テスト勉強も悪くない


ああ……憂鬱。本当に。

今日からとうとうテスト週間に入ってしまった。今回こそは赤点を取るわけにはいかない。高校三年生にもなれば進路も考えなくてはいけないし、そもそも私が海南大附属高校へ入学出来たのだって奇跡以外なんでもなかったんだ。
よく無事に三年生まで進級出来たなと、自身のことながら感嘆する。

テスト……この響きが世の中で一番嫌い。勉強は苦手で特に理系の教科なんていつも全滅に近かった。
今回のテストこそは!と覚悟を決め、学校に置いてあった教科書をまとめてリュックへ放り込み自宅へ持ち帰ろうとしたものの、あまりの重さに肩紐が食い込み、駅のホームで軽く泣きそうになっている。

でも!勉強しないと……。どうしよう……私の勉強の仕方が悪いのかな。
確かに今まで一人、自宅でテスト勉強をしたところで大した成果も挙げられていないし、家にいるとついつい様々な誘惑に負けてしまうこともしばしばだった。

あ、そうだ……!良いこと思い付いた!
環境を変えてみれば良いかも……。

不意に思い付いて腕時計に目を落とせば、まだまだ時間に余裕がある。
私は自宅方面とは逆方向の電車に乗り込み、一駅分だけ移動した。


*


到着したのは市立図書館。
比較的規模も大きく、常時一般開放している学習室は以前に人から聞いた話だととても静かで評判が良いとの事だった。

ここで環境を変えて勉強すれば、もしかしていつもより集中出来るかもしれない。
僅かな期待を胸に、私は意を決して学習室の入り口の扉をそっと開けてみた。

扉を開けると、ずらりと二人掛けの長机が綺麗に何列も整列して並べてあり、利用者もそこそこ多かった。
ぐるりと室内を見渡して空いている席を探してみると、一席だけ空いているのが目に入る。
隣には同じ海南の制服を着ている男子が一人。
同じ海南生だったら気兼ねもなくていいやと思い、相席を願い出るべく近付いて一声掛けることにした。


「あの、隣、良いです……か……!?」

「あ、はい、どうぞ」

目の前の男子生徒の顔を見た瞬間、言葉が詰まってしまう。まさか、こんなことって……!
牧くんだ……!あの牧くんが、目の前にいる!

牧くんとは同じクラスになったことはなかったけれど、校内では男女、学年問わずそれはもう有名人だった。あの男子バスケ部のエースというだけでなく学業の方も優秀で、それこそ非の打ち所がない人って本当に存在するんだなと、私はずっと前から彼に憧れていた。
私とは何から何まで雲泥の差。同じ海南の三年生といえども、月とスッポンくらいにまるで違う。
そんな憧れを抱いていた牧くんの隣に座れるだなんて……神様、本当にありがとう!生きていて良かったです。

牧くんの了承を得てから静かに彼の隣の席へ座ると、おもむろに使用する勉強道具一式を机の上へと並べた。
正直、動揺が隠せない。微かに手が震えるくらいに。ドキドキと胸が高鳴る。
牧くんの隣なんて夢みたい。
もはや勉強どころの心境ではなくなっていたが、こんな機会はきっともう二度とやってくることはないだろう。
なんとか無理にでも勉強モードへと気分を切り替えようと、軽く深呼吸をしてみる。

牧くん、勉強するときはメガネをかけるんだね。そんなこと、初めて知った。
彼のほんの些細なプライベート姿を覗き見たような気になって、得した気分にさえなった。


よし、そろそろ本気でテスト勉強に取り掛かろう。
まずは一番苦手な数学からやっつけることにした。

なに、なに……二次不等式……?ってなに?どういう意味?
xやy、多くの数字の羅列に全く脳みそがついていけてない。
だから数学嫌いなんだよ!頭が痛くなってしまう。でも、勉強しなきゃ、テストの点数は取れない。このままじゃ何も変わらない。
とりあえず問題を自分なり説いてみよう。話はそこからだ。

ええと……どうするんだっけ。公式に当てはめるの?これ。
xが……こうで……いや、違う!yのほうだっけ……?あれ?ええと……。

教科書や問題集とにらめっこしながら、ノートに書き込んだ数列を書いては消してと何度も繰り返す。
問題の解き方も分からないし、全く先へ進む気配がない。私の周りにはただ消しゴムのカスが増え続けるだけ。
もう、ヤダ。勉強なんて大嫌い。滅びてしまえばいい、数学なんて。
そう心の内で悪態を吐きながら、ハァとため息が一つ零れた。結局、やっつけられたのは私のほうだ。


「何の勉強してるんだ?」

突然、隣の牧くんから尋ねられた。
まさかの予想外の出来事に、私は激しく動揺してしまって彼の問いかけに全然上手く答えられない。

「いや、なんだか苦戦してるな、と思ってな。余計なことだったらすまん」

「余計だなんて、そんな……!」

「教えようか?分からないところ」

「え……えぇ!?」

自分の耳を疑った。
ある?そんなことって。牧くんが?私に勉強を教える?はぁ?
普段全く面識もない私と牧くん。きっと私の名前すら知らないよね?なのに勉強を教えようとしてくれるなんて……何かの間違いだ!

「俺も人に教えると復習にもなるしな。それに、分からないのを闇雲にやっても成果は上がらんぞ」

「確かに……でも、良いの?本当に?」

「あぁ。で、どこ?」

牧くんはそう言いながら、私のほうへススッと身体を寄せて教科書を覗き込んだ。


「あぁ、二次不等式だな。これは、まず分かり易くする為に一つずつxの解を求めて……で、こことここの範囲が答えになる」

牧くんの大きな手がシャーペンを握り、私のノートに書いてあった数式へくるくると円を書き込みながら丁寧に解説してくれる。
さすが、牧くんだった。
数学担任の先生よりもよっぽど説明が上手いし、出来損ないの私の脳みそでも理解が出来る。
改めて彼の凄さを実感して、つい声が上がってしまった。

「うわぁ……凄いね!ありがとう!牧くんの解説すっごく分かり易かった!」

「そうか、それなら良かったよ」

「牧くん、いつもここで勉強してるの?」

「ああ、家がこっちの方でな。学校の図書室だと学生が多くてどうしても落ち着かないし、ここはよく来るんだ。そういや佐藤さんとは、ここでは初めて会ったな」

「えっ……!」

まさか牧くんの口から私の名前が出てくるなんて夢にも思っていなくて、ひどく驚いてしまった。
ただ苗字で名前を呼ばれただけなのに、こうもドキドキと心臓がうるさいなんて。
いよいよどうにかしちゃってる。

「ん?名前、佐藤さんで合ってる……よな?」

「あ、合ってる!」

「良かった、てっきり間違えてしまったかと思って焦った」

ハハッと微笑み笑った牧くんの顔を間近に見て、その笑顔が私だけに向けられているという事実に昇天しそうなほど嬉しかった。
私はもうダメだと思った。
これは……ダメなやつだ。触れてはいけないものに、触れてしまった。
禁断の実を食べてしまったイブの気持ち、今なら分かる気がするよ。

牧くんの声に、姿に、笑顔に、自分の顔が赤面し体温が上昇し続けているのが分かる。
熱い。何もかも。
このまま上昇し続けたら私は一体どうなってしまうんだろう。

「ま、牧くん!明日もここに、来る?」

「あぁ、そのつもりだが」

「私も、また明日来て……良いかな?」

「あぁ、じゃあ、またこの席で」

ダメだってば!
歯止めが効かなくなりそう。
私、牧くんのこと、好きになっても良いですか?


(2018.6.6 SD版ワンライ企画『テスト勉強』)


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