愛の宛先


“人を好きになる”ってどういうことなのか、こんなにも考えた事なんてなかった。

そもそも、“好き”ってなんだ。
どうなったら相手を“好き”ってことなんだろう。

胸がドキドキしたら?
相手を思って夜も眠れなくなったら?
他の女の子と仲良さそうにしているのを見てモヤモヤしたら?

どのタイミング、どんなきっかけで人は人を好きになるんだろう。

外見が好みだから。
性格が好き。優しい。格好いい。
人に好意を抱く理由なんて人それぞれで色々あると思うけれど・・・。
「仲の良い異性の友達」と「恋愛的に好きな人」の違いは一体なんなんだ?

あの人に恋をするまで・・・私はこんなにも真剣に恋について考えたことなんて一度もなかった。



「っす」

朝一番の教室で、今日もいつもと同じように私の隣の席の主が背後からやって来たか思うとぶっきら棒に軽く挨拶をしながら着席する。

『うおっ!お、おはよう!三井くん』

「んだよ、そんなにビビんなくても良いだろ。あ、次の授業当てられそうになったら起こせよ」

開口一番、当然の様にそう言ってのけた三井くんに動揺しながら『また寝る気?朝イチだよ?』と告げると、彼は「うっせ。教科書、忘れたからねぇんだよ」とまたぶっきら棒に、そして嫌味のない鬱陶しさを纏ってそう言い捨てた。

彼の言い回しや仕草にいちいちドギマギしてしまう。

だけど私の場合、三井くんが元不良だからとか怖いからとかそういう理由でビビっている訳では決して無い。
ただ単に動揺しているだけだ。

その動揺がもしかして彼に対しての恋心から来るものなのかもしれないと気付いたのはつい最近の事。


三井くんとは隣の席になってから仲良く(?)なった。
本当に仲が良いのかはちょっと分からないけど、基本的にクラスの女子とほとんど会話をしない三井くんが私に対しては比較的フランクに話してくれるので、おそらくクラスの中で彼と一番話す女子は私なのではないかと思う。

三井くんは今ですら真面目に学校にもやって来るし、髪の毛もバッサリ切ってバスケ部にも入って、一見好青年風に見えるけど少し前までは現在とは全く違う雰囲気を纏っていた。

その影響かやっぱり少しだけ周りのクラスメイトとは微妙な距離がある。
でもそれは正直仕方が無いと私は思う。

三井くんが急に更生して見かけも雰囲気も良いように変化したからといって、「ハイそうですか。じゃあ今日から仲良くしましょうね」ってワケにもいかないのが現実だ。

人と人とが打ち解けるには時間も必要だし、それに三井くん自身がクラスメイトたちと必要以上にベタベタする関係を望んでいないような気がした。

かつて、私も三井くんがガラの悪い男の子たちと一緒に街をフラフラしているのを何度か見かけたこともあったし、こうして言葉を気軽に交わせるまでは三井くんのことを正直怖い存在だと思っていた。


だけど。
前回の席替えで隣の席になったのをきっかけに、少しずつ話すようになって気が付いてしまった。
彼も私と同じ高校三年生なんだということに・・・。

同じように席に座り、つまらない科目の授業では大きな欠伸をしてウトウトもするし、「ノート写させてくれ」と宿題のことも多少気にもするみたいだし。
そして最近では私に対して多少の冗談も言ったりするようになった。

辿ってきた経験は少し違うかもしれないけれど、私の隣の席に座っている三井くんは紛れも無く私と同じ高校生だ。
とても優しい笑顔で笑える、男子高校生なのだ。


そんな三井くんの新たな一面に触れる度、私はいつの間にか三井くんの事を物凄く意識するようになる。

周りの子に「三井くんって静ちゃんとは仲が良いんだね。怖くないの?もしかして二人付き合ってたりする?」と何度も尋ねられたけど、それは今まで全力で否定してきた。
ただ、『三井くんは怖くないよ。私たちと同じだよ』とだけ教える。

私と三井くんはただの友達。そこには別の感情なんて無い。ただ隣の席になったから、話すだけ。

何度も何度もお決まりの台詞のように私と三井くんの関係を詮索してくる人たちに毎回同じ内容を伝える。


しかし、ずっとそれを繰り返している内に、いつの間にか“本当にそうなんだろうか?”という疑問が、ある日突然私の中にふと舞い降りた。

それを意識して考えだしてからの私はもうダメ。
三井くんの事を考えれば考える程、彼が私に接する時の特別感みたいなものが嬉しいと思うようになって、周りの子たちに『三井くんとは何でもない。ただのクラスメイトだよ』と告げれば告げるほど妙な違和感を覚えるようになってしまった。

この感情が恋だと気が付くまでに、一人でいろいろ考えてみたけれど。
このモヤモヤの原因が三井くんに対する恋心だと思えば何もかも全て説明がつく。

不思議なことに三井くんへの想いを自身で認めた途端、何だか世界が変わって見えた気がした。
今まで以上に三井くんはカッコ良く見えてしまうし、話しかけられる度にドキドキしたり。
こんな気持ちは初めてだった。

・・・紛れも無く私は、三井くんに恋をした。


少し遅めな初恋を自分の中でどう処理していいのか未だに手探りのまま、私は毎日毎日同じ教室、同じ席で三井くんと顔を合わせる。

そして今日も朝のHR開始までの僅かな時間の間に三井くんと他愛のない会話をしていると、たまたま偶然お互いの誕生日の話になった。
三井くんの誕生日。5月22日。
彼の口から告げられたその特別な日は、ちょうど今日から一週間後に迫っていた。


『わ!本当に?三井くん、もうすぐじゃん!誕生日』

「あー・・・だな。でも別に何するってわけでもねぇし」

『なになに?祝ってくれる人いないの?寂しいねぇ〜悲しいねぇ〜』

私がからかうようにそう言うと、三井くんは「うるせぇよ」と表情を崩して少しだけ笑った。

本当に何気ない日常の一コマ。ただ彼の誕生日を知っただけなのにこんなにも胸が高鳴るなんて本当に恋って凄いと思う。
三井くんが私に誕生日を教えてくれた事自体嬉しかったし、何より彼が特別な誰かと一緒に過ごす予定がなさそうだったことにも変な安堵感を覚えてしまった。


・・・恋とは恐ろしい。
あー!本当に恐ろしい!!!
こんなにも好きな相手に対して欲深く、そして事あることに一喜一憂して、彼の隣の席に居れることは凄く嬉しい半面、ドキドキと暴れる心臓に耐えるのに必死だ。

それから三井くんの誕生日までの一週間は常に彼の誕生日のことで頭がいっぱいだった。
せっかくの三井くん誕生日だもん。
盛大な事は出来ないけれど、何か三井くんにプレゼントしたい!!
日増しにそう強く思うようになっていったんだけど・・・。


・・・え、いや。どうなの?
それはちょっとやり過ぎ?彼女でもないのに個人的にプレゼントとかNGなの?
こういう時、世の女の子たちはどうしてるの?

でもでも!
せっかくだし!普段仲良く(?)してもらってるお礼という口実があれば・・・平気?

誕生日を知ったのが一週間前ということもあり、プレゼントを買うための軍資金が少し乏しいのが残念だけど、こういうのは気持ちだよね!気持ち!
私は無理矢理に自分にそう言い聞かせて、三井くんの誕生日プレゼントを用意しようと心に決めた。


結局あれやこれやとギリギリまで三井くんに何をプレゼントするか悩んだ挙句、お財布とも相談してスポーツタオルにした。
値段も手頃だし、バスケ部の三井くんに気軽に使用してもらえる物が良いなと考えてのものだった。
準備の為に費やした一週間なんてあっという間で、いつもより時間の流れが早く感じた。
気づけば明日はもう誕生日当日。

雑貨屋で可愛い封筒と便箋も買ってそれにメッセージを書いて明日渡そう。
これで準備は完璧。
今から明日の事を考えると心臓がドキドキと高鳴ってうるさいけれど、なんだか心地よい緊張感のような気もする。

恋ってなんなの!
こんなにも誰か一人の事を想って誕生日を祝いたいと思ったこともなかったし、女友達に対して誕生日を祝うフランクさとはワケが違う。


三井くん・・・喜んでくれるかな?
私は明日のことばかり気になって自宅に帰ってからもずっと落ち着かず、そのことばかりが頭を巡っていた。

えっと・・・えーっと・・・どのタイミングで?どういう風に渡す?朝イチ?それとも放課後?呼び出した方がいい?
あぁああああ!どうする!?私!
何が正しくて何をどう行動したら良いのか全く分からず、一人ソワソワして自分の部屋のベッドの上でゴロゴロ転がることしか出来ない。


メッセージ・・・なんて書いて渡そうか・・・。

ゴロゴロしていた身体をバッと勢い良く起こして自室のデスクの前に腰を落ち着かせてから、わざとらしく大きな深呼吸を一つ。
そしてさっき買ってきたメッセージ用の便箋を一枚取り出すと目の前で睨めっこ。

私は彼に何を一番伝えたいのか・・・そんな事を考えて無意識にペンを握った手が動く。


“好きです。”


一言だけ黒い文字で書かれた自分の字を見つめてハッとした。

・・・いやいやいやいや!!
これはない!!さすがにコレはないね!!!
告白する勇気なんてさすがに今の私には無理!
わーぉ!ビックリしたぁ・・・。

自分で書いておきながら顔が真っ赤になって自分で自分をツッコむ。
なんて恥ずかしい!却下!却下!

気を取り直して、動揺した指先でもう一枚新しい便箋を取り出した。


“三井くん、誕生日おめでとう!ささやかながら私の気持ちです。バスケ頑張ってね!あと、宿題はちゃんと自分でやって来るように!居眠りもしないように!”

うんうん。
こっちの方が私らしい。しっくりくる。
これだったら友達としてプレゼント渡しましたよっていうのが伝わるかな。
変に思われないかな・・・。

出来るだけ不自然にならない様に!あくまでも友達としてを装い、受け取った三井くんに変な動揺が伝わらないように。
よし!メッセージはこれでいこう!

そう思っていると、突然「静〜!ご飯よ〜!」とリビングの方から夕飯を知らせる母親の声が聞こえた。
私は一瞬、ビクッと身体が跳ねて動揺しながら『は、は〜い!今行く〜!』と大きく一つ返事を返す。

そして慌てたようにさっき書いたメッセージの便箋を封筒に忍び込ませて宛名に「三井くんへ」と黒いペンで書き込んだ。

[ 1/3 ]

[prev] [next→]



←*。Back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -