リップグロスの憂鬱


「もういいよ。俺、行くわ」

冷ややかに、且つ冷静に。
目の前の愛しい彼は半ば呆れたような口調でそう言い残し、ゆっくりと背を向けて私の元から立ち去って行く。
付き合って2年目。
彼のこんな態度を見たのは・・・初めてだ。


事の発端は数時間前。
久しぶりに洋平と二人で逢える時間が出来て、色々と話をしている内に口論になってしまった。

いや、口論というよりも私がほぼ一方的に洋平に対する不満をぶちまけて、それに呆れた洋平がその場を去ってしまった、という非常に分かりやすいシチュエーションだ。


そもそも洋平とは中学3年の頃からの付き合いで、同じ和光中の同級生だった。
昔っから洋平は桜木くんたちと仲が良くてケンカもしょっちゅうで。
世間的には“不良”だと一目で分かるようなヤンチャっぷりだったけど、実際に関わってみると根は優しくて思いやりに溢れる人だった。

きっとそれは今も変わらない。

ただ、一言で言うと硬派。
優しいのは重々分かっているけれど、いつも言葉足らず。
今まで付き合ってきて甘い言葉なんて言われた事がない。

「好きだ」とか「愛してる」とか。「今すぐ逢いたい」とか。
そういう、他人が聞くと「ただのノロケだろ!」と突っ込まれそうな事は今まで一切言われた記憶がない。

洋平はいつも自分の内で処理しようとしてしまいがちというか・・・例えば何かしら問題が起きても周りに心配かけないように誰にも何も言わないで、いつの間にか上手い形で丸く収めている・・・そういうカッコイイ事をサラッとやってのけてしまうんだけど、近くにいる人間からすると、何をどう感じて、どう考えているのかよく解らない時がたまにある。

自身の感情を表に出すのが苦手なのか・・・案外解りにくい男だ、水戸洋平という男は。


中学を卒業して、洋平は桜木くんたちと一緒に湘北高校へ。
一方私は湘北とは別の、大学進学を目的とした高校へと進んだ。

高校へ入学すると、今までの生活は一変。環境がすっかり変わってしまう。
私は学業に追われ、洋平も高校入学して直ぐにバイトを始めた。
学校も別々な上、忙しい私達にはいつの間にか時間の余裕がなくなって、二人で逢えるのも週に一回あれば良い方。

中学の頃はあんなにも一緒に過ごせていたのに。
あんなにも楽しかったのに。
こんなにも好きなのに・・・。

時間が経てば経つほど、段々と洋平との溝が広がっていくみたいで不安で仕方ない。
このままお互いの環境の違いのせいにして洋平との関係をなあなあにしていくなんて絶対嫌だ。

環境が変われば状況も変わる。
頭では分かっていても、私は何もかも聞き分けの良い子にはなりきれない。

寂しいものは寂しい。
きっと洋平も同じ気持ちでいてくれていると思ったのに・・・恋焦がれているのは私だけなのかと思うと胸が苦しくなってしまった。
だからせめて二人で会えた時はその時間を思う存分大事にしようと、そう思っていたのに・・・。


『それでね、今日、学校でね』

「あぁ」

『最近仲良くなった子がいてね』

「あぁ」

『・・・・・・桜木くんたち元気?』

「元気」

『・・・洋平?』

「ん?」

『・・・どうしたの?元気ない』

「別に、そんなことねぇよ」


浮かれていた私は洋平に会うなり最近身の回りで起こった出来事を色々と話してみたものの、洋平の反応は一言二言だけでいまいち会話として成り立たない。
実際、洋平は今までも普段からそんなに口数の多い方ではないかもしれないけど・・・それにしたって久しぶりに逢った恋人同士が交わす会話としては素っ気なさ過ぎる。

洋平に逢えると思って、普段から化粧っ気のほとんどない私がちょっとしたオシャレ心で施したリップグロスになんだか虚しさを感じた。


・・・なんで?嬉しいのは私だけ?

モヤモヤとした気持ちが胸の内に広がり始める。
この気持ちを彼にぶつけるか否か・・・悩んでいる最中に事もあろうか洋平は「ふぁぁ〜・・・」と大きな欠伸までしてみせた。


『・・・洋平、疲れてる?』

「あぁ・・わりぃ・・・いや、昨日たまたまバイトであんま寝てなくてさ、それから昼間は学校で花道のバスケの手伝いやらしてたら眠くてよ。あいつさ、スゲェんだぜ」

カチンときた。
いや、良いんだよ。全然良いんだけど。

バイトを頑張る洋平も友達思いな洋平も大好き。
でも、なんだか今日は虫の居所が悪かったというか、タイミングが悪かったというか・・・。

せっかく久しぶりに逢ったのに、私との時間は蔑ろにされてるみたいでなんだかショックだった。

嬉しいのは私だけ。
浮かれていたのは私だけ。
なんだかそれを目の当たりにした気になって、正直気分が悪い。


『つまらない?私とじゃ』

「はは、何言ってんだよ。んなわけ・・・」

『あるよ!そんなわけある!!だって洋平、私と一緒にいたって全然楽しそうじゃないし、桜木くんたちの話はそんなに嬉しそうにするのに、私とは全然そうじゃないもん!』

「・・・何言ってんだよ、怒るぞ」

『怒ればいいよ!だってこれが私の正直な気持ちだもん!す、凄んだってダメなんだから!そんな洋平となんか一緒に居てもつまんない!』

こんなことになってしまうなんて思いもしなかった。
あんな風に言うつもりなんてなかった。

初めはいつもの様に優しい笑顔で笑っていた洋平の顔が、私が言葉を吐けば吐くほど険しくなっていく。
「怒るぞ」と言った洋平の顔が忘れられない。
今まで私と洋平はケンカらしいケンカなんてしたことなくて、一瞬不機嫌そうに眉間に皺を寄せた洋平はそれだけでちょっと怖くて。

結局、洋平は呆れたような様子で面倒くさいとでも言わんばかりに「もういいよ。俺、行くわ」と一切振り返る事なく私の元から立ち去ってしまった。

洋平の後ろ姿をジッと見つめながら“やってしまった”と焦る。
でも、私だって寂しい気持ちを少しだけでいいから汲んで欲しかった。
ただ一言、私のことも大事だと分かるような言葉が欲しかっただけなのに。


・・・哀しさと怒りは紙一重だ。

未だモヤモヤとしたままの複雑な気持ちを抱えたまま、洋平がそうなら私だって洋平のいない所で思いっ切り楽しんでやろうじゃないかと半ばヤケをおこしながら、必死に零れそうな涙を堪えた。

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