爆弾少女


本日は快晴。午後一番の数学の授業の真っ只中。
窓からは陽気な日差しが差し込み、ぽかぽかと教室内は心地の良い温度が保たれ、昼食後というのも相まって教室全体の雰囲気が微睡んだ空気になっているのは否めなかった。
しかし、隣の席へ座っている人物へと視線を向ければ、こんなにも無遠慮に眠りこけるものかと、少々呆れて溜め息が小さく零れる。

机上へうつ伏せ、顔の向きは俺の方へと向き、そして微かに開いた口。
学校でもプライベートでも、もう寝顔なんて見慣れた。
今、まさに教師の目を盗んで隣で居眠りをしているのは、紛れもなく自分自身の恋人である。

あ……よだれ……おいおい、豪快過ぎる。
しかしそんな女でもこの上なく可愛いと思ってしまうのもまた不思議なもので、淑やかさや色気など全く皆無の静だが、俺にとってはとてつもなく愛おしい存在に変わりはない。

「ふっ……くくっ」

思わず堪らなくなって口元を手で覆い隠しながら、微かに笑い声が口を衝いてしまった。
無防備な寝顔、いや、無防備過ぎる。無防備にも程がある。
もし、これが自分の自室で二人きりだったならば、間違いなく彼女の鼻を摘まんで、「だらしないな、だがそんなところも可愛い」と、口付けの一つでも落としてやりたい衝動に駆られる。
そして同時に、そんな風に思って欲情してしまう俺もよっぽどなのだろうなと、心の中で自嘲した。


「まぁ〜きぃ〜」

静の寝姿を横目で楽しんでいると、すぐ傍で自分の名前が呼ばれたことにハッとする。
つい彼女の姿に見入ってしまって、こんな至近距離にまで教師が迫って来ていることにすら気が付かなかった。迂闊だった。

黙ったまま教師のほうへと見上げるように顔を向ければ、彼は呆れたように目を細め、顎を差し出す素振りで静を起こせ、と指示してくる。
全クラスメイトの視線が自分に集中していることを全身で感じながら、そっと隣で眠りこけている愛しい彼女へとそっと声を掛けた。

「……佐藤、おい」

「……」

「起きろよ」

「…………ん?チッ……」

先生、彼女、舌打ちをしたんだが?
俺の呼びかけに微かに身じろいだ静は、明らかに不機嫌そうに顔を顰め、極めつけに不快感丸出しの舌打ちまで残した。
小さな小さな音だったが周りがやけにシンと静まり返っていたことも相まって、その音が鮮明に教室を響き渡り、辺りがザワッとどよめく。
俺はなんだか居た堪れなくなって助けを求めるように教師へと視線を投げるが、若い数学教師は更に追い打ちをかけるかのように、再度、顎を突き出し、彼女を起こす様に促した。
仕方がない。
声掛けだけでは効果がないことを悟った俺は、次に彼女の肩を軽く揺すってみることにした。

「おい、佐藤!起きろ。頼む、起きて下さい」

「……ん……んもう、だい……じょぶだって……そんなに黒いって思って、ないから……」

「は?」

寝言……か?
頼むよ、意味の解らないことは言わなくても良いから、とりあえず早く起きろ。

「……おい」

「……老け、顔……でも……」

「老け……!?」

ダメだ。
もう、俺には手に負えない。ここは教師に一発ガツンと大きく動いてもらうしか……。
再び教師へと助けを乞うように顔を向ければ、今度は教師自身も口に手を宛がい堪えるように笑ってやがる。
もちろん彼女のとんでもない寝言のせいでクラスメイトたちのざわつきが一層大きくなり、俺はますます居た堪れなくなってきた。こんな予定ではなかった。
周りの好奇の視線が痛い。

「お、おいっ!!頼む……」

「……牧、くん……なが、いから……疲れるけど……」

「ちょ、おいおいおい!!!」

ダメだ!!!言うな!
そこは2人の秘密の領域だろうが!
人様に聞かせて良い話じゃない!

教師も生徒も食い入るように、静が次に何を言い出すのか固唾を飲んで見守っている。
やめろ!お前ら!目をキラキラさせないでくれないか?
そんな面白い話でもないぞ!
もう放っておいて、先生も早く授業してくれ――。

「……じょ、うず……だから……だい、じょうぶ……」

「お、おい!!」

「「「ほーーーぅ」」」

クラス全員の面白がる声が見事にシンクロした。
恥ずかしいのと、居た堪れないのと、若干の怒りと、複雑な感情が入り混じりワナワナと自分の身体が震えるのが分かった。
これじゃあ、完全に公開処刑だ。

ふざけるな。
もう、勘弁しろよ。頼むから。
爆弾を投げないで下さい。
俺を一人にするな。どうするんだ、この空気。
……限界だな。

「静っ!!!!いい加減に起きろ!!!!!」

「……っ!?牧くん!それでも大好き!!!!」

自分でも驚くほど低く大きな声が口から飛び出した。
もちろんこんなに大きな声を静に向かって出したことは一度だってない。

俺の怒号に飛び上がるようにして目を覚ました彼女は、大きな声を張り上げながらガタッと椅子から勢いよく立ち上がった。
その姿をクラス中の誰もが食いるように見つめ、彼女が次に何を言うのか固唾を飲んで見守っている。

「あ、あれ?どうしたの?みんなして。牧くん、呼んだ?」

「はぁ……バカヤロウ、呼んだけど呼んでねぇよ」

案の定、教室の中は笑いの渦。

「はいはいはい、牧、お疲れ!」だとか、「お前ら、本当に付き合ってたんだな」とか、「静ちゃん、最高!」だとか、クラスメイトが各々好き勝手に言い放つ中、肝心の静はポカンと惚けたような顔をして、音もなく自分の席にそっと座った。

「ねぇ、どうしたの?」

「お前が落とした爆弾の破壊力が思いの外、凄まじかった……勘弁しろよ」

「え?ええ?」

「長くて悪かったな、そんなに疲れるか?」

「え!?」

「ははっ」

俺が最後に言った言葉に、彼女は心底驚いたように目を丸くして、「なんで知ってるの!?」なんてまた間抜けなことを言うものだから、俺は返す言葉もなくクラスメイトたちと一緒に笑ってしまった。

「もう寝るな!一生寝るなよ」

「え、なんで!?無理!酷くない?」

「いや、酷いのはどっちだ」


(2018.8.20 Revised)


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