(黒神 真黒)
実は世界規模にわたって超有名な高校である箱庭学園。
家が近いからという理由でそこを受験した私は、そこに入学してからもっと受験のことを考えるべきだったと後悔する。
それを悟ったらしい某生徒会長なんかはやってから後悔するなんてどうのこうのと喋っていたがあの人怖いからさっさと帰った。
「だから!なんで逃げるんだよ名字!」
「あなたこそなんで追いかけてくるんですか!」
「お前と友達になりたいからに決まってるだろ!」
「嫌です!!」
「デビル傷付いた!」
あんたは頭がイタイ中学生かとつっこみたかった。
「今なら宗像先輩もついてくるぜ!」
「そんなオマケみたいについてこられても!」
廊下を全力で走る二人を、注目する人はいても注意する人などいない。
もはやこれは毎日の放課後の恒例行事となっていた。
「人吉がんばれー」「名字さんファイトー」などと見物人が応援するのも聞かず、なまえは必死に走り続ける。
一年四組であるなまえはただ普通に学園生活を続けていたはずなのだが、何故か人吉に目をつけられこうして追いかけられているのであった。
「そうそう。ヒートーなんか放っておいて私と友達になりましょう」
「嫌ですよ誰ですかあなた!」
「おいバーミーがショック受けて動かなくなったじゃねぇか!」
「知りませんよあなたの友達ならあなたが励ましてあげればいいじゃないですか!」
「俺とあいつは友達じゃねえ!」
「おいおい涙拭けよ」
廊下を曲がるときに、立ち尽くしているバーミーとか呼ばれた男の子が和服の女の人にハンカチを渡されているのが見えた気がしたけど見えなかったことにしよう。
涙拭けよだなんて言っていたけど、顔笑ってたぞあの人。
「ケケケ。二年の廊下で走るとは良い度胸じゃねーか!」
「げ!チビッコ委員長!」
「テメェ喧嘩売ってるんだよなそうだよな…?」
「ってこの後走ってくる人吉くんが言ってました!」
「よーしあいつぶっ飛ばす」
「うっし」
雲仙先輩(どう見ても私より年下だけど)の横を早足で通り抜け、後ろでする物凄い音を聞かなかったことにして下の階への階段を駆け下りた。
しかしあの生徒会長といつも一緒にいる彼のことだ、先輩の攻撃から逃げてすぐ追いついてくるかもしれない。
背後を気にしつつ、階段の最後の段を降りた。
「『あ』」
「あ…」
「『善吉ちゃんにいつも追いかけられてる子だ』」
「ど、どうも……」
球磨川、とか言ったか。夏休み前の閉会式で二足歩行の禁止だとかなんとか言ってた頭がヤバイ人だ。
生徒会長の元彼とかいう嘘を信じてしまって馬鹿呼ばわりされたけれど、その怒りは既に無い。
「『今失礼なこと考えなかった?』」
「いいいえいえいえ!滅相もないです!」
「『ならいいんだけど。あ、そうだ。これから一緒にエロ本買いに行かない?』」
頭がヤバイというか存在がヤバイ人だった。
「あー私、急いでるので!このあとやってくる人吉くんと一緒に行ってあげて下さい」
「『やだよ。仲が良いと思われるだろ』」
背後で彼がそんなことを言いながらため息を吐くのが聞こえたが、あの人と人吉くんは生徒会で一緒に仕事している仲でなかっただろうかと首を傾げ、まあどうでもいいかと走るスピードを加速させる。
このまま玄関まで行き、校門から出てしまえばこちらのものだ。
彼はきっとこのあとも生徒会の仕事があるのであろうし、いつもそうしてこの鬼ごっこは終了している。
「っと。廊下走ったら危ないで?」
「す、すいません」
トイレから出てきた糸目の少女とぶつかりそうになり、少しバランスを崩しながらも体勢を整えなおして再び走り出す。
手に柔道着を持っていたから恐らく柔道部なのだろうがそんなことはどうでもいい。
この角を曲がれば階段がある、と曲がった瞬間。
「だから古賀ちゃんよー、スカートだと天井にぶら下がったときにパンツ見えちゃうわけよ」
「むー。わかったよお」
天井からぶらさがる女の子と、包帯グルグル巻きで頭に刃物が刺さってる女の子が階段下にいた。
あまりの予想外の光景に思考が停止し、走っていたはずの足も停止している。
するとそんな自分に気付いたのか、包帯グルグル巻きの少女(声も低く顔も見えないが胸もあるしスカートもあるので恐らく女の子だろう)が、ぐりん、とこちらを見上げた。
「なんだよ。パンツは見せないぞ」
「え、あ、ま、間に合ってます……」
「間に合ってるの!?」
「ま、間に合ってません!!」
もう自分でも何言ってるのかがわからなくなってしまい、仕方ないと階段を駆け上がる。
包帯の子よりも天井にぶら下がっていた子の方が反応としては普通であったが、もう天井にぶら下がってる時点で意味がわからなかった。なんなのあれ。ワイヤーアクション?
もう少しで出口ではあったが、あそこを通過する勇気は私には皆無であるといってもいい。
人吉くんがいないかと警戒しながら階段をあがり、誰もいない廊下に出た。
「あれ。君は確か…」
「え?」
扉が開いた教室から出てきた金髪と目が合う。
見たことがあるような、無いような。
ふとクラスのプレートを見ると『二年十一組』の文字。しかし私には二年十一組どころか一年十一組の知り合いもいないのである。
一体彼は誰なのだろうか。
「さっき人吉くんが探してたよ」
「え゙っ」
まさか彼の名前が出てくるとは思っておらず、苦い声を出してしまった。
慌てて口を押さえるが、彼は苦笑いを浮かべるだけ。
「その様子じゃどうやら君は人吉くんを探してたんじゃないみたいだね。彼ならあっちに走って行ったから、こっちから帰るといい」
「え……あ、ありがとうございます!」
「いや。大したことじゃないさ」
頭を一回だけ深々と下げ、そのまま彼の横を通り過ぎる。
少しだけ振り返ってみたが、彼は人吉くんが走って行ったという方向へ静かに歩いて行くだけ。
少し走ったところで思い出す。彼のことは確かクラスの友人が騒いでいた―――柔道界のプリンスだと。
聞いたときはなんだその胡散臭い通り名はと笑いそうになったが、なるほど確かに良い人である。
……そういえば、柔道界のプリンスは部活をやめて生徒会に入ったんじゃなかったっけ。
「捕まえた!」
「きゃあああ!?」
後ろから抱きしめられ、自分でも驚くような大きな声が出てしまった。
人吉くんってこんな大胆な子だっただろうかと思い腕を見ると、それは制服ではなく。
それに、よく考えてみれば人吉くんの声ではなかったしなんだか背も高い気がする。
恐る恐る、顔だけを後ろに向けてみた。
「えっと………誰、ですか……?」
ニコニコとこちらを見下ろす長髪は、一向に私を離す気配がない。
「僕は黒神真黒っていうんだけどさ、君が毎日人吉くんから逃げるおかげで生徒会の仕事に遅れてきて、僕の妹が困ってるんだ。だから僕が君を捕まえて人吉くんに会わせて、この鬼ごっこを終わらせようと思って」
「黒神………ってまさか」
「まあそのまさかだろうね」
サァッ、と血の気が引く。
生徒会長の名前は黒神めだか。
こんな名字が他にたくさんいるわけもなく、彼は確実に彼女の兄であろう。
言われてみればどことなく同じ血が通っているような雰囲気ではあるし、いやそれよりも。
「は、離して下さい!」
「せっかく捕まえたのに離すと思ってる?」
「そうですけど……えっとほら、セクハラですし」
「僕は変態だからね」
「自己主張したからって罪は免れませんよ何言ってんですか!」
はあ、と盛大にため息をつく。
だから嫌なのだ、彼と関わるのは。
黒神めだかと幼馴染だという彼は特別クラスと呼ばれる彼らと仲が良いようだし、何より生徒会のメンバーなのだ。
そんな彼と関われば、必然、そういう者達と関わってしまう可能性は高くなる。
私はそれを避けるために彼から逃げていたのに。
「うーん、じゃあこういうのはどうだろう」
「え?」
良いことを思いついた、とでもいう風に彼は提案を持ちかける。
こういう人たちが思いつくことなど、こちらにとって良いことであるはずがない。
なんとか逃げようと彼の腕の中でもがくがどうにもならなかった。
こんな細い腕のどこにそんな力があるのだろう。
「これから毎日、放課後僕とお喋りしてくれるなら人吉くんと君を会わせないようにしてあげよう」
そんな提案誰がのるかと叫びたかった。
拒絶する日々
(ハックシュン!)
(どうやら人吉くんが近くまで来ているようだね)
(え、いやこれはただのクシャミでして…)
(大丈夫大丈夫。悪いようにはしないから)
(セクハラしてる人が何言ってるんですか)