ハイエナ


ハイエナ――狡猾、貪欲、不気味……こういったネガティブな印象の強い動物だが、実のところは賢く愛情に溢れ、サバンナでもっとも成功している動物なのだと言う。



「南、まだ付き合おうてくれへんの?」

何の前触れもなく、流れるようにそう口にするのは、佐藤静。
そのことに関して、彼女の隣を歩く南烈と岸本実理も幾分慣れた様子で顔色一つ変えないまま、他所事を喋りながら歩き続けている。

「この後、なんかあるん?お前ら」

「帰る」

「なぁ、南、私の話聞いとる?」

静の発した言葉など何もなかったかのように、南と岸本は一定の速度を保ったまま歩を進め、それに並んで静も嫌な顔を一つせず付いて歩く。
彼らの日常は、いつもこうだった。
南と岸本は幼い頃からの付き合いで幼馴染という関係性だったが、静は違う。高校に入学して一年次の頃から彼らと同じクラスで、家も同じ方向ということもあり、気が付いたらラフに付き合える女友達という位置付けになっていた。

先程の静の南に対する言葉。あれは今日に始まったことではなく、もう幾度となく彼女の口から吐き出されてきたもの。
初めこそ、南自身も「あほか」、「無理や」、「ひつこい」と、端的に断りの反応を示していたこともあったが、懲りない静を前に何を言っても無駄だと諦めた。
それに静だって半分冗談で言っているのも、南には解っていた。真面目に取り合うだけ面倒だと。

「なんもないんやろ?うち来いや、暇やねん」

「なんで部活ない日にまで、お前と一緒におらんとあかんねん」

「行きたい、実理んち」

「お前は勝手にせぇ、俺は帰る」

「ええ〜、南おらんかったらつまらんやん。ほんで?いつ付き合うてくれるん?」

「一生、ない」

こうして、放課後の早い時間帯に三人揃って帰宅出来る日も珍しく、静はいつもよりも上機嫌だった。
バスケ部に所属している南と岸本は、基本的に放課後は練習がある為、こんな風に早い時間帯から一緒に遊ぶということがなかなか難しい。今日はたまたま体育館設備の修理の為、貴重な放課後にこうして三人で肩を並べることが出来ている。


それから、岸本の自宅前へ到着しても立ち止まることをせずに去ろうとする南の腕を、静が空かさず取って制止を促す。可能な限り、南を足止めしようと静は粘って見せた。

「なぁ、ほんまに帰るん?せっかくなのに?」

「帰る」

再三の静の誘いに、迷いを一切見せず言い切る南。

「もうええやん、南がそう言い始めたら聞かんで?」

「ええ〜、つまらん〜、南がおらんと」

「なんでやねん、岸本と遊べ、ほなな」

ここまで言っても迷う素振りすら全く見せず、断固として自分の意見を曲げない南を前に、ようやく静は諦めた。確かに岸本の言う通り、南は一度口に出したことを簡単に曲げるようなことはしない。
それは三年間付き合ってきた静にも十分すぎるほど解っていることで、皮肉なことに南のそんなところも好いているところの一つだ。
静が腕を解放したのを見計らって、南は岸本と静に背を向けて、一切振り返ることなく去って行く。

南への好意を静が何度口にしても、こうして共に居たいとアピールをしても、南烈は全くブレない。
応えられない好意に愛想を振りまく男では決してないのだ。
だから、静は南のことを気に入っていた。付き合いたい、というのも半分本気で、半分は冗談。あんな風に言葉遊びをして、南がどんな反応を見せるのか見たいだけ。好意を前に、応えられないときっぱり明言するくせに、静の手を無遠慮に振り払わないところが南烈の優しさ。
南が去った今、貴重な時間を共に出来ない残念さはもちろんあるものの、静は妙に満たされた心持ちだった。

「なぁ、お前、時間は?」

「今日?何もないから、平気やで」

去って行った南の後ろ姿を少し見送って、岸本と静は慣れた様子で玄関をくぐる。
岸本の自宅は、昔からこの辺り一帯に密集して立ち並ぶ築年数の深そうな、ごくありふれた一軒家で、静は何度か遊びに来たことがあったが、妙に居心地が良くて気に入っていた。
彼の部屋で何をするわけでもなく、ただ各々が黙って漫画を読み漁るのも楽しかったし、ゲームをしながら盛り上がるのも嫌いじゃなかった。
ただ、いつもと違うのは、今日は南が一緒ではないということだけ。

けれど静にとっては、岸本と二人きりでも何ら気負うこともなくいつも通り。
いつも通り、何をするわけでもなくのんびりと過ごすのだろうと、そう思っていた。


――まさか、岸本があんな行動を起こすなどとは、夢にも思っていなかった。



「はぁ〜あちぃ」

二階奥に位置する自室へ入り、大袈裟なくらいの声で岸本がそう言ったかと思うと、そのまま抱えていた鞄を床に軽く投げ捨てた。
彼の後ろに続いて静も部屋へ入ると、「少しは片付けや」と、軽めの小言を言いながら、床に転がっていたままになっていたバスケットボール関連の雑誌を拾い上げて、部屋の真ん中に置いてあるローテーブルへとそっと置く。

「お前はオカンか」

「実理のおかあちゃんの気持ちが分かる気がするわ。手のかかる息子やね」

「はっ、うるせぇわ」

静は笑顔を携えたまま、空きの出来た床にクッションを一つ置いて、その上にそっと腰を下ろした。
きょろきょろと軽く部屋を見渡して、いつ来ても岸本の部屋は物が多いなと思いながら、前回訪れた時に読みかけになってた漫画の続きを探し始める。

「なぁ、あれは?この間来た時、私が読みかけてた漫画、どこにあるん?」

「あ〜……、どっかあるやろ?」

「無いから聞いとるんやけど」

どっこいしょ、とわざとらしい掛け声と共に立ち上がった岸本は、漫画が多く陳列されている本棚へと歩み寄って、少し身体を屈ませ、棚を覗き込むような仕草をすると、奥の方に目当ての本を見つけて数冊取り出した。
そのまま、静の方へ差し出すと同時に、そっと口を開く。

「なぁ、一個訊いてもええか?」

「なん?」

「お前、ほんまに南が好きなんか?」

「ええ?なん、急に」

手に入れた漫画に目を落としながら、あはは、と笑いを零し答える静の問いかけを他所に、岸本は更に言葉を続けた。

「急でもなんでもないやろ、お前、口を開けば南、南ばっかや」

「だって、ええやん、南。カッコええやろ?」

「はっ、あんな朴念仁のどこがええねん。なぁ、俺は?」

「あはは、実理ぃ〜?うーん、良いオトモダチやろ」

「オトモダチ、なぁ……ならオトモダチとええことせぇへん?」

「ええこと?」

ここまで会話をして、やっと静と岸本との視線が交わった。ずっと立ったままだった岸本がおもむろに静の真横に胡坐をかいて座ったかと思うと、彼の逞しい腕がぬっと伸びて、静の肩を強引に引き寄せて、噛みつくように唇を重ねる。
触れては離れを何度も繰り返し、食むように柔らかさを楽しむと、そのまま舌をねじ込む深いものへ。
一方の静、何が起こったのか一瞬解らなくて、固まったまま岸本の触れ合いを受け入れていた。

「ちょ……実理……」

「あかんか?」

「エッチやな〜あんた、なんでこんなことするん?」

「お前の南に対するそれと一緒や、俺はお前を気に入っとる」

「まさか、好きなん?私のこと」

「……もう黙れや」

そのまま、その場に静を押し倒した岸本の大きな掌が、静の肌を這うのには時間はかからなかった。手慣れた手つきで衣服を乱し、器用に下着を取り外して、彼女の肌の感触に夢中になる岸本を見ていると、静はなんだか不思議な気持ちになった。

自らの首や頬を撫でるようにふわりと触れる、岸本の長めの髪。その髪にそっと指を通してみると、思った以上に柔らかい毛質だったことを、静はこの時、初めて知った。


それからの展開は一瞬。熱に浮かされた若い二人が秘密の遊びに夢中になるのには、時間がかからなかった。
静を組み敷いた岸本は、早急に静の中を堪能し、このチャンスを逃しはしないと言わんばかりに、さっさと静を自分のものにした。
骨の髄まで味わうように、静の上に覆いかぶさって、彼女の両脚を押さえつける力も強い。そこには岸本がこの情事へ託す想いと、静に対する特別な感情の表れでもある。
口ではあんな風に軽く言っていたが、岸本の静に対する想いは、紛れもなく本物だった。

そんな彼の想いに、静が気が付いているのか、いないのか……ただ一つ言えるのは、静が岸本の行為を全て受け入れたということ、更に強引だったとは言え、そうされたことを嫌だと思っていなかったこと。

そして、この日を境に静は南に対して、「付き合ってくれ」とは、言わなくなった――。


(2021.9.30)


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