必死で何が悪い


「牧くん!ねぇ、聞いてる?彼だよ、格好良くない?すごくない?最高じゃない?」

最近、巷で人気のアーティスト。歌唱力もダンスのスキルも、更にステージのクオリティも高く、コンサートチケットの倍率もいつも毎回とんでもないことになるし、つい先日催された日本武道館でのライブのチケットは、販売直後たった5分間でソールドアウトとなったと、ワイドショーでも話題になっていた。

私はそんな彼に夢中だった。
当然ファンクラブにも入っているし、新譜は必ず購入、今のようにメディア露出がそこまで多くない頃からずっと応援してきていて、やっと今、こうして日本中の多くの人達に名が知れ渡り、注目され始めたことをとても嬉しく思っていた。

本当にセクシーで格好良い。
日本でこんなにも踊って歌えて……なかなか類を見ないアーティストだと思う。
著名人の中にもファンが多く、「日本で唯一グラミー賞に近いアーティストだ」と言う人や、「同じ時代に生きていることが喜ばしい」と言う人さえ、存在する。
だけど、それは決して大袈裟なことではなくて、本当にそのとおりだと私も同じように感じていた。

本当に……なんて人なんだ。
全てが完璧。後ろに従える専属のバックダンサーたちも、世界的に有名なダンサーたちの集まり。そのプロのダンサーたちと、一糸乱れぬ見事なシンクロダンスを歌いながら披露するなんて……もう神業としか思えない。
活動を続ける中、年齢も経験も年々と重ねるに連れて、彼のパフォーマンスの質も当然のように上がってきているし、どこまで上り続けて、更に私たちをどんな風に魅了させてくれるのか、今後も楽しみで仕方ない。


そんな彼の特集番組が、ちょうど牧くんの家で一緒にテレビを観ていて始まったものだから、私は大騒ぎ。
テレビにかじり付き、決して内容を取り零さないようにと、体勢を前のめりに魅入っていた。ソファーのすぐ隣に牧くんがいるのもお構いなしに。

「ほんっとにさぁ〜、すごいよねぇ。こんなに歌って踊れて……素晴らしい、の言葉しか浮かんでこないよ……。次のツアーは絶対行きたいな。チケット取れるかな。ああああ、新曲だ!テレビ初披露だ!うわぁあ!これは、……た、堪らん!!!」

「俺だって」

「え?なにか言った?」

「いや……別に」

不意に、牧くんが隣で何かをぼそっと呟いたけれど、私は深く掘り下げることはせず、ただ画面を凝視したまま言葉だけを彼に向けた。
今は瞬きをする瞬間さえも惜しい。テレビから顔を逸らすなんてことは、絶対に出来ない。

「ひぇええ!なんだ、このダンスの振り!クオリティも難易度も凄いことになってる!やばーい!ヤバ過ぎる!一生付いていくわ、本当に……好き」

「お前のテンションのほうが、ヤバーイ……」

足組みをし、どっしりと深くソファーに腰をかけ、そして私の背後に左腕を回しながら、彼は私の髪をそっと弄る。もう一度、何かを呟いた声が聞こえた。けれど、私の全神経はテレビ画面の大好きなアーティストへと注がれており、正直、牧くんがどんな言葉を発したのか、さほど気にもならなかった。


牧くんとはいわゆる幼馴染みたいなもので、男女としての関係を意識したのは中学三年生の頃からだった。
家も近所で、親同士も顔見知り。
幼い頃からお互いをよく見知った、ただの幼馴染としての関係が、恋人のそれへと変化したきっかけ……それは牧くんが、海南大附属高校へ進学すると知ったからだ。

海南大附属高校――そこは、並大抵の人にとってみれば、なかなかハードルが高すぎて簡単には通えない。
学力偏差値も高め、更に、スポーツや芸術などに秀でている才能の持ち主たちがこぞって推薦枠で入学する、いわゆる典型的な高大一貫校だ。
校舎も綺麗だし、様々な設備も充実していて勉学やスポーツ、文化活動をするのに十分過ぎるほど、恵まれた環境。
牧くんはバスケットボールの能力を買われ、監督から直々に誘いがあり、何度もインターハイへ出場している海南大附属のバスケ部へ入部しプレイするのを、中学三年生に進級すると早々に決めていた。

そこで、私は焦ったのだ。
牧くんに対して、いつの間にか自然に異性として意識しており、共に海南大附属へ通える程の頭脳を生憎と持ち合わせていない私は、確実に彼とは離れ離れ。
しかも、海南大附属は自宅からは少し遠く、今後は今まで以上に部活動に専念するであろう牧くんと、平凡なただの女子高生の私とでは、時間の使い方も帰宅する時間も全く異なることは、容易に予想された。

このまま高校に進学してしまったら……私たちはただの幼馴染の同級生止まり。何も始まらず、終わっていく一方だと慌てた私は、自分から彼に気持ちを打ち明けることにした。
告白するまでは、牧くんが私の想いを受け入れてくれるのかは賭けでしかなかったが、なんと彼は、「今更だな、俺は付き合うなら、静しかいないと思っていた」と、ケロッとした顔で言ってのけた。
驚きもしない。動揺すらもしない。それが牧紳一という男だった。

一方の私は、嬉しいやら、拍子抜けしたやら……。けど、大好きな牧くんを失わないでいられるという事実だけは、間違いなく私に安堵をもたらした。

それからお互いに別々の高校へ通い、高校三年生に進級した今でも、私たちはなんとかこうして交際を順調に続けられている。
それはきっと、忙しい時間の合間を縫って、こうして気兼ねなく自宅に迎え入れてくれる牧くんのおかげだろうと思う。彼の思いやりと気遣い……牧くんはどんな時も、いつだって温かくて優しい。


大好きなアーティストの特番が終了して、やっと気持ちに余裕が出来た私は、一息つきながら隣に座る牧くんの顔を覗き見ると、彼は腕組みをしたまま、なんとも言い難い、困ったような表情をして私を見下ろしていた。
そして、のそりとソファーから立ち上がると、ググッと両手を上げて背伸びをしながら、「お前、本当に好きだな、その人」と、少しだけ呆れたように私に言う。

「そうだよ、だって牧くんだって知っているでしょ?私が彼を好きなの」

「ああ、知ってる。けど、どこがそんなに良い?」

「全部だね」

「全部……」

「どう考えても全部でしょう?あんなに凄いパフォーマンスするのに、慢心することなく謙虚!常に向上心!どこに非の打ち所が?」

「……そうか、全部か」

「そう、全部。彼とだったら、何か間違いがあっても後悔はないね、ワンナイトラブ的な?」

「!」

嘘だよ、牧くん。
そんなこと本当は思ってないって。
けど、私の冗談発言を真に受けて、目を見開いたまま、口を半開きにして固まる牧くんの顔があまりに面白いから、そのまま黙っていることにした。
こういう所が天然ぽいんだよなぁ。
普通に考えても、ただの一般人の女子高校生と有名なアーティストがどうこうなるって有り得ないじゃない?
そこは、「お前、バカだな」って、笑うところなんだよ、牧くん。

牧くんの様子を、なんとか笑いを堪えながら傍で観察していると、何を思い立ったのか、彼はデスクの上にあった自身の携帯電話へとスッと手を伸ばした。
そして手慣れた様子で操作をし、再びデスクの上へと電話を置く。すると突然、部屋の中に海外のHIPHOPミュージックが流れ始めた。

これは、Kanye West(カニエ・ウェスト)の『Stronger(ストロンガー)』だ。
テクノとHIPHOPの融合、ハウス、テクノのジャンルで名を馳せているDaft Punk(ダフト・パンク)の有名な楽曲を大胆にサンプリングしたヒット曲。

“どんなに攻撃されダメージを負っても、生き残れば、その経験は自分の糧になる。”

そんなようなコンセプトが込められた歌詞に、重厚さを感じるリリック、そこへ電子音のリズムも加わり、とてもバランスが良く、格好良い曲だ。
タイトルが意味する、『強き者』。まさに牧くんを象徴しているような楽曲だった。

牧くんが何を思って音楽を流し始めたのか、その意味が分からなくて今度は私が呆気に取られていると、あろうことか、彼はその場でくるりとバランスよく華麗にターンをした。


「おお……おぉぉ!?……おぉぉおおお!!」

ターンに続き、ポップコーン、スライド、スポンジボブ、ランニングマン……HIPHOPの基本ステップを上手く組み合わせて、曲のリズムに合わせて踊り始めた。そして最後に決めポーズまで……。

「ど、ど、どうしたの!?牧くん!凄い!!」

目の前で起こったまさかの展開に、私の口からは驚きの雄叫びのような声が勝手に飛び出す。
なぜなら牧くんのダンス自体、初めて見たし、こんなにリズム感良く上手に踊れるなんて、今まで知らなかったからだ。
私の称賛の声を受けて、彼が得意げに且つ、少しだけはにかんだ表情を浮かべながら、ハハッと笑って言う。

「俺だって、なかなかだろ?」

「凄かった!私、知らなかったよ!牧くんがこんなに踊れるなんて!」

牧くんの新たな一面を目の当たりにして、未だ興奮の冷めない私は、とっさに彼のたくましい腕に飛びついた。
すると私の頭をポンと軽く撫で、「そんなに喜んでくれるとはな……」と頭上から低く優しい声が舞い降りる。

声がしたのを合図に顔を上に向けてみると、牧くんはとても柔らかく微笑みながら、私を見つめていた。
予想外のダンスを披露してくれたことに併せて、本当に大事にされているなぁ、と改めて実感し、とても幸せな気持ちになる。ドキドキと、胸が甘く疼きだした。


「でも、どうして?急に……」

「いや、体育でな。ダンスの授業があって、特別講師の若いダンサーが来たんだ。そこでちょっと……な」

「教えてもらったんだ?私の為に?」

「いや……まぁ……平たく言えば、そうだな」

「そっかぁ〜……でも牧くんがそんなに上手に踊れるなんてびっくりした。さすが、帝王は違うね」

「帝王、言うな。学校でも筋が良いって、褒められたぞ」

ストレートに、包み隠さず。彼はいつもそうだった。
昔から回りくどいのが得意なほうではない。だからどんな言葉でも、牧くんの言うことはいつだって信用が出来るし、好意も素直に受け取ることが出来る。
けれどそれは、愛しい人に向けてのみのこと。その優しさは特別な証。
だから余計に、私はいつも嬉しくなる。
ダンスを教えて貰おうと思ったのも、おそらく私があのアーティストの話ばかり取り上げて称賛するものだから、見返してやろうとか、俺だってやれば出来る、みたいな意地も少しはあったのかなぁ、なんて想像してみた。

「牧くん、嫉妬でもしてた?今まで」

「嫉妬?あぁ〜……どうかな」

「だって、必死じゃないか」

「……必死にもなるだろ、俺は静のこと、ずっと変わらず好きだからな、お前のほうは知らないが」

拗ねないでよ、牧くん。私だって好きだよ、牧くんのこと、ずっと。
牧くんって、そんなに独占欲が強いほうだったんだね。知らなかった。
そうか……でも、何をするにもストイックで妥協が出来ない性格だもんね。恋愛の面でも、そういう片鱗が現れても決しておかしくはないか……。妙に納得した。

真っ直ぐで、強くて、優しくて……時に、嫉妬深い。
私も昔と変わらず、そんな牧くんが好きだよ。

「必死な牧くんも、変わらず、好き」
彼の耳元でそっと囁いて、頬に、優しく唇を寄せた。


(2018.6.18 Revised)


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