04 触れさせて
【紫原敦/黒子のバスケ】 Writing by aki


付き合ってしばらく経つけれど、この人の視界は一体どんな感じなんだろうな、といつもそう思う。

身長208cm。
肩まである長い髪。人をいつも見下すあのやる気のない目。
全てが私にとっては魅力的で、普段はのっそりとクマさんみたいに少しも機敏な行動を見せない彼が、試合中となるとあの長い髪をなびかせて飛んだり跳ねたりしてるもんだから初めは少し驚いた。

だけど彼に比べると随分背の低い私が、あの綺麗な髪に触れることはそう易々と出来ないし、手を繋いで隣を歩きたいと思っても、基本あの大きな手にはいつもお菓子が握られていて私の手が活躍することはない。

付き合いの期間が長くなればなるほど、最近は特にそんな様な事を一人で考えることが多くなった気がする。


ある日の放課後。
試験期間中で彼の部活が休みのおかげで珍しく早い時間に一緒に並んで帰る。
そんな些細なことすらも嬉しくて、下から彼の顔をジーッと見つめていると、「なにー?静ちん、欲しいの?あげないかんね」と彼は抱えていたお菓子のいっぱい入った袋を私が居る側とは反対方向の手に提げ替えた。


「えー、今、食べてるそのチョコのお菓子、一粒で良いからちょうだい!」

「だーかーらー、ヤダってば」

「いいじゃん、ケチ。一個くらい」

「ヤダ」

どんだけお菓子に執着してるんだ、この大男は。
相変わらずの徹底ぶりに少しだけ呆れるけど、でも食い意地が張ってるのはいつものことで彼がすんなりくれるとは私だって思っていない。

このまま引き下がるのも何だと思って、冗談半分に彼の持っているせいで余計小さく見えるお菓子の箱へと真っ直ぐ手を伸ばしてジャンプしてみた。

すると、ヒョイと器用にかわされて、「静ちん、バカなの?俺に敵うわけないじゃん。ヒネリ潰されたいの?」と少し小馬鹿にされたように鼻で笑われてしまった。

そりゃ、そうか。そうだよな。
身長もそうだし、バスケ部の彼にそもそも敵うわけないか。
私が浅はかだったよ。それは認めよう。

でも、そうじゃないんだよ。むっくん。そうじゃない。
私は別に本気でお菓子が欲しかったわけじゃない。

私はただ、むっくんの大きな手に触れたいだけ。
その綺麗な髪の毛に触れてみたいだけ。
むっくんはいつも面白がって人の頭をグリグリと撫で回すけれど、私だってむっくんに触れたいって思ったっていいじゃん。
……こう言うとなんだか下心丸出しの欲求不満な人みたいだけど、さ。

私はきっと、むっくんが思ってる以上にむっくんのこと好きだと思う。
じゃないと、こんな変人と付き合ってるわけないじゃん。
わざわざあんたのこと、好きだって言うわけないじゃん。


とにかく、彼はまるで周りに興味が無い。
自分のクラスメイトの顔すら覚えなくて、バスケも「ただ向いているからやってるだけ」と言うけれど、それでもちゃんと毎日学校に来て、毎日放課後部活に出ているむっくんが好き。

だけど、彼の方はもしかしたら私のことをそんなに好きじゃないのかもしれない。
私が初めて彼に気持ちを伝えて付き合うようになった時も、正直この人は私のことはそんなに知らなくて、なんとなく「付き合っても良いよ」って言ったんだろうなって、そう思った。
だって、今の今までむっくんに一度も好きだと言われたことはないし。

きっと私はお菓子たちにも及ばない。
彼の中での一番はお菓子たち。

それは今までもなんとなく分かってはいたんだけどさ。
女っていうのは欲深い生き物なんだよ、むっくん。
好きな人には同じように好きでいて欲しいって思う生き物なんだよ。


それから隣同士で並んで歩くもずっと黙り込んだままでいると、不意に「なにー?拗ねたのー?」と頭上から相変わらずやる気のない声が再び降り注いだ。
視線を上方へ向けると、やっぱり眠そうな目をしたまま私を見下ろしているむっくん。


「別にそんなんじゃないもんね」

「ふーん」

いつも言葉少なめの彼が、案の定それ以上は追求して来なくて、やっぱりそうかと諦めにも似た感情が沸き起こる。
人に執着しない。それが紫原敦という男だ。
期待する方がバカ。そういうのは彼が一番嫌悪する。面倒臭いの嫌い。熱っ苦しいの嫌い。
それは全て“ヒネリ潰す”対象となる。

あぁ、そうだね。
こんな風に面倒な事を考えてしまう私がきっと愚かなんだね。
あーヤダヤダ。卑屈になる自分が一層惨めに思えてくる。


「静ちんさー、なんか怒ってんの?」

「別に怒ってないけど」

「そーぉー?んー……じゃあさ~、これならあげても良いよ」

そう言ったむっくんは、手に提げていたお菓子のいっぱい入ったコンビニ袋をガサガサと漁ると「あー、あった」と私の目の前にまいう棒を一つ取り出して見せた。

「ハイ。静ちんにあげるー」

「え、良いの?だってこれ、むっくんが好きでよく食べてるやつじゃん」

「んー」

私の問いかけにあれこれ答えるのも面倒なのか、彼はダルそうに返事を一つして尚も私の前にブラブラとまいう棒をぶら下げている。

「要らないのー?」

「い、いるけど!!」

「今度さー、駄菓子屋一緒に行くー?」

「行くけど!!」

これは大事件だ。
むっくんが!あのむっくんが!
自分の抱えているお菓子を他人にあげるなんて、前代未聞!
たったそれだけで?と他の人は言うかもしれないけれど、たったそれだけでも私は嬉しくてついつい顔がニヤけてしまう。
しかも、駄菓子屋デートまで!

むっくんの手から受け取ったまいう棒をジッと見つめていると、「嬉しいのー?良かったねー」といつものように抑揚のない眠そうな声が降ってきた。

ありがとう、とお礼を言おうとして、まいう棒からむっくんの顔へと視線を上げると、突然大きな影が私をすっぽりと覆い隠した。
突然の事についお礼の言葉をグッと飲み込んでしまうと、そのまま唇に優しい感触が触れる。
むっくんよりも随分身長の低い私に、彼は腰を大きく曲げて真上から私にキスを落とした。

私の頬に微かに彼の長めの髪が触れる。


「む、っくん……」

「チョコのやつはあげないけど、これで我慢してねー、静ちん」

不意打ちのキスはほんのりチョコレートの香りがした。

2015.2.15


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