62 誕生日
【金城真護/弱虫ペダル】 Writing by aki


今年も年齢を一つ重ねた私の誕生日。
こんな特別な日だと言っても、別に誰か大事な人との約束をしている訳でもないし、たまたま今夜は会社の飲み会の予定が入っていた。
どうしようか迷った挙句、少しだけ参加して早々に切り上げて帰宅しようと、同僚の子たちと仕事を切り上げて飲み会の会場へと足を運ぶ。
今日が自分の誕生日だという事実は同僚の仲の良い子だけにしか伝えておらず、周りに気を使わせても悪いと思い、大っぴろげに言うのは控えていた。

飲み会は19時過ぎから始まって、店内にぞろぞろと会社の人間の顔が揃っていく中、私はいつもの様に気の知れた同じ部署の同僚と当り障りのない会話を楽しみながらお酒の入ったグラスを傾けていた。
アルコールはそこそこ強い方だと思う。あまり顔色も変わらないし、甘いお酒よりもビールやハイボールといった類のものが好き。食べ物もどちらかというとおしゃれな食べ物より、昔からあるようなオーソドックスなものが好みだった。
せっかくの酒の場。この場の雰囲気を楽しんではいたけれど、やはりプライベートの友人たちとする飲み会とは異なる。
幸い明日は休み。しかし、そうだとしても羽目を外すことも出来ないし、それなりに楽しんで、それなりの時間に帰ろうかと思案しながら腕時計に視線を落とした。するとその矢先、おもむろに私の真横の席へと腰を落とした人物の存在に気が付く。

「飲んでるか?佐藤さん」

「あ、金城くん。お疲れ」

「ハイボールか……本当に酒が強いな」

「こういう時くらい飲まなきゃね……あれ?金城くんは珍しくウーロンハイ?いつもはビールなのに」

「あぁ、今夜はさっぱりとな」

目の前に現れたのは同僚の金城くん。
彼はいつも落ち着いた風体で、発する言葉にも冷静さを感じる。同じ年齢なのにその落ち着き払った姿がとても魅力的で、仕事もとても真面目。同期の中でも群を抜いて仕事が出来る人だった。
そのくせ、こうして気さくに会話も楽しめる。彼の粗を探すほうが、きっととても難しい。
そして彼は更に言葉を続ける。

「どうだ?仕事、だいぶ慣れたか?」

「うーん……まだまだ分からないことは多いんだけどね……」

「いつも頑張ってるもんな、佐藤さん」

「いやいや……うん、でも、ありがとう」

「通勤も毎日大変だろ?二時間弱かかるって前に言ってなかったか?」

「そうだね、電車とバス乗り継いで、まぁ大体そのくらい」

こういうところなんだ、好感が持てるのは。
一度何気なく話したことでも、ちゃんと把握して覚えていてくれる。金城くんと話しているととても気持ちが良い。きっとこんな風に思っているのは私だけじゃないはず。上司や先輩にも彼はとても可愛がられているし、同僚や後輩にも人望が厚いのも頷ける。

そのまましばらく金城くんと日常的な会話を楽しんでいると、少し離れた場所で今回の飲み会の幹事を任されていた社員が、「この後、二次会行く人〜?」と、大きな声を張り上げて出欠席の確認を取っているようだった。
当初の予定通り、私はこのまま二次会には参加せずに帰宅しようと思っていると、横から、「佐藤さん、参加するのか?二次会」と、低めな金城くんの声が耳に届いた。

「いや、私はここで帰ろうかなって。ほら、遠いし?」

「そうか、じゃあついでに俺が佐藤さんのことも言って来てやるな。座って飲んでろ」

私の返答を聞いた金城くんがゆっくりと席を立って、幹事の人の元へとゆっくりとした足取りで歩み寄っていく。私は未だ自身のグラスに残っていたハイボールへと口を付けながら、その後ろ姿を眺めていた。
彼はどこまで抜かりがないのだろうか。
今まで出会った男性の中でも、これほどまでに紳士な人には会ったことがない。
立ち振る舞いに厭らしさも全くなく、気配りは秀逸。本当に素敵な人だなと、心の中で呟いた。
加えて、肩幅も広くがっちりとした逞しい体躯。低い声。すべてが魅力。

いや、やめておこう。
そんな完璧に近い彼をそんな風に思ったとて、私にはなにも関係のないことだ。
一瞬でも彼に対してそんな色目で見てしまったことにハッとして、私はまたそれを誤魔化すようにアルコールの入ったグラスを傾ける。
そうだ。今夜はお酒が入ってたから……私も人肌恋しいのかな?なんて自嘲するのがやっと。
今夜は早く家に帰って、お風呂に入り、早めに寝よう。そうしよう。

「お待たせ、そろそろお開きのようだ」

「あ、じゃあ私も帰る準備しなくちゃ」

ちょうど飲み終わって空になったグラスをテーブルの上に置いて席から立ち上がると、身支度を急いだ。
店を出る準備が整ったところで金城くんが、「いいか?」と私に尋ねてくる。

「うん、いいよ。出れる」

「よし、一緒に出よう」


店を出たところで、私はすぐさま一言告げて先に抜けようと思っていた。
辺りを見渡すと、何名か会社の人間が集まっている。きっとこの人たちは二次会に向かう人たちなんだろう。
出欠席は先程、金城くんにお願いしたから大丈夫なはず。

「私、お先に失礼し――」

「俺と佐藤さん、先抜けます!お疲れ様です!」

「えっ?」

私が全てを言い終わらないうちに、横にいた金城くんが大きな声を張ったものだから、驚いて彼のほうをジッと凝視してしまう。
なんだ……金城くんも帰る組だったのか……。

彼の大きな挨拶を受けた会社の上司たちは各々に、「おぉ、おつかれさ〜ん!」と、陽気に反応を見せた。
それを確認した後、私と金城くんは共に並んで駅の方面へと歩き始める。

「金城くん、二次会行くんじゃなかったの?」

「いや、行かない」

「そうなんだ、てっきり――」

「佐藤さん」

私の言葉を軽く遮るように、名を呼ぶ。
それがなんだか金城くんらしくなくて、少しだけドキリとした。いつも冷静な彼が、こんな風に言葉を紡ぐなんて意外だったのだ。

「どうしたの?」

「ちょっとだけ、俺に付き合ってくれないか?」

「良いけど……今から?私、電車の時間が……終電……」

慌てて自身の腕時計を覗き込むと既に22時半過ぎ。ここから金城くんの用事に付き合っていると終電が危うい。今まで彼に改まってこんな風に頼み事をされたことがなかったから、出来れば要望に応えてあげたいけれど、自宅に帰れなくなると話は別だ。

しかし、彼はそのまま何も言わずスタスタと足早に私の数歩前を歩き続けている。
有無を言わせない雰囲気に、私はそれ以上何も言えなくなって黙って金城くんの後へと従った。
そのまま歩き続けて辿り着いた先は、数台の車が停車しているコインパーキング。
そして、おもむろに自身のジャケットのポケットからキーを取り出したと思ったら、ピピッと解錠を示す電子音が夜の暗闇の中に響いた。

「待って、金城くん!車で来てたの!?だって、さっき!」

「ああ、あれはただのウーロン茶だから安心してくれ」

「そうだったの!?」

「まぁ、良いから乗って。送ってく」

「え?うちまで?ここからだと遠いし!申し訳ない!」

「良いんだよ、俺がそうしたいだけだ。良いから乗れ。……さっき、付き合ってくれるって言ったろ?」

そんな風に言われてしまえば、もう私には何も言えなくなってしまう。
彼のこんな強引なところもまた珍しい。
戸惑う私を尻目に金城くんは助手席側に回って扉を開け、「どうぞ」、とスマートに言って見せた。
それがあまりにも様になり過ぎていて、また私の心臓はドキリと大きく跳ね上がる。

「本当に、いいの?迷惑じゃない?」

「そもそも迷惑だったら、こんなことしない」

乗って、と更に促され、彼の行動力に観念した私はそっと車内へと足を踏み入れた。
外装も内装も綺麗且つ清潔に保たれていて、何やら良い香りまでする。
何から何まで金城くんだった。本当に抜かりがない。
おずおずとシートベルトへと手を伸ばし装着しているその間に、彼は手早く清算を済ませると、すぐさま自らも運転席へと乗り込んでエンジンを稼働させた。

「出るぞ?いいか?」

「はい、お願い、します」

手慣れた様子でギアをパーキングレンジからドライブレンジへとシフトさせ、ゆっくりと発進する車体。
なんだか緊張して、装着したシートベルトを胸の位置でギュッと強く掴んだ。
ハンドルを握る金城くんはいつも社内で会う彼とはなんだか雰囲気が違って、とても新鮮だった。
そして何故私はこうして彼に送られることとなったのか、皆目見当も付かない。
エンジンの音だけでシンと静まり返る社内の中、何を話していいのか分からなくなってしまった。
そんな気まずい空気の中、先に口火を切ったのは金城くん。

「佐藤さん、明日の休日の予定は?」

「特に、何も入ってないけど……」

「じゃあ、このままちょっと遠回りしてドライブして行こうか」

「え、あ、うん」

「疲れてるか?」

「ううん、ただ、なんでこんな風にしてくれるのかなぁって……」

私の正直な問いかけに金城くんは少しだけ言い淀んだ後、ゆっくりと口を開いた。

「……今日、誕生日、なんだろ?社で女子たちと会話してるのが聞こえてな」

「あ……」

「俺もそんな佐藤さんの特別な日に一緒に居たい、と思ったわけだ。納得、できたか?」

「……」

「ははっ、黙るなよ。こっちも恥ずかしいんだ、柄にもなく」

なにこれ。なんだ、これ。
全く予想していなかった展開に正直、頭が付いていかない。
彼がこうして私の自宅までの長距離を送り届けてくれると言ったのも、ただ同期としての好意だと思っていた。それ以外の意味など持ち合わせていないと思っていたから。
金城くんが吐き出した心情は夢にも思っていなかった。
けれど、私だって彼に好意を抱いていなかったわけではない。
むしろ、それを認めないように押し殺していた。期待をしないように。敵わない願いを思ったとて、後で自分が辛くなるだけだから。自分の気持ちに蓋をして、知らないふりをしていた。
けれど、こんな風に言われてしまったら……。

どくんどくんと心臓が大きく早鐘を鳴らす中、私は運転する金城くんのほうを少しだけ盗み見るように見つめる。
すると凛々しくも微笑む彼の横顔。そしてふいに視線がぶつかった。

「誕生日、おめでとう」

2018.11.27


←*。Back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -