フルスロットルマイハート


『三井くん!』

少し離れた場所からトットッと小走りで走ってくる見慣れた姿を確認して、自分の頬が緩む。
そして俺の元へ辿り着いて、見上げるように『お待たせ』と言って微笑む彼女の顔を見て、更に心が満たされた。
ふとした一瞬一瞬で“俺、こいつの事すっげぇ好きだなぁ”って実感する。
俺にとって可愛くて仕方のない一つ年下の彼女、静の存在が日に日に自分の中で大きくなってきてんだ。


「お前さ、やっぱこんな時間まで部活やんの止めね?」

『何言ってるの?みんな大体このくらいの時間までやってるじゃん。三井くんだってバスケ部、そうでしょ?』

「いや、まぁそうだけど。だってよ、俺が居なくなったらどうすんだよ!お前一人で帰んだろ?こんな薄暗い時間に?一人で?あーヤダヤダ」

『・・・何言ってんの?』

呆れた顔で『大丈夫?』とでも言いたげな静の表情を目の前に、更に返す言葉が上手く見つからなくて黙り込んでしまった。

ただ心配なんだよ!俺は!
お前がもし変な奴に付け狙われたらどうすんだ!
心の中でそう叫んでみるけど、余裕のない男に見られるのが格好悪くて強く言い出せない。


静と付き合い出したのは今から三ヶ月前のこと。
広島で開催されたIHの全国大会が終わって、俺は冬まで部に残ることを決意した。
今まで無駄にしてしまった時間を取り戻す為に残り僅かな高校生活、バスケに打ち込もうと思っていた矢先の出来事。

ある日、朝練を終わらせて部室から教室に向かおうと校内を一人歩いていたらこの静に呼び止められた。


『三井先輩!!好きです!付き合って下さい!!!!!』

「うおっ!?び、ビックリした・・・」

突然サッと俺の前へ飛び出し、行く手を阻んだと思ったら元気な声でガバッと頭を深く下げて、右手を大きく差し出す姿に圧倒された。
けど、何の飾り気も無い直球ストレートな告白に俺は気が付いたら「あぁ・・・」と首を縦に振っていた。

今思えば、相手の事をよく知りもしないのに、どうして告白にOKしてしまったのか自分自身でも謎なんだけど。
けど、その時の俺の頭の中には迷いの“ま”の字すら浮かんではいなかった。

そして次の瞬間、“しまった!”と自分の浅はかな行動にどっと冷や汗が出た。
でもそう思った時にはもう既に全てが遅かった。


『や、やったぁあああ!本当に良いんですか?キャンセルは一切お断りしますので!』と両手を大きく上に掲げてバンザイしながらすっげぇ嬉しそうに喜ぶ静の姿に後が引けなくなってしまったのと、それに加えて無邪気にはしゃぐ彼女を見てちょっと可愛いと思ってしまった。
流されただけとはいえ、俺の了承を得て面白いようにコロコロ変わる静の表情を目の当たりにして俺はその場で思いっきり吹き出してしまった。

その時。
静の顔を初めてちゃんと見た。
ニカッと笑う笑顔が眩しくて、こっちまで少し嬉しくなったのをよく覚えている。


それから、俺が静を本気で好きになるのにそう時間はかからなかった。
俺のバスケに対する姿勢も快く応援してくれているし、そのせいで二人きりでゆっくり過ごす時間が長く取れなくても、『せめて帰りは一緒に帰ろうね』と言ってくれる静に対して更なる愛しさがこみ上げて来たのは言うまでもない。

こうして俺たちは放課後の僅かな時間を二人の大事な時間にすることにした。
唯一交わした俺と静との約束。


しかし、あっという間に俺の卒業まであと数ヶ月。もう半年を切ってしまった。
一緒の制服を来て、こうして同じ時間を過ごせるのはあと少し。
今のうちに二人の時間を大事にしておこうとも思うけど、心の隅ではやっぱり寂しくて心配なんだよ。

別れを惜しむように、ゆっくりとした足取りで自宅前まで無事に静を送り届けると、辺りはすっかり日が落ちて真っ暗になってしまっていた。
この夜道を?静が一人で歩いて帰る?俺の目の届かないところで?ありえねぇだろうが!!!


「なぁ、やっぱりお前、部活早めに切り上げろ。俺が居なくなったら」

『だから!大丈夫だって!大体三井くんと付き合う前はずっと一人で夜、家まで帰って来てたんだってば!』

「だ、だったら!せめてスカートもうちっと長くしろ。膝丈にしろ!膝丈!校則に従って・・・」

『なーに言ってんだか!校則?どの口が言ったの?』

「・・・」

ダメだ。
敵わねぇ。
俺、静の事すっげぇ好きだけど、いつも口じゃ敵わないってこと最近になってようやく気が付いた。
静の言うことはいつも理に適ってて、説得力がある。
そういうところも勿論静の魅力だとは思うけどよ、たまに不甲斐ないよな、実際。

一人悶々と考えていると、『じゃあ、今日も送ってくれてありがとう!そろそろ家に入るね。三井くんも寒いから気をつけて帰ってね』と静の別れの言葉にハッとした。
俺はいつもの様に去り際、静の真正面に立つと俺より背の低い彼女の顔を横から覗きこむように顔を近付ける。

これは約束したわけじゃねぇけど、お互い暗黙の了解みたいになってる。
静もその空気を感じ取って目蓋をそっと閉じようとした。


唇と唇が触れるまであと数センチ。
触れるか触れないかといったところで、突然静の自宅の隣の家の玄関から人の気配がした。
玄関の扉が開いて、おそらく男性らしき影が浮かび上がる。
その影はなにやらガチャガチャとした物音と共にこちらへ少しずつ近づいて来るようだ。
俺と静はその物音に慌ててパッと身を離し、その人物の正体へと同時に視線を向けた。


『紳ちゃん!!!』

「!」

まさか、思いがけなかった自分の真横から声がしたと思ったら、静がその人物の名前を呼んで俺の元を離れて駆け寄っていく光景が目の前に広がる。

え、ちょっ!待て!
し、シンちゃんだ、と!?
誰だよ!シンちゃん!静の隣の家の人か!
お隣さんといえども“シンちゃん”は解せない。
一体お前は何者だ!面見せろ!ツラ!

静に『シンちゃん』と呼ばれたその男はスポーツジャージを身に纏い、今からトレーニングにでも出掛けて行きそうな佇まいだった。


『紳ちゃん!どうしたの?今からランニング?』

「あぁ、静は今帰りか?おかえり」

『うん。あ!ねぇ!私も一緒に行っても良い?お母さんにはちゃんと言ってくから。自転車で並走したげる』

「いや、いいよ、寒いだろ?静が風邪でも引いたら大変だ」

『大丈夫!紳ちゃんと一緒だったら平気だもん。待ってて?すぐ準備してくるから!待っててくれないとヤダかんね?』

・・・おい。
ちょっと待てよ。
いい加減俺の可愛い彼女の頭の上に置いてる手をどけろ!ポンポンじゃねぇよ!ざけんな!

二人の仲睦まじい会話に完全に置いて行かれて、一瞬、なんで俺ここに居るんだっけ?と錯覚すら起こしてしまうところだった。
静は俺の彼女だ!
ムカムカと腹の底から怒りが湧き上がってくる。
だから!手、どけろ!!触んじゃねぇ!

俺は未だ向き合って居る二人の間に勢い良く割って立つと、相手の男の手をグッと強く握って静の頭上から退けた。結構ガッチリした手首だった。

暗さにも少し目が慣れてきて、相手の男の面を拝もうと俺は精一杯の眼力で威嚇体制に入る。
すると突然、相手の男の口から「あれ?三井・・・じゃないか?」と予想外に俺の名前が飛び出した。

「あ?」

「やっぱり。三井、お前ここで何してんだ?俺に用・・・なわけねぇか」

「は?てめぇに用なんかねぇよ!!誰だよ!・・・って、お前、あれ?まさか・・・牧か・・・?海南の?」

海南の牧がなんでここにいんだよ。
完全に脳内が大混乱している。
牧が俺の彼女と?ランニング?並走?頭ポンポン?はぁ?

とりあえず落ち着かない頭で、目の前の家の表札を見る。
見慣れた静の自宅の前には“佐藤”の表札。
牧が出てきた家の前に視線を移すと“牧”の表札。

・・・おいおい。
マジじゃねぇか!本気でお隣さんじゃねぇか!

「嘘・・・だろ。こんな偶然って・・・」

彼女である静と牧が隣同士?
え、マジで?
あまりに出来過ぎた偶然に俺はそれ以上何も言う余裕が無くて、ただその場に呆然と立ち尽くす。


『あれ?紳ちゃんと三井くんって・・・あ!そっか同じバスケ部だからか』

「あぁ、こないだも俺ら試合したばっかり。なかなか良い試合だった」

『ふぅん、そうなんだ。紳ちゃん、私ね、今ね、三井くんと付き合ってるんだ』

「え、そうか。あぁ、だから三井がここに居るんだな。静をよろしく頼むな、三井」

・・・父親かよ!お前は!

「お前にヨロシクされなくても、ヨロシクやってんだよ、こっちは!」

『ちょっと!そんなイヤラシイ言い方しないでよ、三井くん!じゃあまた明日、学校でね。私これから紳ちゃんのランニングに付いて行くから。バイバイ!』

「はぁ?おいっ!ちょっ、待てよ、静!!」

静は一方的に俺にそう言い切って、さっさと自分の家の中へと消えていった。
玄関に消える前に、もう一度振り返ったと思ったら、『紳ちゃん!先行かないでよ!絶対だからね!』と俺に見向きもしないでバタンと扉を閉める。

なんだよ!この扱い!信じらんねぇ!!!
なんで彼氏の俺がこんな扱いなんだよ!
無性にムシャクシャして牧の方をチラッと見ると、フゥと呆れたように溜息を吐きながらもニコニコと満更でもない顔がますます腹立たしかった。


「おい!牧!何なんだよ!てめぇはよ!」

「何が?」

「何が?じゃねぇんだよ!ざけんな!あと勝手に静に触んじゃねぇ!」

「え?そんなことしてないだろ、俺」

「はぁ?」

してただろうが!
ポンポンしてただろうが!!!くっそ!腹立つ!
キョトンとした牧の顔にイライラが募って嫉妬と怒りを何処にぶつけたら良いのか分からない。

俺は元々独占欲も強けりゃ、嫉妬心も人一倍なんだよ!ったくよ!
なのに、牧と俺に対する静の対応の差!なんだよ、これ!
全然納得いかねぇ!!!

イライラは全く治まらず腹の中に溜まる一方だが、さすがに牧を殴り飛ばすわけにもいかない。
そもそも俺は暴力は止めたんだよ!

あぁぁああ!クソ!
なんだっていうんだよ!

静にバイバイと言われた手前、このままこの場に留まるのも少し気が引けたが、今はそんなことも言ってられねぇ。
俺がその場から一向に動かないのを見兼ねて牧が「三井、お前帰らないのか?」と尋ねてきたけどシカトしてやった。

しかし、牧は間が保てないのかなんなのか・・・やたらと「いつから付き合ってるんだ?」「いつも送って来てるのか?」と俺に質問攻め。
それに対しても、「お前には関係ねぇだろ!」と一喝して俺はだんまりを決め込んだ。


それから少しして、物音と共に玄関から静が再び姿を現した。
制服から動きやすそうなカジュアルな服装に着替えた静が未だに家の前に居た俺を見て一言。

『あれ?三井くん、まだ居たの?なんで?』

くっそ・・・なんかスゲェ泣きそうになった。


それから、途中まで牧と静と一緒ランニングすることになったのは言うまでもない。
牧はジャージだから良いけど、俺は制服だったんだぞ!
走り難いったらなかった。

けど、そこで文句を言ってしまうと静に『だから、なんで先に帰らなかったの?』と言われてしまう気がして何も言えなかった。

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