見せかけの我慢


ますます寒さも厳しくなってきた12月。
海南大附属男子バスケ部は、ウィンターカップに向けて最後の調整を行っている真っ最中。冬休みなど全く関係なく、部員、マネージャー、監督、部に関わる皆が一丸となってウィンターカップに向けて最後の追い込みの練習に励んでいた。
いつもは少々ピリッとした雰囲気の体育館の中が、今日ばかりはほんの一瞬だけ空気が和らいだ瞬間があった。
それは牧の恋人でもあるマネージャーの静が、練習開始の準備の為に体育館へ足を踏み入れた時のことだ。

「あっ!静さん!髪、切ったんすか!?」

その変化にいち早く気が付いた清田の大袈裟にも思える第一声に、部員たちの視線が一斉に静の方へと向けられる。
背の高い大男たちに向けられた関心の目に、静は一瞬たじろいで苦笑いを一つ浮かべた。

「あ〜……練習が午後からだったから午前中に予約入れて切ってきたんだけど……」

「いいじゃないすか!ねぇ?牧さん」

「あ、ああ……短くなったな」

「なんすか、それ!照れ隠しっすか?」

「うるせぇな。清田お前、用具器具庫の鍵はお前が持って行ったんだろ?開けたのか?練習始まるぞ」

「あ、やべっ!」

後輩に痛いところを突かれたせいか、その仕返しと言わんばかりに牧は清田へ鋭い眼光を向けると、話の矛先を変えた。
それにより今度は清田が慌てる番になると、焦ったように小走りでその場を後にしてゆく。
その背を見つめながら、牧は小さく溜息を一つ零した。

「まったく……」

「にしても、あぁ……って、何かあるでしょ?」

「ん?」

「あ、とぼけた。別に何か言って欲しいわけでもないけど、ちょっとは反応して欲しかったなぁ〜」

同じように清田の背を見送った静も、面白可笑しく笑みを携えたまま牧へとそう尋ねた。
案の定、牧の反応は予想したもの。気の知れた部員たちに自分たちの関係を知られているとは言っても、こんな大勢の前で牧が惚気たような甘い言葉を吐くことなど皆無。
静はそれを十分に解った上で、牧に対し少しだけ意地の悪いことを言ってみる。

「牧くんにもサプライズになるかと思ったのにな〜、全然反応薄いんだもん」

「……」

「なに?なに?切らない方が良かった?」

「いや?……よし!始めるぞ!!!」

静の言葉へ端的に返答をしていた牧が、ふいに会話を切り上げて部員たちに向かって練習開始の号令を呼びかける。
その声に反応した部員たちは各々コートの中心部へと集い始め、また静も練習の準備に取り掛かろうと牧へ背を向けた。
こうした公の場で牧が淡白になること、静は全て理解しているつもりだ。主将としての立場、必要以上の接触はしないし、恋人らしい振る舞いも人目のあるところではしない。それが牧だった。

ただ本音を零してしまえば、それでも髪を切った姿を見せることは牧を驚かせる要素になるかもしれないと、半分は期待していたものの、結果的にやはり牧はブレなかった。
その徹底ぶりにむしろ感心してしまうほど、静は牧自身をとてつもなく好いてるし彼の全てを受け入れていた。
半分期待、もう半分は予想通りといったところだろうか。
静もまた気分を入れ替えて、床に無造作に置かれた数本のドリンクボトルを拾い上げようとしたその時――。

「今すぐ押し倒したいくらいには、可愛いぞ」

静の背後からふっと耳元に近付いた牧が、囁くように吐いた言葉。
驚いて牧へと振り返ると、したり顔を一つ残して牧自身もまた部員たちの輪の中へ合流してゆく。

今の牧の言動で、静はしばらくその場から動けなかった。
全員で一丸となってランニングを始めた一番先頭を走る彼に、堪らない程の愛おしさが沸く。
これほどまでに好いているのかと、静はまた今日も牧への愛情を再確認した結果となった。
これ以上ないサプライズに、全てが満たされた瞬間だった。


*


「それにしても、思い切ったな」

午後の練習を終わらせたその足で、静は牧の自宅へと訪れていた。
もう幾度となく足を踏み入れたことのある牧の自室。今更緊張などすることもなく、慣れた様子で床に胡坐をかいて座る牧の目の前へ座り込む。
すると、すかさず伸びる牧の逞しい腕。彼は愛おしそうに静を背後から包み込むように抱きしめて、語り掛けるように静の耳元で呟いた。

「びっくりした?」

「ああ、昨日まで何も言ってなかったろ?」

「わざと言わなかったんだもん。牧くん、驚くかなって」

「まぁ、確かに驚きはしたが……」

短くなった静の髪をひと摘み、指先で優しく掬い、そして、見え易くなったうなじへとじっと視線を向ける。
背後からでは静の表情は見えないが、彼女のパーソナルスペースへと自分だけがこうしていとも簡単に触れ、直に感触を味わえることに牧はひどく欲情してしまっている。
静が目の前にいると、どうにも我慢が効かない。
これでも学校や、人目のあるところではだいぶ我慢をしているつもりだが、こうして二人きりの時間になるとついつい抑えが効かなくなってしまう。
牧も所詮、一人の男だということ。惚れた女を前に、我慢などしていられない。

「短いのも……良いな」

「あ、ほんと?シャンプーとかきっと楽にもなるなぁ〜」

「ああ、確かに大変そうだったな、長いのは」

牧は静の発した言葉を受けて、以前、自宅へ泊りに来た時の彼女の様子を思い出した。
長い髪を器用に洗い、そしてドライヤーで熱風を当てる手さばきを傍で見ながら感心したものだ。自分にはそんな器用なことは出来そうにないと、今まで知らなかった静のプライベートの姿に見入ったのも、既に懐かしさを感じる。

「なぁ」

「ん?」

「今度、俺に洗わせてみろよ、髪」

「えっ?牧くんが?」

唐突に告げられた内容に驚いた静は、勢いよく背後を振り返って牧の顔をまじまじと見つめた。
その静の表情に気を良くした牧は、ふっと破顔させて更に言葉を続ける。

「もちろん、乾かすのもやってやる」

「ええ?でもほら、牧くんすぐ他のところ触るから、真面目にやってくれるならいいよ?」

「ばかやろう、俺はいつだって真面目だろ?」

「どうだか……ほら、言ってる傍から……」

初めこそ控えめなスキンシップだったが、今に至っては静の制服のシャツの中に既に牧の大きな掌が滑り込んで、彼女の柔らかい肌の感触を直に楽しんでいる。
それに少々呆れ顔を見せる静も、決して満更ではないのは言うまでもない。

「目の前にお前がいるんだから、仕方がない」

「我慢が効かないなぁ〜」

「何言ってんだ、我慢?いつもしてる。部室で、教室で、体育館で……」

「んふふ、うちの立派なキャプテンには困ったものだなぁ……」

「早く癒せよ」

「ん……っ……」

急に色香を含んだ声色で牧が静を求めると、静もまたそれに従順に応える。こうして二人きりになった閉ざされた空間でのみに解放される牧の欲。その全てを自分に向けられることが、静にとってはたまらなく幸せなことだった。拒む理由などあるはずもない。
ただ牧に施される愛情に身を任せるだけだ。

そして、自分から強請るような仕草を向けると、牧はすかさず深い口付けを静へ与えた。
そこからは互いの会話は鳴りを潜め、吐息と息遣いのみ。好き合った恋人同士の時間が始まるのみ、だ。


(2020.12.30)



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