(糸島軍規)


「そっちいったぞなまえ!」

「えっ、ちょっ、」

「そっちじゃない!こっちだ!!」

「嘘っ、待っ!!」

慌てたなまえの足元に何かが引っかかり、なまえは勢いよく顔面を床へ打ち付ける形で前へ倒れた。
その光景に周りの生徒は動かしていた足を止めてチラリと見たが、その側に立っていた人物を見ると気まずそうに目をそらす。

「いったあ………」

「あらごめんなさいね。あたしったら足長くて」

「え?どう見ても平均的だと思うけど…」

「あんたねえ……」

鼻を抑えながらなまえは上から降ってきた言葉に疑問を思ったのか、その人物の足元から腰までをじろじろと見た。
そのあと立ち上がって表情を見てみると、青筋を浮かべてこちらを睨むようにその少女はなまえを見つめている。

「なまえ!大丈夫か!?」

「え、うん。大丈夫だよ」

「ちょっと軍規ー。あたしの心配は無し?」

「奈布は運動部だし大丈夫だろ」

物凄い良い笑顔でそう菜布へと頷いた軍規は、立ち上がろうとするなまえへ手を伸ばした。
奈布はその笑顔に唖然としたあと、目の前で立ち上がったなまえに対して軍規に聞こえない程度に舌打ちをする。
しかしそれにビビるなまえでもなく、何の音だろうとでも言うようにチラリと奈布を見ただけであった。
それが更に奈布の苛立ちに拍車をかけたのか、奈布の握る手に力が入る。

「せっかく同じチームになったのだから協力して行くぞ、なまえ」

「いや、みんな運動神経良すぎてちょっとついていけないんだけど……」

「ん?そうか。じゃあ私が直々に教えてやるとしよう」

「へっ?」

後ろから腕をまわされ、なまえは驚いたように振り返ろうとした。
しかしその顔を少し横に向けただけで、真横に軍規の顔があったために慌てて顔を前へと戻す。
その光景を見てビシッと固まった奈布を、後ろにいた女の子2人がどうしようと困惑した様子でお互いに目で合図しあっていた。

「…………ていうか、バスケでこうやって教えることって無いんじゃないの?」

「そうなのか?私がこの前読んだ漫画ではこうやってだな…」

「再現しなくていいから。ゲーム、中断しちゃってるから離して」

「全く、なまえは冗談が通じないな」

「え。こう見えても私、冗談みたいな存在って言われたことあるんだけど」

「それってただの悪口じゃないのか?」

転んだ衝撃で赤くなっている膝に気付いていないのか、なまえは力を緩めた軍規から抜け出し、舞台の端に置いといたタオルを取るためにそちらへと素早く足を運ぶ。
軍規は呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな笑みでそんななまえの背中を見つめていた。
しかし、背後から「軍規」という声がかかって振り返る。
いつも通りの楽しそうな笑み。

「軍規ぃ。あ、あたしもバスケ教えて欲しいなー、なんて…」

バスケットボールを手に持ち、もじもじとする奈布は誰が見ても可愛らしく、隣のコートでゲームをしていたメンバーも足を止めて見入ってしまうほど。
奈布もこれには手ごたえがあったのか、心の中でこれは来た!と確証もないまま確信していた。
しかし。

「いや、お前バスケ部のエースじゃなかったか?」

「うっ……………」

軍規に首を傾げられ、奈布は顔を引きつらせる。
そのままゲームを再開するという言葉を聞いて軍規はよしっ、と汗を拭き終わったなまえの側へと歩いて行ってしまった。

「いっそバスケ部やめてやろうかしら」

「そ、それは困るよ奈布ちゃん…」

「しっ。今話しかけない方が良いってば……」

ぐぐぐ、と手にしたバスケットボールが変形しそうな勢いで両手に力を入れる奈布の後ろで、女の子二人はおろおろとその展開を見守る。
ゲーム再開の合図と共に、無我夢中で奈布はコートを駆けた。
流石バスケ部のエースと呼ばれているだけあって、その動きには現役バスケ部である相手チームの女子はついていけていない。
相手チームの男子は残念ながら現役バスケ部はいないようで―――というより奈布の可愛いプレイ姿に見とれているようであった。
ワンポイント先取したところで、そのまま可愛らしく振り返って。

「でな、なまえ!きっとこのあとの英語で宿題が出るから明日見せてほしいんだが…」

「いや、英語は苦手というかなんていうか……」

「見てないしっ!!」

華麗に決めたシュートを軍規は全く見ておらず、挙句の果てに次の授業の話をなまえとしているではないか。
イラッときた奈布はゴール下からパスされたボールを思いっきり前方へと無茶苦茶な速度で投げた。
その冷たい視線は真っ直ぐになまえへと向けられていて、その表情には何も無かった。
躊躇いも後悔も思考も理解も。

「っ――――!?」

バシンッ!、という物凄い音と共に、そのバスケットボールはなまえの顔面に直撃する。
しかし、戦慄したのはなまえでも軍規でもなく、奈布二音であった。
軍規を見ていたはずの視線が、バスケットボールでなまえの顔が見れなくなる直前に、こちらを見た―――ような気がして。

「なまえ!大丈夫か!?」

慌てて軍規がしゃがみこんだなまえに駆け寄るが、奈布は驚いた表情で固まったままなまえを見つめていた。
しかし周りが騒然となっていることに気付き、「名字さん大丈夫?」とわざとらしく近寄っていく。

「ご、ごめんね?ほんとは軍規にパスしようと思ったんだけど、汗で滑っちゃってぇ……」

「うん。大丈夫だよ」

そう言ったなまえは立ち上がりながら笑顔を浮かべたが、軍規がその両肩をがしっと掴んだ。

「いや、少し顔を擦りむいているようだし、保健室へ行こうかなまえ」

「え?いやだから大丈夫だって言って…」

「良いから行くぞ」

「え、ちょ、ちょっと……」

腕を引っ張られ、半ば強制的になまえは体育館から軍規に連れ出されてしまう。
生徒も先生も誰も止めないので、そのまま二人は保健室へと直行した。
残された奈布がどんな表情でバスケットボールを両手で挟んでいたのかはこの際描写しなくてもわかることであろう。
そんなことも知らず、二人は保健室のソファに座っていた。

「にひひひひ」

「えっと……手当てしてくれる、とかじゃなくて?」

「それは漫画の読みすぎだな」

「は、はぁ……」

軍規が何故そんなに嬉しそうにしているのかがわからないが、なまえはとりあえず痛む顔を冷やすために濡れたタオルを顔に当てる。
保健室の先生が偶々不在だとかいう漫画的展開もさることながら、保健室にはなまえと軍規の二人しかいなかった。

「じゃあどうして保健室に?」

「こうして授業をサボって保健室に来るということをしてみたかったんでな」

「不良か」

呆れたように呟いて目を閉じる。
顔に当てられたタオルから伝わる冷たさに、ふぅ、と静かに息をはいた。
大丈夫とは言ったが、こうしてタオルを当てるのと当てないのとではかなりの違いがある。
床にぶつけた膝は赤くはなっているが特に傷がついているわけでもないので、そのまま放っておくかと目を開けた。

「………大丈夫か?」

「うん」

目をつぶっていたなまえの前にいつの間にか軍規が立っていて、目を開けると自然と視線がぶつかる。
なまえは少し驚いたが、軍規は興味があるとでもいうようになまえの目を覗き込んでいた。

「やはり手当てをした方が良いか?」

「いや、手当てっていってもする場所なんて別に…」

「にひひひ。実はもういくつかやりたいことがある」

「なんか嫌な予感」

なまえのその予感は当たる。

「……………痛い」

「な、なんだその反応……もっとこう、痛がったりとかだな」

「え……そんなこと言われても」

膝を消毒液が染み込んだコットンで突かれるが、なまえは少し顔を歪ませて痛いと呟くだけ。
どうやら軍規の期待していた反応ではなかったらしく、つまらなそうにコットンとピンセットをゴミ箱へ捨ててしまった。
本来ピンセットは捨てるべきではないのだろうが、ややこしくなりそうなのでなまえはため息を吐くだけで何も言わない。

「さて、もう授業も終わる頃だし行くか」

「結局私、サボりに付き合わされただけだったってことね…」

「まあそんなこと言うな。ほら、さき行ってていいから」

なまえが保健室から出たあと、軍規もゆっくりと保健室から出て扉を閉める。
なまえは軍規を待つこともせず、スタスタと更衣室へと歩いて行ってしまった。
しかし軍規はそんななまえの後を急いで追う事もなくゆっくりと歩いていく。

「にひひひ。流石に保健室で二人っきりって言っても漫画みたいに良い雰囲気にはならなかったか」

嬉しそうに笑う軍規。
その声は、軍規以外の誰にも届かない。

「襲ったらどういう反応するかも見たかったが―――こういう悪友といった雰囲気も悪くないな」


無邪気なほどに計画的


(しかしバスケットボールか…)
(どのくらい痛かったんだろうか、凄い音がした気がしたが)

(あー痛かった。鼻血出るかと思った)



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