(空条 承太郎)

「トリックオアトリート!」

流暢でないそんな言葉が聞こえたと思えば、いつの間にそこにいたのか、1人の日本人が立っていた。
年齢は承太郎と同じくらいだろうか。
確かに、10月の終わりにそんなことを言う行事があったような気もする。
あれは欧米の文化であったように思うが、ここエジプトでもそういう文化があるのかもしれない。
しかし、目の前の少女はどう見ても生粋の日本人であるように思えた。
そして、観光客でもない少女が1人で承太郎に話しかけてきたという事実。
それらが指し示す真実はおそらく1つだろうと、承太郎は全く動じない。

「と、トリックオアトリート!!」

対し、眉1つ動かさない承太郎に、少女の方が動揺しているようだった。
エジプトに同い年くらいの日本人女子高校生がいて、しかもトリックオアトリートだなんてことを言いながら片方の腕を伸ばし何かを催促するように手の平を広げているこの違和感に、動じない者はいないだろうと考えていたのだろう。
この場合、相手が悪かったとしか言いようが無い。
花京院やアヴドゥルならば冷静に分析結果を口にしたかもしれないし、ジョセフやポルナレフに至っては発音が悪いと注意したかもしれない。いずれも、何かしらの反応は返してくれるはずだ―――その反応の内容に関わらず。
だが、普段からあまり喋らない空条承太郎が相手だ。まさかこんな状況で承太郎がいきなり饒舌になるはずがない。そのようなスタンド攻撃を受けるのならまだしも。
そう――――スタンド。

「………DIOの手先ってんなら相手になるが、そうじゃねぇならさっさと帰るんだな」

「!!」

ようやく喋ったと思えば、相手が面倒だとでもいうように承太郎はやれやれと頭を横に振る。
少女は承太郎が反応したことに少し驚いたような表情を浮かべ、しかしすぐに残念そうな表情に変わった。

「DIO様はちゃんとお菓子くれたのに…」

「生憎と俺は菓子を持ち歩くような奴じゃあないんでね」

「まあでもお菓子常備してたら誘拐犯みたいだよね」

「……………………」

DIOを様付けで呼んでいるわりには、結構失礼な奴だった。

      ・・・ ・・・・・・・
「でも―――つまり、トリックで良いってことだよね?」

「――――――!」

同い年くらいの、ただの女子高生に見える少女だったが、これでもDIOの手先。
DIOが自分の手先としてこちらに送り込んできたのだから、まさか"普通の人間"であるはずがない。
目の前の少女は確実に、自分達と同じスタンド使いなのだ。

星の白金スタープラチナ!」

承太郎の行動は速かった。
しかしそれでも、この少女に対しては遅すぎた。

橙黄の杯オレンジカップ!!」

瞬間、少女の目の前でスタープラチナは停止した。
その握りしめられた拳は振り上げられており、もう少し遅ければ少女は完全に再起不能リタイアしていただろう。
承太郎は驚いたように目を見開き、しかしすぐに少女を確認するようにその視線を鋭くさせた。

「私のスタンドは橙黄の杯オレンジカップ。まあ――隠す必要も無いしネタ晴らししちゃうけど、トリートを選ばなかった人にトリックを仕掛けるスタンドだよ。ちなみに私はなまえって言うんだ。よろしくね承太郎」

そう自己紹介を始めたなまえの腕には、その名の通りオレンジ色の杯が納まっている。
太陽光を反射して光るそれ自体に、攻撃力があるようには思えなかった。
つまり、射程範囲内にいる限り、どれだけこちらが早かろうがトリックを避けられる保障は無い。

「はあ……仕方ねえ」

「ん?」

「ほらよ」

動かそうとしてみるものの、スタープラチナはピクリとも動かない。
なまえに攻撃タイプのスタンドを持つ仲間がいなくて幸いだったと思う反面、これ以外のトリックをされてはたまらないと承太郎はポケットに突っ込んでいた手を差し出す。
しかしその手は握られていて、なまえは彼が何を握っているのかがわからなかった。

「そう警戒するな。お前のトリックとやらで俺のスタンドは動けねえ。ただ、菓子を投げるだなんて真似はしたくないもんでな」

「う…うーん……」

花京院やポルナレフ、そしてそれ以外の強いスタンド使いも承太郎に倒されてきた。
スタンドは勿論のこと、本体である承太郎も相当な強さだということは聞いている。
しかし、なまえはそれよりも"トリート"が気になって仕方が無いようだった。
警戒しているものの、停止しているスタープラチナを通り過ぎ、承太郎の前まで近付く。
そして、握られている拳の前で足を止めた。

「トリックオアトリート」

そして小さく、その言葉を口にする。
恐らくそれがスタンド力を引き出すきっかけになるのだろう―――承太郎は、なまえが差し出した手の平の上で自分の拳をゆっくりと開いた。
何かがなまえの手の平に置かれ、ゆっくりと承太郎の手がどかされて。

「なっ……」

「タバコも菓子みたいなもんだろ?」

承太郎の拳で握られたそれは歪んでいたが、それがタバコの箱であることはタバコを吸わないなまえにも理解できた。
そして、その一瞬の揺らぎを承太郎が見逃すはずもなく。
景色がぐるんと回ったと思えば、背中に衝撃が走り、その痛みと衝撃に一瞬息が止まった。
地面に背中から倒れたのだと瞬時に理解し、急いで起き上がろうとして、腹部に感じる重さに身体を硬直させる。

「え…ちょっ……」

「動くな」

衝撃に瞑ってしまった目を開いてみれば、先程まで頭上にあった空が視界に入り。
次いでその空を遮るように、敵である承太郎の顔が現れて。
自分を跨ぐようにして承太郎が上に乗っているのだと―――気付いたはいいが、あまりのことになまえの思考は停止する。
しかしそんなことはどうでもいいと言った風に、承太郎は相変わらずの表情だった。
そんな状況で上から動くなと言われ、なまえはスタンドを出すことも忘れてその場で固まる。

「へっ………?」

自身のスタンドが消えてしまったということは、スタープラチナにかけたトリックも消えてしまったということ。
なのでスタープラチナで倒されると思っていた矢先――――承太郎が、割れ物でも扱うような手付きでなまえの前髪を掻き分ける。
先程まで自分に攻撃しようとしていたそれとは違うその雰囲気が、なまえを硬直させている一番の理由であった。
承太郎も、そして特に拘束されているわけではないなまえも、しばらく動かずに互いを見つめていて。
瞬間、沈黙を破ったのは。

「…………トリックオアトリート」

「…………………、え」?

なまえよりも少しだけ発音の良いそれは、あまりにも低く地面を這うようにしてなまえの耳に到達した。
そのせいか、なまえはその言葉に対し、かなり反応が遅れてしまう。
それは仕方の無いことだ。
仕方が無いだろうと、誰もが言うだろう。
あの空条承太郎の口から『お菓子かイタズラか』という単語が飛び出すなど、祖父であるジョセフが聞いたら敵の罠かと疑ったかもしれない。
それくらいに、なまえは今の状況が信じられなかった。
しかし、現実は無情にも時を進めていく。

「聞こえなかったのか?トリックオアトリート、っつったんだぜ?俺ァ……まさか、なまえ――"テメェ"が先にそう言っておきながら、菓子を持ってねェわけねぇよなぁ……?」

「っ――!――――!!」

言葉も、無い。
まさか自分があげる立場になるだなんて、なまえは全く予想していなかったのだ。
DIOからもらったお菓子だって食べ切ってしまったし、食べ終わってなかったとしても戦場に持ってくることなんてまず無い。
・・・・・
無いだろうと予想して、なまえは承太郎に勝負を挑んだのだ―――それなのに。

      ・・・ ・・・・
「なるほど…つまり、トリックで良いってことだな…?」

「ち、ちがっ……!!」

行動は迅速であった。
先程のこともあり、なまえに先攻されないため承太郎に躊躇は無い。
なまえが何かを言う前に、何か行動を起こす前に―――ドゴンッ、という鈍い音と共に、スタープラチナの拳が振り下ろされた。
そこに残るは、凹んだ地面とその横で気絶している少女。
承太郎は意識の無いなまえの額で蠢く"肉の芽"を見下ろし、とんだハロウィンだと溜息をついた。

「まったく…やれやれだぜ」


奇妙で厄介なハロウィーン


(なまえ、そういえばお前さんなんでいつもお菓子を持ち歩いてるんじゃ?)
(……ジョースターさんも、何かあったときのためにお菓子は常備しておいたほうがいいですよ)
(どういうことかわかるか?承太郎)
(さぁな。まあ精々、誘拐犯に間違われないようにするんだな)



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