(日之影空洞)
「ここは日陰で気持ち良いね」
「……あ、ああ………」
校舎裏で座って静かに空を見上げていた日之影に声をかけたのは、制服姿のなまえであった。
突然のことに日之影は咄嗟に声が出なかったが、声の主がなまえだとわかると返答しながらゆっくりと立ち上がろうとする。
しかしなまえが隣に座ろうとしたので、それをやめてなまえが座るのを待った。
「どうかしたのか?名字」
「ん?えっとね、今日の宿題を手伝ってもらいたいな、と……」
今まで生徒会の仕事をしていた日之影の制服はボロボロになってたが、なまえはそれを気にすることなく持っていたノートを開く。
その手にはシャーペンも握られていたが、日之影はそれに呆れることなくそのノートをぼんやりと見下ろしていた。
「お前は少しくらい俺の心配をしたらどうだ?」
「あはは、日之影くんは大丈夫だよ」
「そうかい。まあ信頼されてるっていう風に受け取っておく」
「会長が日之影くんってだけでなんか安心感あるよね」
「まあそう思ってくれてるのはお前と椋枝先生くらいだろうよ」
そんな会話をしながら、日之影はなまえに宿題を教える。
というより、既にやってあった宿題のわからない部分を教えるだけなのですぐ終わってしまう。
これくらいなら朝学校で訊けば良いのにと思うが、別に訊かれるのが嫌なわけではないので日之影は笑顔でそれにこたえる。
「にしても日之影くんって本当身長高いよね」
「ん?そうか?」
「何食べたらそんななるのか雲仙くんに教えてあげたいと思って」
「お前それ本人に言うなよ気にしてんだろうから」
日之影に教えてもらった通りに日之影の横で問題を解いていたなまえは、雲仙の名前を出すと同時に「これくらいだもんね」と自分の頭の位置で手を横に振った。
それが雲仙の身長を現すジェスチャーだと理解した日之影はそれを本人に知られたらどんな目に合うかわからないので苦笑いを零す。
「(雲が……無いな)」
隣でなまえが問題を解いている間、日之影はふと空を見上げた。
風に流れる雲もなく、綺麗な空。
「あ、猫だ」
「………猫?」
なまえの言葉に、日之影は空を見上げるのをやめて、視界を真正面へと向ける。
しかしそこに犬らしき姿は無く、首を傾げた。
「最近よく見るんだよね。野良かな」
「流石に学校内で飼ってる奴はいないだろう…いや、飼育委員のか?」
身体を少し横に倒し、なまえの顔の前まで顔を下げる。
すると、木々の陰で猫が眠っているのが見えた。
恐らく飼育委員のだろうと思い、そのまま身体を起こす。
そのままふと遠くの景色を観察してみる。
「お、あれは鳥……じゃなくて鷹か」
「た、鷹!?」
問題を解いていたはずのなまえは鷹という単語を聞いて驚いたように立ち上がった。
「ああ。ほらあれ。鷹だろ?どう見ても」
「い、いや!鷹なんて見たこと無いっていうかこんなところにいるもんなの…?」
「多分飼育委員のだろう」
「なんか飼育委員って恐ろしい委員会なんだね」
「そう偏見を持ってやるな」
立ち上がって背伸びをしてようやく鷹が見えたのか、なまえは脱力したように座り込んだ。
いつの間にか寝ていたはずの猫がいなくなっており、なまえは静かにノートを閉じる。
「もう終わったのか?」
「うーん…今日はもういいや」
「珍しいな」
ふう、とため息をついてなまえは鞄を開けてノートとシャーペンを中にしまった。
日之影もそろそろ行くかと立ち上がり、なまえも立ち上がる。
「それじゃ、俺はこれから生徒会室に戻るから」
「え、ごめんね引きとめっちゃって」
「いや。構わない。またわからないところがあればききに来い。俺がわかるところなら教えてやる」
「うん。ありがとう。じゃあまたね」
「ああ。じゃあな」
日之影は遠くへと飛んでいく高を見上げながら日陰を。
なまえは元気に歩いていく猫を見送りながら日向を。
二人は楽しそうに、別々の方向へと歩いて行った。
お互いの視界
(それでも同じ景色を見ている)