恋だと気付いてしまったから


「……もう、他の子と、遊ばんといてよ――」

キッと睨みつけるようにしながら、自分よりだいぶ身長の高い幼馴染を見上げる。
けれど、目の前の彼はきょとんと呆気にとられた表情をするだけで、私の意図する気持ちを全く汲み取れてはいないようだった。
もう、見ていられない。たくさんだ。



――幼馴染。
言葉通りの意味で取れば、幼い頃から交流があり仲の良い間柄。物心ついた時からの顔馴染み。
ただ、それが当人同士にとってどれだけ特別な間柄であるのかは、また人それぞれなのだと思う。
かく言う私にも幼馴染と呼べる存在はあるが、幼かった頃に比べると年頃の男女がいつまでもベタベタしている訳はなくて、成長するにつれていつの間にか、目に見えない距離が少しずつ開いていったように思う。

幼稚園の頃からの仲で、小、中、高と同じ学校に進学し、顔を合わせれば挨拶はする程度。
互いに大事にしてる時間が変わってくるようになれば、おのずと時間の使い方にも変化が見えるようになるし、そうなれば共通の話題や交友関係にも影響が出てくるのは必然。
それでも私は彼らの事を特別視していたし、いつでも心の中で応援もしていた。活躍が目に見えると単純に嬉しかったし、誇りにも思っていた。
学校内で顔を合わせればどこかホッと安心も出来る。心のどこかで彼らにとっても同じように自分が幼馴染として特別な位置にいるんじゃないかと、そんな風に期待もしていた。
けれど――現実はそう甘くはない。

いつまでも幼い頃のままではいられない。
仲良くらんらんと手を繋いで、かけっこしながら走り回っていたあの頃のままでなど、居られる筈は到底なかった。
高校に進学してからは、特に変化が著しくなったように思う。


南烈。そして、岸本実理。
私の幼馴染である彼らは、殊更バスケットボールに夢中だった。小学生の頃からミニバスをやっていて、彼らのバスケへの執着は今に始まったことではない。けれど高校に入ってインターハイに出場するほどの技術を身につけるには並大抵の練習ではまかり通らないのは紛れもない事実だった。

南烈はひたすらにバスケにひたすらに真っすぐ。その為だったら何をしでかすのか分からない危うさはあったものの、それでも彼は彼なりに純粋にバスケを愛していた。
ぶっきら棒で辛辣。けれどとても優しい。彼の優しさはとても分かり難いものだけれど、私にとってはこの上なく信頼出来るとても大事な幼馴染だ。

一方の岸本実理は、南と同様にバスケを愛してはいるものの、それ以外の部分でもだいぶやんちゃな素行が目立つ。
直ぐカッとなったり、他校の生徒に突っかかって行ったり、女遊びも人の目を憚らず、日が暮れた時刻に何度も自宅から女の子が出てくるのを目撃することもあった。

それを受け流せたらどんなに楽だったろう。
ただの幼馴染で特別な感情がなければ、見て見ぬフリも出来る。
けれど悔しいことに、私はこの岸本実理に対してただの幼馴染以上の特別な感情を抱いてしまっていた。

彼が毎回異なる女の子と肩を並べて歩いている度に、胸が締め付けられるようなモヤモヤとした感情がみぞおちの辺りを渦巻く。
とてもイライラした。そんなことならもっとバスケ頑張れよ!なんでなん?そんなに女の子に飢えてるわけ?
毎回毎回、彼を目撃するたびにそんなことを思っていたが、とうとう我慢ならなくなったのがつい先程の事。

今までひたすらに彼への特別な恋心を隠していたけれど、とうとうぶちまけてしまったのだ。
勢いに任せて、半ば投げやりに近かったかもしれない。この気持ちがバレても良いとすら思った。
それによって今後はこんな風にモヤモヤとした嫌な気持ちにならずに済むのならと、意を決して言ったのに……。それなのに……。


「……もう、他の子と、遊ばんといてよ――」

「はぁ?どういう意味や!」

「――っ、解れよ!!!」

「いっ、てぇっ!!なんやねん!おい!静っ!!」

声が震えていたのは、自分自身でも分かった。
意を決した私の言葉を呆気に取られた顔をするだけで真意を全く汲み取ってくれず、あっけらかんと恍けた返答をするだけ。
その様子に何だか無性に腹立たしくなってしまって、カッと頭に血がのぼった勢いで彼の脛を思いっきりひと蹴りした。そしてすぐさま踵を返してその場から勢いよく逃走。
走り去る背後で彼の大きな叫び声が聞こえたけれど、知らないフリをしてひたすらに走る去る。

――気付いてもらえなかった……。

それだけはどう頑張っても曲がらない事実。
結果として、彼にとって私はその程度の存在だったということ。
走れば走るほど鼻の奥がツンとして、涙がうっすらと瞼に浮かんでくる。
バタバタとしばらく走って、たまたま空いていた美術室を見つけると思わず駆け込み、そこに誰もいないことを認識すると、バッとしゃがみ込んで膝に顔を伏せた。

そして今更ながらなんてことを言ってしまったのだろうかと、しかも本人目の前に……一気に後悔の波が現実のものとして押し寄せてくる。
きっともう、まともに顔も見れない……。
これは実質、フラれてしまったも同然じゃないのか。最悪だ。


その日、家に帰ってからも、起こってしまった最悪な事態のことがひたすらに頭から離れない。
悶々と考え続け、なかなか寝付けもしない。ゴロゴロと何度も何度も寝返りを打ちながら、何故こうなってしまったのかの原因を頭の中で逡巡させる。
ああでもない。こうでもない。
私に魅力がないからか。はたまた、幼馴染という関係性が悪いのか。好意の気持ちを隠し続けてきたからなのか……もう少し……優しくしてあげれば良かったのか。
考えれば考える程、解らなくなった。

同じ町で、同じように育ってきたはずなのに、私だけ一人置き去りにされているような感覚に陥る。
恋愛に疎い自覚はある。男女のそれにだって免疫がない。
だからなのか?だから……。
私がもっと経験値を上げれば、振り向いてもらえる?魅力のある女の子になれる?
ダメだ……こればっかりはどうしようもない。
自分がモテる部類の女子ではないことにもちゃんと自覚はある。積んだ……私にはどうすることも出来ない。
その真実に辿り着き、絶望しながら目覚まし時計に視線を移してみると、もう深夜3時を過ぎようとしていた。
早く寝なくちゃ……明日も、学校だ。


*


翌日、寝不足のせいで覚め切っていないボーッとした頭のまま登校し、教室に入って自分の席に着席した。
同時に盛大に出た大きな欠伸と、次いで憂鬱さから、「はぁ〜……」と、大きな溜息がつい口から零れる。

「お?佐藤、どうしたん?お疲れやんか」

「あ〜、宮野くん、おはよう。いや、昨日な、夜更かししてもうてな」

私の前の席に座っていたクラスメイトの宮野くん。彼はとても気さくな男の子で、席が前後になったのをきっかけによく話すようになった。
彼の醸し出す雰囲気には好感が持てる。彼の性格を考えると男女分け隔てなく友達が多いのも頷けるし、私はいつの間にかこの宮野くんに対して、異性としての警戒心がさほどなくなっていた。

「ねぇ……宮野くんて、彼女おるん?」

「んん?なんや、急やな〜。あ、もしかして俺の事好きになったとか?そういうことか?」

「は?違うわ!ん〜、なんて言ったらええんやろ……男子ってどういう子、好きになるんかな〜ってちょっと興味あるっていうか……」

冗談めいて言ってのける宮野くんに大きく否定の言葉を返しながら、ふと心の中で抱いていた疑問を持ちかけてみる。
それ以上でもそれ以下でもない。ただ、単純に疑問に思い、興味があるだけのこと。

「どういう子な〜、そりゃ人それぞれやろ?」

「やっぱり彼女にするなら恋愛偏差値高い、慣れてる子のほうが良かったりするん?」

「んー……」と、また再び目の前で思案する宮野くんに向けて、机に頬杖をついたまま気だるくジッと横目で凝視する。
彼がどんな答えを導き出すのかとても興味があった。宮野くんに対してはただの気心知れたクラスメイトという認識のみでそれ以上の感情は持ち合わせてはいない。
けれど、私にとっては数少ない異性の友人。彼は絶好の参考人だった。
今か今かと彼の出す答えを待ち続ける。すると、不意に宮野くんとバチッと視線がぶつかった。

「なに悩んでんのか知らんけど、付き合ってやろうか?俺、佐藤となら付き合える。いいぜ?」

「は?」

「いや、男性偏差値上げたいんやろ?そやったら、俺でもええやん?」

「……そう、やな……」

「なら、決まりな?今日から一緒に帰ろ」

男女の交際ってもっと特別なことかと思っていた私にとって、宮野くんの申し出には目から鱗だった。
彼のことは恋愛的に好きなのかと問われれば、答えは否だ。友人としては確かに好感は持てる。
男女の交際歴のない私にとって、それはまだ未知の領域。もちろん男性経験だってない。
けれど、こうしていとも簡単に男女交際って始めてしまえるものなんだと、やたら冷静に客観視している自分がいるのに驚いた。

そうだ。
実理だって、とっかえひっかえ女の子を部屋に連れ込んでいるではないか。やっていることは同じ。
彼の隣に並ぶには、自分もそういう意味で成長しなくてはならないのだと、そう思った。
だから、私は宮野くんの申し出を断らなかったし、それでいいと思った。彼には悪いが、私は宮野くんを当て馬にしようとしている。意中の彼の隣に居る為。実理に釣り合う女になる為。
それでいいと、思った。


放課後になり、予告通り宮野くんは、「行こか」と、共に下校することを促してくる。
それに対し、私は無言でコクンと頷くと鞄を手に取って宮野くんと一緒に並んで教室を後にした。
他愛のない会話をしながら昇降口で上履きを履き替えた後、校舎から足を踏み出したところで急に手をグッと引かれ、予定にはなかった方角へと連れ行かれる。
何事かと思って目を見開き、「なに?どうしたん?」と、尋ねてみるも彼からの返答はない。
私は無言でグイグイ腕を引かれて行くのに、ただただ追従して歩いていくことしか出来なかった。

そして辿り着いたのは、校舎裏。薄暗く人気の少ない日陰になっているその場所は、他の生徒の声もほとんど聞こえずシンと静まり返っていた。
そして急に壁際に追い詰められ、真剣な顔をして私を見下ろしている宮野くんの表情がやけに怖くて、目を背けられない。

「な、なに!?冗談きついって……」

ドンッと宮野くんの胸を押し返そうとしても、ビクともしなかった。
いつも見ていた陽気で気さくな様子は影は潜め、目の前にあるのはただただ男の顔をした宮野くん。
サーッと血の気が引く。いくら男性との交際経験がない私だからと言っても、本能的に察した。彼が何を求めているのかを――。
だけど動けない。ジッと見つめられた視線に捕らわれたまま、足が竦んで動けなくなってしまった。

まずい……そう思った時にはもう、宮野くんの顔がグッと近付いて唇同士が触れるまであと数センチ。同時に制服の中に手を忍び込ませようと忙しく自分の身体の上を這う大きな手のひら。
がくがくと恐怖から膝が笑い始めた。
もう駄目だ。こうなったのも自分が蒔いた種だと、不本意ながら受け入れるしかないのだと悟った瞬間、すぐ近くで、「おいっ!」と、低くドスの利いた声が大きく響いた。

「なに、やっとんねん!!どけや!!!!」

瞬時には何が起こったのか解らなかった。
けれど、つい先ほどまで私の身体に迫っていた大きな影が離れ、目の前にはよく見知った男の姿――怒りに満ちた表情をした南烈の姿が、視界に飛び込んできた。

「南……」

一気に安心感が増す。恐怖からの解放もそうだがこの場に南の姿があったことで、より一層信頼感と安心感が身体中を包み込んだ。

「はぁ?南、なんやねん!お前には関係ないやろが!!」

「そんなん、どうでもええ!!はよ、どけぇ!!!」

目の前で繰り広げられる怒号。今まで生きてきて、こんなにも大きく激しい言葉が行き交う様を見たことはなかった。完全に身体が委縮し、恐怖から足が竦む。ただただ黙って、私は自分自身の身体を両手で抱きしめながら事の行く末を見守ることしか出来なかった。
自分で蒔いた種だというのに、自分では尻ぬぐいも出来ず、情けなく瞼に涙を浮かべるだけ。なんて浅はかで非力。本当に情けない。

しばらくすると、宮野くんのほうが、「なんやねん、付き合おうてられんわ……」と、あからさまに呆れた様子で、イライラと怒りを隠そうともせず、そのままその場から立ち去って行った。
その際に私の方を一切見向きもせずに行ってしまった宮野くんの背中を見つめながら、ああ、彼も一緒だったのだ、と悟った。
私のことを真剣に好いていたわけではなく、ただそういうことをしたかっただけなのだと。
けれど、私も一緒だ。宮野くんを責められはしない。土壇場でキャンセルよろしく、生半可な気持ちで宮野くんを受け入れようとした私のほうがよっぽど質が悪い。


「……み、南……」

「お前、なにやっとんねん!!!」

恐る恐る南の名前を呼びかけてみる。すると案の定、厳しい口調でたしなめられてしまった。
その口ぶりが思ってた以上に厳しいものだったから、ビクッと思わず身体が跳ね上がり、無意識に目を瞑ってしまう。

「だって……だってな?」

「だって、やあらへん。なに、泣いてんねん……危なっかしいんや、お前は!」

気が付くとボロボロと涙が止めどなく溢れ返り、自分の頬を勢いよく伝い流れ始めた。
情けない。本当に。どうしようもなく。
こんな風に南に助けてもらって、安心して、けれど自分が出した答えが間違っているのだという現実も直視させられ、なのに自分ではどうすることも出来なくて……。
ただ、こうして泣くことしか出来ないもどかしさと悔しさ。
そのやるせない思いが、嗚咽となって次から次へと口から衝いて出てくる。

「あんな?こんなことしても意味ないで。お前はお前でええねん」

「けどな……けど、私だってな――っ!」

「もう、泣くなや」

次の瞬間、南は落ち着かせようとしてなのか、おもむろに優しく、そっと私の肩を片手で抱き留めた。
そして、「お前の気持ちは、俺が分かっとる」と、ニッと意地悪な笑みを一つ浮かべた。
まさかの展開に思わずバッと南の腕の中から離れると、驚きから固まる私をなおざりにして、「なんや、気付かれてないとでも思っとったんか?」と、あっけらかんと言ってのける南。

「き、気持ち?ってなん、なんのこと!?」

「そのまんまの意味や。あのアホのせいでこうなったかと思うたら腹立たしいわ」

「……つーくん……ほんまに……分ってたん……」

「は?その呼び方やめぇ!……そんなん俺が気付かん訳ないやろ?あのアホだけや……しょーもないのは……」

「……」

「もう、こういうことすんなよ?ええな?」

「はい……」

こっぴどく南に釘を刺されながら、私はこの時、もう一人別の人物がこっそり息を潜めてこの様子を見ていたとは、夢にも思っていなかった。


*


更に翌日。
あんなことがあってから自分の愚かさをこれでもかと実感し、今までの実理への態度を併せて振り返りながら、とても反省した。
さすがに私も子供過ぎたかもしれない。自分の気持ちに気付いてもらえない、受け入れてもらえないことに苛立ち、一方的に避け続けたのはやり過ぎた。
そのことは本人にちゃんと謝ろう。そしてちゃんと向き合ってみよう。
そう思い、意を決して自分から話かけてみることにした。
自分からあれだけ避けて、強めの蹴りまでお見舞いしておいて、ひょっとしたら、「今更なんの用や」と、嫌悪感を露わにされてしまうかもしれない。
それでも、ここで向き合うべきだと思った。

実理とゆっくり話すには部活の練習後が一番都合が良い。家も同じ方向だし、一緒に帰宅出来れば一石二鳥だ。
そう思い、バスケ部の練習が終わる時刻を見計らって、部室のすぐ傍で実理が出てくるのを待っていた。
彼が出てくるまでに何人もの部員の姿を見送って、今か今かと目当ての人物の姿を待ちわびる。
そして見慣れた長髪姿が視界に飛び込んだ瞬間に、その人物の元まで小走りで駆け寄る。その些細な瞬間ですらも私の心臓はドキドキと高鳴り、嬉しさと不安の入り混じった心境のまま、思い切って口を開いた。

「み、実理ちゃん!」

「あ?なんや、静か……ほい、お疲れさ〜ん」

実理は私の呼びかけに気が付いたものの、見下ろすように一瞥したと思ったら、特に表情を崩すこともせずいつもと変わらない様子で、そのまま私の目の前を気怠くゆっくりとした足取りで通り過ぎて行った。
なんだか拍子抜けしたのと、面白くないのとで、私は再び声を大にして呼びかける。

「実理ちゃん!もう、帰るん?」

「帰るで」

「やったら一緒に――」

「な〜んでやねん。俺やなくてお前には一緒に帰りたい奴、おるやろ?」

「……え?」

「まぁ、俺も?一緒に帰ってくれる子なんか、ぎょうさんおるしな。お前は目当ての奴と帰れや」

「……なんやそれ、あそ……もう、ええわ」

なにこれ。
まさかこんな風になるなんて思ってもみなかった。
確かに声を掛けるまでは不安に思っていた気持ちもある。けれど、心の隅っこでいつもみたいに笑って許しくくれると……「なんや、もう機嫌治ったんか?」って、そう苦笑いしながら受け入れてくれるものだと、どこかで期待していた。
頭を何か硬いものでドンと殴られたみたいな、そんな感覚。
これは明らかな拒絶だ。私は、実理に拒まれたのだ。

また、あの時みたいに一目散に彼の元から走り去る。
悔しくて悲しくて、目頭がジンと熱くなるのを感じながら、校門に向かって走り続けた。
辺りが薄暗くて良かった。泣き顔を誰にも見られなくて済む。そう思うと、気が抜けたようにポロポロと涙が溢れ流れる。

「最悪や……」

ぼそりと小さく呟きながら、手の甲で少し乱暴に自分自身の涙を拭った。


自宅に戻り、母の「お帰り」という言葉にも上手く返すことが出来ず、そのまま無言で自室に籠った。
鞄を放り投げるように床に置き、着替えもせずにベッドの上に身を投じる。枕に顔を埋めながら、学校での出来事をぐるぐると頭の中で思い返してみるも、ただただ悲しい気持ちだけが蘇ってきて、また再び鼻の奥がツンとした。

“「まぁ、俺も?一緒に帰ってくれる子なんか、ぎょうさんおるしな」”

実理の吐いた言葉が、何度も何度も脳内をリフレインする。
他の子の存在をちらつかせ、私を牽制したとしか思えない。
やっぱりそういうことだ……私はフラれたということか……。本当はあの時、恍けたフリをしてちゃんと解ってたんだ。ただ私を傷つけないように、馬鹿なフリをしただけ。それに気付かなかった、私のほうが大馬鹿者。
ここまでくると滑稽だ。
始めから勝負はついていた。なのにあんなことまでして……本当に……どうしようもない。

シンと静まり返る室内。未だ部屋のライトも付けず、塞ぎ込んでいた私の耳に、不意に賑やかしい声が僅かに聞こえた。
少し不思議に思ったけれど、今はそんな気分じゃない。楽しい気持ちになれるはずがないとスルーしていると、今度はドカドカと自室の方へ向かってくる足音が聞こえ始めた。
きっと母が私を呼びに来たのだろうと思って、部屋の扉を開けられる前に、「お母さん!今は取り込んでる!出ないからね!」と、大きな声で言い捨てた。


「取り込んでる?どこがやねん」

「――!」

ガチャと無遠慮に開いた自室の扉。
そこに立っていたのは、母親ではなく実理だった。
真っ暗な部屋にぬぅと大きな男に姿が現れたものだから、心臓が止まるほどビックリして言葉を失う。しかもその人物が今一番会いたくない人物。本当に気分は最悪だった。
慌て急いで、布団を頭からすっぽり被り隠れる。

「もうおるんはバレてんねんで、はよ、出てこい」

「帰れ、なんで来るんよ」

「……腹割って話そうかと、思うてな」

「嫌や」

腹割って話す?何を?フラれた私に追い打ちをかけに来たってこと?
そんな苦行ある?散々、いろんな女の子と関係持ってるのを見せつけられて?暗に拒否されフラレて?そんな私に対してまだ何かを言うことなんてある?

頭の中で思いつく限りの疑問を思い浮かべていると、悲しさと同時に若干の怒りさえ湧き上がってくる。
何をどう言い返してやろうか……沸々と湧き上がる感情のぶつけどころを自分の中で探り始めた時だった。

「静、お前……南のこと好きなんか?」

「……は?南……?」

「違うんか?……けど、お前……」

「なんでよ……なんで、そうなるんよ……」

実理の口から吐き出された南の名前に、私の頭は更にパニックになる。
まさかこの期に及んで、南のことが好きなのか?と問われるなんて夢にも思っていなかった。
あまりに驚き過ぎて思わず布団の中から顔を覗かせてしまい、いつの間にかベッドの縁、至近距離にまで実理が近寄って来ていたのにも更に驚く。
そして、不意に互いの視線が絡まった。
暗い中でも、実理の表情は真剣なものだというのが分かってしまい、それ以上私は何も言えなくなってしまう。
感情のコントロールが上手く出来ない。
不安に思ったり、悲しく思ったり、驚いたり……そして、同時にこうして家にまで足を運んでくれることを嬉しく思ったり……。
混乱してしまい、自分でどう処理して良いのか解らなくなって、またポロポロと涙が自然に零れてくる。完全にキャパオーバーだった。

「……っ……ぅ……」

微かに嗚咽が静かな部屋の中に響く。

「……泣くなや、泣かれると……どうしてええか、わからん……」

「だって……言ったやん!私、言ったもん!!他の子と遊ばんといてって言うたもん!なのに……」

「それとこれと、どう関係があんね――」

「実理ちゃんのこと!なんも思っていのに!!そんなん言うわけないやん!!アホッ!!!」

こうなったらヤケだ。全てぶちまけてしまおう。
実理が言う言葉を遮るように、強めに言葉を重ねる。
さすがにこれなら、鈍感な実理も私の気持ちに気がついただろう。
もういい。ダメならダメで仕方がない。ここではっきりとしておいた方がきっとお互いに良いはず。どういう結果になるにしろ、ここまで来てしまったら逃げも隠れも出来ない。

「……なぁ、お前、まさか……」

「な、なんやの……もういい!期待なんか、してへんもん!」

「なぁ……南と付きおうてるとか、そういうんやないんか?……俺、なんか?」

「だから!そう言うてるやん!やだ!帰れ!もう!!!」

ここまで話してみて、実理には私の好意の感情が一向に伝わっていなかったのだと悟る。
それ程までに、自分は女の子の対象として見られてなかったのか……それ程までに興味がなかったのか……そんな風に思うと段々と哀しくなってきて、そして自分がとても惨めに思えてくる。

「もう…っ…やだぁ……ほんまに……これ以上に惨めにさせんといてよ……」

流れ続ける涙は一向に治まりを見せようとしない。実理の前で泣きたいわけじゃないのに……泣いて困らせたいわけじゃないのに……。感情が昂ぶり溢れる涙のせいで口元からは嗚咽が漏れる。
泣いたからといってどうなるわけでもない。この現状が何か変わるわけでもない。
けれど、今の自分の気持ちを上手く言葉に乗せて吐き出すことが出来なくて、やりきれない気持ちが涙となって身体の外へ出ていく。

「泣くな、言うたやろ?どうしたらええか、分らんくなんねん、お前に泣かれると……」

そう小さく告げながら、実理は未だ私が横になっているベッドの縁におもむろにのしっと腰掛けると、そっと手を伸ばして私の額にかかる前髪を指先で優しく撫でた。

「あんな?俺も好いとるみたいや、お前のこと……誰にも渡さへん」

「……は?」

「やから……もう避けんといてくれるか?地味に嫌や」

ええな?と言葉が続いたかと思ったら、そのまま頬に手を宛がい、あっという間に顔の距離が至近距離にまで近付いて来て、互いの唇が軽く触れた。
また、私の頭はパニック。
恋愛経験のない私にしてみれば、これは大事件だった。

「ちょ、手が早過ぎん!?」

「……ほうか?そんなことないやろ?好き合うてるモン同士やで?自然やろ」

ニヤリと笑った実理の顔が、やけに憎らしく感じた。完全に私の方が踊らされている。
けれど、その笑みが私が見たこともない男の顔で、やたらと色気を纏っていたものだから何も言い返せず、心臓の鼓動が早くなるばかり。

幼馴染から恋人へ――。
関係性が変わった今も、私は翻弄されるばかりで先が思いやられる。

「もう、他の子と、遊ばんといてよ……」

「わかっとる」

ハハッと破顔した実理の表情があまりにも優しいものだったから、私もつい釣られて笑ってしまった。


(2019.1.10)


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