(阿久根高貴)
「『そうだ。昔に戻ってさ、高貴くん、この学園の平和の為にも宗像くんやっつけてきてくれない?』」
生徒会メンバーで資料をまとめていると、資料まとめに飽きたのか、突然球磨川が突拍子もないことを言い出した。
その言葉に一瞬生徒会室がしん、とするものの、驚いたように阿久根高貴は立ち上がる。
「しませんよ!!いきなり何を言うんですかあなたは!」
「『だってなまえちゃんに近づこうとしただけで僕のこと殺してくるんだもんあの子。いくら僕が殺しても死なないからってやりすぎだと思わない?』」
「なら彼の友人の人吉くんにでもどうにかしてくれと頼めば良いでしょう…」
「『善吉くんと仲良く思われるなんて心外だ!』」
「そんな理由でけしかけられる俺だって心外ですよ全く……」
はあ、とため息を吐いて阿久根は椅子に座りなおした。
しかしその話を聞いて、人吉は考えるように口を開く。
「でもまあ、確かになまえ先輩はみんなから好かれてますよね」
「うん。屋久島先輩達も、名字先輩は良い人だって言ってたし」
「ふぅむ…彼らが言ういうのならそうなのだろうな」
「あれ?めだかちゃんってなまえ先輩とあんまり関わったことないんだっけ?」
「彼女に関する問題は今のところ無いからな。関わる機会が無いというのが事実だ」
「『何を言ってるんだよめだかちゃん!問題ありまくりだよ!僕だってなまえちゃんに裸エプロンを着させたいんだ!!』」
「そう思ってるのは球磨川さんだけだと思いますけど」
「『高貴くんだって思ってるくせに』」
「えっ……はあ!?お、思ってませんよ!!」
一瞬なまえの裸エプロン姿を想像してしまって、阿久根は顔を真っ赤にして否定した。
そのまま「くだらない」と吐き捨てるように席に座りなおす。
「ふむ…だが宗像三年生のせいで名字三年生が他の生徒と関われないというのは確かに問題かもしれんな」
「『でもめだかちゃんが直々に赴いたところで事態は悪化する一方だと思うけど?』」
「それは私も同感だ。しかし善吉は他に仕事があるし喜界島会計は名字三年生と関わったことがない。………まあ消去法で…頼んだぞ、阿久根書記」
「『え、なんで!?』」
驚いたように声をあげる球磨川をよそに、阿久根は静かに立ち上がると生徒会室の扉を開けて外に出ようとした。
「…………………」
「ん?どうかしましたか阿久根先輩」
「あ、いえ…噂をすればなんとやら、といいますか……」
阿久根がスッ、と横にどくと、扉の向こうには扉を開けようと手を伸ばしたまま固まっているなまえの姿があった。
「『なまえちゃん!!』」
瞬間、物凄い勢いでなまえへと駆け寄ってダイブしようとした球磨川は、それを阿久根に邪魔され不満そうに阿久根を見上げた。
「『そこをどいてくれないか?高貴くん』」
「え?あーいや、なまえさんも困っていることですし…」
瞬時に螺子を取り出した球磨川に目を泳がせながらも、阿久根は自分の背になまえを隠す。
「なまえ先輩はどうしてここに?」
そんな光景をチラリと見て、再び書類に目を通しながら人吉は聞く。
めだかも両手を動かして書類にサインなどを書いていて、慌しいようであった。
「え?いや、鍋島さんに『生徒会室行け』って言われたからその通りにしただけなんだけど…」
「ふむ……彼女が生徒会が忙しいから人手を寄越したとは思えんな」
「『それはなまえちゃんが馬鹿だって言ってるのか!?』」
「球磨川くんって私が何言われても傷つかないと思ってない?」
阿久根の後ろでため息を吐くなまえであったが、その場から動こうとしていないのを見ると球磨川を警戒しているようである。
「どうせ阿久根さんと球磨川さん達の三角関係でも楽しもうと「喜界島さん空気読んでっ!!」
そろばんをはじきながら正解を言おうとした喜界島の口を慌てておさえた人吉は焦ったように阿久根たちを見るが、喜界島の言葉は彼らには届かなかったらしい。
勢いよく手で口を叩かれたような形になったので、喜界島は不貞腐れたようにそろばんを使うのを再開した。
「『まあとりあえず…高貴くんにはそこをどいてもらおうか、な!』」
「っ!?」
手にしていた螺子を思いっきり阿久根へと投げた球磨川に、人吉と喜界島が驚いたように立ち上がる。
めだかも突然の球磨川の行動に、書類から目を離してそちらを見た。
しかしそれは阿久根を心配してではなく、未知の存在であるなまえを心配したものであった。
「な、なまえさん……!?」
「突然投げてくるあたり、球磨川くんって捻じ曲がってるというかなんというか…」
「『なまえちゃんって僕が何言われても傷つかないと思ってない?』」
阿久根を正面から抱きしめた状態で、なまえは球磨川の投げた螺子をかろうじて避けている。
床に刺さった螺子は球磨川が体勢を崩すと消え、阿久根は驚いたように自分へ抱きつくなまえを見下ろした。
それが自分を助ける行為だと瞬時に理解したが、だからといってその驚きがすぐにひくわけでもない。
「あ、あああの!なまえさん、その、えっと」
「え?」
自分に抱きつきながら見上げてきたなまえに顔を真っ赤にし、震える唇は言葉を紡げないようである。
「プリンスとか呼ばれた阿久根先輩も照れることとかあるんですねー」
「な!べ、別に照れてなんか…!」
「『なまえちゃん。僕にも抱きついていいんだよ?』」
「え?あ、ごめんね阿久根くん。痛かった?」
「大丈夫ですよ名字先輩!彼結構鍛えてますから、どんどん抱きついちゃって大丈夫です!!」
「喜界島さんまで一体何を言っているんだ……」
耳まで赤くなった阿久根は、そうため息を吐きながら首を横に振る。
喜界島はこういう展開が好きなのか、興奮したように身を乗り出していた。
「まあ名字三年生とそうしている限り球磨川は攻撃しないだろうからそうしている方が助かる可能性は高いな」
「めだかさんはなんという物騒発言を……」
「あはは、球磨川くんってそんな危ない人じゃないでしょ?」
「『そうだよ。僕は全然危なくなんてないんだ』」
「すさまじい嘘つきがいるな」
人吉が呆れながら突っ込みを入れる中、なまえは阿久根から離れようと手を離した。
そして阿久根に背中を向け、一歩前に出ようとして。
「っ、え?」
後ろに勢いよく引っ張られ、バランスを崩して後ろへと倒れてしまう。
しかし勿論阿久根はその場にまだいるので、後ろから包み込むようになまえを受け止めた。
「うーん。球磨川さんの攻撃が少し怖いので、しばらくこうしてても良いですか?なまえさん」
「あ、え、あ、え、っと、」
状況がイマイチ飲み込めていないのか、混乱したように前にまわされた腕を見下ろす。
「球磨川くんはむやみやたらに攻撃する人じゃないと思うけど…」
「『さっきと言ってることが違う気がする』」
「え、あれ冗談だよ?」
「『冗談だってよ高貴くん。さっさとその手を離したらどうだい』」
「冗談だと思ってなかったのか球磨川の目が超泳いでる」
「善吉、あまりそこをついてやるな」
「で?阿久根さんはどうするんですか?」
喜界島の質問に、阿久根は少し考えたそぶりをし(誰が見ても演技だとバレバレの動作であったが)、笑みを浮かべて口を開く。
と同時、なまえを抱きしめる腕に力をこめた。
「まあ、離す気なんてさらさら無いですよね」
一歩踏み出す勇気
(まあ若い内は色々あるだろうが、場所ぐらいは選べよ阿久根書記)
(『そうだよ高貴くん。きみは一体生徒会室をなんだと思ってるんだい?』)
(いえ。別に俺としてはなまえ先輩が良いならどこでも構いませんよ)
(え、やっぱり球磨川くんと戦うなら広い場所がいいんじゃないの?)
(問題発言にもこの対応…屋久島先輩が言ってた通りだ……)
(ただの馬鹿ではないのか?)
(めだかちゃん、それは言わないであげようよ…)