かまってちゃん


「……」
「……」

チクタクと壁時計の秒針が進む音のみが、部屋の中で小さく音を立てている。
その中で時折、等間隔でペラッと紙が擦れ捲れる音、コトッとカップが机に置かれる音が加わる。
もう何時間、この状態が続いているのだろう。
改めて部屋の時計に目を配れば、彼がこの部屋にやって来てから短針が3つも進んでいた。
私はいい加減しびれを切らし、隣に座っている人物に尋ねてみることにした。


「……神くん」

「んー?」

私の呼びかけに一応返答はしてくれるものの、彼の目線は目の前の雑誌から一向に逸らされることはなく、生返事もいいところだ。
そんな様子を目の当たりにして、ムムッと自分が蔑ろにされている気分になり、再度彼にしつこく呼びかけてみた。

「神くん、神くん」

「だから、なに?」

まだ向かない。なぜこうも頑ななのか。わざとなのか、それとも無意識なのか?
どちらにしても、私にしてみれば全くもって面白くないのには変わりない。

「おぉぉぉい、神さんや〜」

「なんだい?静さんやーぃ……」

「神くん、神くん、神くん!!神くーーーん!!」

四度目に大きな声を出して名前を呼んでみて初めて、やっと神くんは私のほうへと視線を向けてくれた。
こちらを向いた彼の表情はきょとんとしていて、私をほったらかしにしたことを全く悪ぶれる様子もなく、なぜ名前を呼ばれ続けたのか、その答えを私に求めているようだった。

「どうしたの?」

「……」

どうしたの?じゃないし!
いつまでこうしているつもり?なんの為にわざわざオフの日にうちに来たの?一体何をしに来たの?黙々と雑誌を読む為?それなら別に一緒じゃなくたっていいじゃん。せっかく二人きりで過ごせる貴重な時間なのに!なんでよ!そんな無垢な顔して、やること酷いんじゃない?

あまりに無頓着な神くんの様子に、イライラとして心の内でだけ吐き出す。決して本人には面と向かっては言えないことを……。
神くんは基本的にはとてもマイペースで、いい意味でも悪い意味でも几帳面。何より自分のリズムを崩されるのが嫌いだと分かってはいるけれど、さすがにこれはつらすぎる。

「……かまっ……くれてもいいじゃん……」

「え?」

「かまってよ!私を!!かまえ!」

「えぇー?んー……あとちょっと……」

ちょっと!ここまで言ってまた雑誌見ます?嘘でしょ?
曲がりなりにも愛しの彼女の家に遊びに来ていて、それ?もう三時間だよ!?どんだけ雑誌読んでるの!そんな長い時間読むものじゃないでしょ?雑誌って。しかも一冊をずっとだよ?どんな記事が載ってんの!そんなに面白いの?スルメ的な?読めば読むほど味が出るって?
……バカじゃん!なにそれ。どんだけ雑誌一冊に執着してんの。

……泣いても良いですか?
雑誌に負けた私って一体……なに?

「待てないね!」

「あははっ」

あはは、じゃねぇわ。誤魔化すな!そんな爽やかな顔して笑って誤魔化すなんて!私は絶対に騙されない!騙されないんだからね!
私を三時間も無言で放っておいた罪は重いよ!けど、それでも我慢したほうだと思わない?もう一回言うけど、三時間だよ?こんなのね、神奈川から新幹線で広島くらいまでは余裕で行くからね?飛行機だったら往復出来るからね?

「ちっ!」

「あぁ!舌打ちしたー」

「今日は神くんが悪い」

ついつい我慢しきれなくて怒りが舌打ちとなって表に出てきてしまった。
仕方ないよ。今日は神くんが悪いと思う、絶対に譲らないよ、そこは。
私たち二週間ぶりに会ったのに。神くんが練習やら遠征やらで忙しくて逢えないのを、我慢して、我慢してこの仕打ちだよ?なに?これ。なんか、そういうプレイな訳?焦らすのが楽しいみたいな?バカじゃん!そうだとしたらめちゃくちゃ悪趣味じゃない?そこまでなの?神宗一郎。まじか!怖い。
……でも好き。


「舌打ちする悪い子はこっちに来て」

「わわっ……」

不意に、神くんは私の腕を取り、軽く引っ張ると自身の胡坐をかいている膝の上に私を乗せた。
そして背後から私の首筋へと唇を寄せて、何度もリップ音を響かせる。
なんだかくすぐったいのと嬉しいのと、そして久々の甘い時間の予感に、私のさっきまでやさぐれていた気持ちが一気に晴れるような気がした。


「かまってもらえなくて寂しかったの?舌打ちする悪い子には……」

「……!?ちょ、ちょ!……っと待って!あはははは!待っ…てぇ!!!」

突然、両脇腹に手を突っ込まれたと思ったら、容赦無く、くすぐり地獄へと突き落とされた。
待って、本当に!力加減ってものを知らないの?
神くんは全く手を緩めることをせず、私が悶え苦しむ姿を、ケラケラ笑いながら楽しんでいる。
なに?やっぱりそういうプレイなの?あなたのお名前、ドS宗一郎なの?


「参った?」

「参りません」

「え、本当に?」

「まだ足りません」

「うわ〜、欲張るね」

今日一日、やられっぱなしなことばかりだったものだから、それがあまりに癪で、今度は私が神くんの上に馬乗りになってニヤリと意地悪く笑って見せた。

「わぁ、いい眺め」

「そんな余裕など、今から取り払ってやるわ!お主、覚悟せぃ!」

「なに、さっきからその武者言葉……って、あはははは、止めろって!」

ここぞとばかりに、今度は私が神くんに地獄を見せてやろうと鼻息を荒くする。
私が味わった三時間放置の苦しみも併せて、とくと味わうがいい……。

「わー!ダメダメ!ほんとに待って!」

「やめまっせーーん!絶対許さない」

「ギブギブ!降参!」

「降参?参った?私の言うこと何でも一つ聞く?」

「聞く、聞く!」

「じゃあ、しっかり愛して」

私の要求を聞いた神くんは、寝転がっていた体制からむくりと上半身を起こし、「そんなの、頼まれなくたって」と低く色気のある声色で囁いた。
そして、私の唇に深く長いキスを一つ。
私は、そのまま強請るようにもう一度自分から彼の、唇へと口づけをする。

「俺はもう、静に参りっぱなしだよ、まったく……」

神くんがそう呟いたかと思った瞬間、自分の視界がぐるんと90度変化した。
気付けば視界は天井へ、そしてすぐ傍には彼のニコリとした怪しく妖艶な笑顔が私を見下ろしていた。

「でもさ俺、やられっぱなしは性に合わないんだ」

これは……!私、調子に乗りすぎてしまったみたい!?
そうだったね、本来あなたは負けず嫌いなところもあるし、Sっ気があるのも確かだったね。
調子に乗ってごめんなさい……。
怖い!怖いよ、エンジンがかかった神くんを前に、私は一体どうなっちゃうの?
……でも、好き。
これからの時間は、しっかり私の事をかまって、愛して。


(2018.6.10 Revised)


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