浮かべたまま自身の膝を軽く叩いた。
それで何を言いたいのかわかったなまえは、立ち上がると日之影の膝の上に座る。
そのまま日之影はなまえの前に手を回し、後ろから抱きしめるようにして口を開いた。
「な?いい景色だろ?」
「うん。綺麗」
なまえも笑みを浮かべ、後ろへと重心を預ける。
「これからもこの景色が見たいな」
「ああ。そうだな」
「大丈夫。約束は忘れないから」
「知ってる」
また明日も二人で見ようと約束をし、二人は笑った。
特等席
(あれ。牛深が学校に居るなんて珍しいな)
(高千穂か…なんか目的があった気がするんだけど覚えてないんだよな)
(……なまえ、ちょっと重くなったか?)
(ひ、ひどい!!降ろして!!!)
(嘘だからそんなに暴れるな。それに重くなっても俺はお前をこうしてやる)
(そういう問題じゃないよ…でも、嬉しい)
(なまえが嬉しいなら俺も嬉しい)