好き過ぎる、どうしたらいい


「静、好きだ。静が好き過ぎる、どうしたらいい?」

ジリッと迫りながら大真面目な顔つきでそう言うものだから、一瞬、脳内の処理が追い付かなくなった。
けれど言葉の意味を理解したらしたで、私はただただ顔を真っ赤に、至近距離で見下ろしてくる彼の顔をジッと見つめることしか出来ないでいる。
逃れられない――もう、決して逃れられないのだ。



今週から試験週間に突入し、この一週間はどの部も活動停止期間となる。
その為、通常は放課後に部活三昧の牧くんも、この時ばかりは体育館へは向かわず、一緒に勤勉に励んでいた。
ここ数日は二人で放課後に図書室へと向かい、同じテーブルを囲んで一緒に勉強をする、それが日課。たかが一週間。されど一週間。試験はもちろん憂鬱ではあったけれど、こうして恋人である牧くんと一緒の時間を惜しみなく過ごせることは、実際のところ、こういう機会でもない限りなかなか難しい。

試験期間中は学年問わず、多くの学生が図書室を利用していた。シンと静まり返った室内。この期間だけは特別に自習机の数も増やされ、みんながこぞってテーブルに向かっている。
私と牧くんも例外ではなく、解らない問題があれば私が牧くんに教えを乞うことはあっても、基本的に私語はしない。
あらゆる場面で彼はいつ何時も集中力が高いのだと、まざまざと感じさせられる瞬間だ。


しばらく問題集に向き合い続けて、気が付くといつの間にか室内に差し込む陽の光が少なくなっていた。それは、あっという間に時間が経過しているのを物語っている。現に図書室の中にいた生徒の数もぐんと減っていた。区切りの良いところでふと腕時計に目を落とし時刻を確認すると、もうすぐ退室の時間が迫っている。

「牧くん、もうそろそろ終わりだから、私、参考書返してくるね?」

「……あぁ」

シャーペンを握り、ノートと教科書へと真剣な表情で向き合っていた牧くんにそう呼びかけ、座っていた椅子から腰を上げる。すると、彼は私の方へと視線をそっと合わせながら、小さく応対した。
私はそれを受けて、借りていた参考書を数冊抱き抱えると、元あった場所へと返却に向かう。

奥まった場所に存在する参考書がずらりと並ぶ棚。本に付けられたタグを確認しながら所定の位置に一冊ずつ棚に戻していると、ふいに背後へ大きな影が落ちた。

違和感を感じてそっと振り返ってみると、ポケットに手を突っ込んだまま黙って立っている牧くんの姿。
それを不思議に思いながら、彼に背を向けたまま尋ねてみる。

「どうしたの?牧くんも何か借りてた?」

「いや?」

「なに?迎えに来てくれたの?それとも寂しくなったとか?」

冗談めいて、あはは、と笑い交じりで言ってみせる。まさか本気でそんなことを思って、牧くんがここまでやって来たとは思っていない。
正直なところ彼の行動の真意はよく分からなかったけれど、その時の私にとってはそんなこと大した問題ではなかった。

「そうだな……あながち間違いでもないかもな」

「なにそれ。勉強のし過ぎで――」

「静」

煮詰まっちゃった?と、続けようとした途中で、急に自分の名前を呼ばれ言葉を遮られてしまった。
その声色がやたら低く真剣なものだったから、私はそれ以上何も言えなくなってしまう。
嫌な予感がした。いや、嫌な、というのは少し語弊があるか……しかし、この感じは稀によくある。
それは大概にして、彼が自室で私を誘う時に出す声色によく似ていた。
けれど、ここは図書室。
変な気など決して起こしてはいけない場所。それは彼自身も重々解っているはず。
ハッとして、勢いよく身体ごと牧くんの方へと振り返ってみると、驚くほど至近距離まで既に牧くんが迫って来ていた。
多くの本が陳列されている棚と牧くんの大きな身体との間に挟まれたまま、気付くと私は一向に身動きが取れなくなっていた。

「ちょっ!ま、牧くん?ど、どうした――」

「静、好きだ。静が好き過ぎる、どうしたらいい?」

「はっ!?なに、急に!」

「急にじゃない、ずっと思っていた」

「いや、落ち着こう?ほら、ここ!図書室!気持ちは嬉しいけど……」

「けど?」

「……」

体格の良い牧くんに容赦なく迫られ、大きな身体の中にすっぽり隠れてしまう私の身体。
きっと周りからは私の姿は見えないだろう。それ程までに牧くんと私の間には、ほとんどスペースが余っていなかった。
そんな至近距離で低く囁くように問われてしまうと、私はもう何も言えない。何も、言い返せない。
こうなってしまっては、もう牧くんに抗う術など持ち合わせていないのだ。それほどまでに私も彼に惚れ込んでいる。
口ではあんな風に抵抗したようなことを言ってはみたけれど、実際のところ全く嫌ではないし、それを牧くんも解っているから一向に退こうともしない。

「ん?」

試す様に端的に問う。それがまた憎らしいくらいに色っぽい。私の反応を楽しんでいるとしか思えない仕草に、完全に彼の手の内で転がされているのを、私は自分ではっきりと自覚していた。

「ま、牧くん、ダメだよ……」

「ダメ、か……もういい、静かにしてろ」

言い淀む私を置いて牧くんが更にグッと距離を詰めてきたと思ったら、私の顎を少し持ち上げてそのまま押しつけるように強めの口付けを落とした。

「んっ……!」

突然の接触により、驚きのくぐもった声が自分の口元から小さく漏れ出る。
しかし目の前の牧くんはそんなのお構いなしに、更に深く深く唇を重ねてゆく。
私は彼の行為を受け入れ、ただただついてゆくことしか出来ない。そして力ない手で牧くんの制服のジャケットを握り締めることしか出来なかった。

「……牧くん、落ち着いて……もうすぐ係の人が――」

「……ヤリたい……」

軽く貪るようなキスを経て、やっと解放されたかと思った直後、掠れた様な声と共に耳元でそれだけを囁かれた。
まさか……いつも用意周到な彼がこんな場所で欲するなんて思ってもみなかった私は、驚きから言葉に詰まる。
吐息交じりの低く色気のある声色。
その表情を確認するように顔を見上げジッと見つめてみると、そこにはもう男の顔をした牧くんしか存在していなかった。
まさか本気でこの場で行為に及べると彼も到底思ってはいまい。けれど、目の前の牧くんは完全に欲情した男の顔になって真剣に私を見下ろしていた。
そして、多少の愉快犯の雰囲気すらも感じさせる。こう言ったことで、私がどんな反応を見せるのか楽しんでいるのだ。

「牧くん……」

何がどうしてこうなったのか……。
私は一体どうしたら良いのか分からなくなって、ただ目の前にいる愛おしい彼の名前を呼ぶ。
すると牧くんが私の後頭部へと大きな手のひらを宛がって、再びグッと強く引き寄せた。


「そろそろ、閉館です〜!残っている人は速やかに退室してくださ〜い」

「――っ!」

互いの唇が触れるか触れまいかギリギリのところで、遠くから突然、図書委員の誰かの声が聞こえてきた。
私は他人の存在を感じたことで一気に現実感を増してしまい、焦りからドキリと心臓が跳ね上がる。
そしてすぐさま、牧くんの身体の中に隠れるように身を縮こまらせた。

「チッ……」

あからさまな牧くんの舌打ち。こんなこともまた珍しい。驚いて彼をまたそっと見上げてみると、私の視線に気が付いた牧くんは、バツが悪そうに分かり易く眉をしかめた。
それがなんだか滑稽で、少しだけ可笑しい。
思わず頬が少し緩むと、「笑うなよ」と、困ったように呟く牧くん。それから、私はやっと彼の力強い腕から解放された。
そしてそのまま私に背を向け、先程まで自分たちが利用していた自習テーブルへと戻るべく、ゆっくりとした足取りでその場から離れて行く。

私がしばらくその場に留まったまま、先を行く大きな逞しい背中を黙って見つめていると、いくら経ってもついて行かないのを不思議に思ったのか、彼はおもむろに歩みを止めて振り返った。
そして、「静、早く来い。帰り、うち寄るだろ?」と、有無を言わさない雰囲気を纏って言い放つ。

もう完全に、牧くんのペースだった。
こうなってしまっては、もう逃げられない。抗う術も知らない。
それと同時に、こうして求められることを嬉しいと思ってしまう自分。好いているのだ、彼を。紛れもなく、とても。

数歩先で立ち止まって、私が行くのを待ってくれている牧くんの元へ小走りで追いかける。
そして彼の腕をそっと取って控えめに指を絡ませると、彼はそれを拒むことはせずに、再びまたゆっくりと私の先を歩き始めた。

ふわりと手を引かれ、私はただそれについてゆくだけ。
幸せだ。それが、私のこの上ない幸せの形なのだ。


(2018.12.10)


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