酔っ払いの愛情確認
「今日は学生時代の女友達と、いつもの行きつけのお店で飲んで来るね」と、一緒に暮らしている南に告げて家を出たのが19時過ぎ。
いざ飲み会が始まってしまえば、場所が馴染みの店ということも相まって気心知れた友人との会話が思いの外弾み、気が付けば一人でワインをボトル2本も開けてしまっていた。
いつもはこんなにも飲まない。ワインなんてグラスで数杯飲めば、フワフワといい心地になってそんなほろ酔いの中、てくてくと夜の散歩を味わいながら帰宅するのが楽しいはずなのに、今夜は何もかもがいつもとは違っていた。
記憶……覚えているよ、そんなもの。
目の前の友人が、「南くんとはまだ付き合ってるの?どうなの?」なんて、野暮なこと訊いてきて、それに対し、「うんうん、付き合ってるよ?この春から一緒にも暮らし始めてさ……」って、言っていたところまでは、はっきりと覚えている。
それから、「へぇ〜、南くんって家ではどんな感じ?」と、興味津々な様子の友人が身を乗り出して尋ねてきたところで、本日の私はもれなく終了したようだった。
そこからの記憶は……ない。
次に気が付いた時は、頬にペチペチと何やら違和感を感じて重い瞼を開けてみると、心底迷惑そうな、そして呆れ返り軽く軽蔑したように目を細めて、私をジッと無言で見つめる南の顔。
なんで、ここに南が?なんて不思議に思いながら、「南ぃ〜、どうしたん?」と、尋ねると、「おい、阿呆!しゃんとせぇ!」と、冷ややかに怒られてしまった。
「なんで怒ってるん?今、何時?」
「何時?やあらへん。お前な……どんだけ飲んだんや……すんません、すぐに連れて帰ります。 電話、出てくれて助かりました」
「あ、いえいえ、私も飲ませ過ぎたから。 怒らんとってあげてくださいね? 南くんとの惚気話、たくさん聞かせてもらったので」
「……ほんま、こいつ……すんません、お先に失礼します」
眠気と酔いでぼんやりする頭のそばで、南と友人の声が交差するのだけはなんとなくわかった。
けれど、どんな会話をしているかまではちゃんと認識できない。
ただ私は愛しい南の声と顔に会えて、とても幸せな気持ちになっていたのだけは確かだった。
フワフワと心地が良くて、ゆらゆらと気持ちが良い。
うっすらと目を開けると、目の前には南のうなじが至近距離で視界に入った。
「み、南……?」
「おい、静。 なんや、このザマは……」
「え?なにが?」
「お前、ええ加減にせぇよ?誰がこんななるまで飲んでんねん!」
「こんな……?」
「よう、見てみぃ!この状況!」
南に声を荒げて怒られてキョロキョロと周りを見渡すと、明らかにいつも自分が見ている目線よりも高さがあった。
そこで初めて南に背負われていることへの現実感が増し、サァーっと血の気が引く。
ダメだ、これ、あかんやつ!
酔いがまだ回っている頭を、それでもフル回転させて現状を把握してみると、これは私にとって最悪な状況だった。
酔っぱらった挙句に記憶をなくし、今現在、南に背負われて帰宅している。
慌てて自分の腕時計を確認すれば、もう深夜の1時を過ぎていた。
「み、みな、み?」
「あ?」
「あの、えっと……あの……」
「静、次はないで?ええな?次は、ない!」
「あ、ご、ごめんなさい……」
南の冷ややかな声色にビクッとしながら、私は大きな背中に顔を埋めた。
南の匂いが微かに香って、再度改めて彼の逞しく広い背中の背負われているという事実が実感として押し寄せる。
なんだか情けなくなってきた。
こんな歳になってまで子供のような飲み方をして南に迷惑をかけてしまったことに、なんだか申し訳なさと不甲斐なさから、瞼にジワジワと涙が浮かんで鼻の奥がツンとしてくる。
「静……心配なんや。そんな無防備な姿、俺以外の前では見せんなよ」
「みなみぃ〜…」
「なんや、鬱陶しい、泣くな!服が汚れる」
「つ、冷たい〜ぃぃ!」
「嘘言うな、俺くらいやで?お前のこと迎えに行くんは……絶対、明日の朝、俺は起こさへんからな?ええな?静が俺を起こしに来い!ええな?返事は!?」
「は、はいっ……!」
「手がかかる奴……俺以外の誰が面倒みんねん」
よいしょ、と勢いをつけて背負い直されたタイミングで、私は南の首にギュッと抱きついた。
「苦しいわ……」と、笑い交じりに言った南の声があまりにも優しいものだったから、また愛しさから心臓が締め付けられる。
好きだ、南のことが本当に好きなのだ。
「南……?」
「あん?」
「また、迎えに来てくれる?」
「はぁ?調子乗んなよ?次はない、言うたやろ?」
「……」
「けど、俺が行かな、誰が行くねん」
私はまた、南に抱きつく腕に力を込めるしか出来ない。
ぶっきら棒で優しい南の背中に抱きついて、愛情を伝えることしか出来ないのだ。
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