届かない人
writing by 『ALONE』美蓮さん
例えば好きな人がいて、でもそんな好きな人には好きな人がいて…
それでも想い続けられるのだろうか?
彼女を好きになったのは夏のこと。
あの頃は、何か輝くための手がかりを探すことで必死だった。
必死に先輩にくらいついて、それでも追いつけなくて。ただ一つの手がかりを探すために、多くの挫折を味わった。
「清田、最近なんかプレーがめちゃくちゃだ。もっと丁寧にな」
牧の声が耳の奥に残り、体内の熱をじわじわと汗へかえていく。
むしゃくしゃしてただ、あがき続けていた。
「うぃっす」
どうしても振り切ることのできないその感情は、いつしか涙へと変わっていた。
汗まみれの中の涙は、誰に気づかれるわけでもなく、ただ一人だけの悲しみとしてフロアを濡らすだけ。
コート上の牧は、いつも強くて頼もしかった。
だから今さらながら、彼女が牧さんに惹かれるのは、ほぼ必然的なものだったのかもしれない
まぁ、そんな彼女と出会ったのは夏の大会が終わった、あの日だった。
「あ、静久しぶりだね」
神奈川に帰ってきて、高校の門でたくさんの人が出迎えてくれる中に、神は親しげな様子の女に手を振っていた
部員達は彼女に視線を集めつつ、驚きを隠せないでいた
「神さん、あの人とはどんな間柄で?」
一目惚れだった。
人ごみの中で彼女は、短く切り揃えられた髪を揺らしながら手を振って、ただ嬉しそうに笑っていた。大きな瞳と形のいい薄ピンクの唇、彼女は美しかった。
「あいつはね、幼稚園から中学校まで一緒だったんだ。あんまり大きい声じゃ言えないけどね、静はどうも牧さんが好きみたいで」
「はぁ……牧さんが…」
彼女は、そんな人ごみの中をかき分けてこちらへ歩いてくる。
ショートパンツから覗かせた脚は白く、ハイヒールを鳴らしながら彼女はやってきた。
「ねぇ、神!お疲れ」
「ありがとう。静、牧さんはまだ冬まで残るってよ!まぁ、当たり前か」
「へぇ…そっか…」
手で口を覆いながら、恥じらうように話した彼女は、牧が好きなのだと悟った
「あ、こいつ清田。自称神奈川のスーパールーキー」
「自称だなんて神さんひどいなぁ」
「ははは、清田くんよろしくね。神さんは腹黒いから気をつけてね!」
「静!」
神が静の言葉に慌てたとき、牧が通りかかった。
牧は静の姿に気づくと、静と声をかけた。
そんな彼女の姿を見る事がとても苦しく、ため息が出た。
牧は静よりも年上で、自分にはないワイルドな男らしさがあって、それでもって身長も高いし、何も勝ってない。
やっぱり俺は、この人を心の底から尊敬してるんだ。
「あ、牧さんお疲れさまです」
「ありがとうな!」
あからさま震えている声も、赤く染める頬も全ては牧に向けられたもの
そんな2人の前にいるのは、とてもつらかった
たかが一目惚れ、それで片付ければ済むけれど何故かあの夏の日の自分はそれができなかった。
ふと通りかかった道でもあの曲がり角から彼女が飛びしてきて、偶然ですねって何気ない会話したりとか、もうとにかく怪しい魔法でもなんでもいいから
そう、なんでもいいから
また彼女に―――――…
会いたい
でも、夏の魔法にかかってしまったのは俺の方で季節が変わってしまった今でも、あの魔法はとけない。
そして、また夏が巡ってくる。
彼女を一目みた時のあの魔法の解き方は、違う誰かを愛する事か、静自身に解いてもらう…
つまりフられる事だった
けれどまた巡ってきた夏の日、俺の魔法はあっさりとけた
背が低い静は、必死に背のびをして、焼けた肌がよく似合う牧とキスをしている姿を見てしまった。
部活帰りに、神とたわいない話をしていた時の事だった。
「神さん、あの2人って」
「付き合い始めたらしいよ。なんてバンドだったかな?静ね、洋楽が好きなんだよ。で、牧さんも偶然そのバンドが好きでさ、一緒にライブに行って…まぁ、成り行きってやつ?」
「そうッスか。牧さんが洋楽…」
「似合うよな。なんてか洋楽って大人の領域って気がするしさ」
「似合いますね」
神が自分の方を見なかったのは、きっと優しさだろう。
「牧さん、やっぱりかなわないなあ」
「だよな。俺、静があんな幸せそうに笑ってるとこねぇーもん」
「そうですか」
「清田、お前さ髪切るとか女子みたいな事するなよ。牧さんに笑われんぞ!失恋したのはお前だけじゃねぇぞ?」
少し声が震えているようにも聞こえた神の声。
ああ静はみんなに愛されているんだ。やっぱり俺じゃなくてそうだな……
静より年上で、オシャレな洋楽がよく似合ってる牧さんみたいな人が似合うんだ
こうして俺の夏の魔法はとけた。
確かあの日、柄にもなく泣いて静の顔を思い出していた。
でもたまに思う。
静の笑顔は、牧さんの隣にいてこそ輝いていたって事。
なんだやっぱり俺じゃ…
「清田、いいか?お前が将来海南を引っ張っていかなきゃならん時が来るそんな時、お前は何があっても後ろ向きな考えはするなよ。俺には、むりだとかダメだとか、そんな考えは捨てろ。それはただの言い訳だ。いいか?海南の4番ってのはそんな事も大切なんだ」
いつの日か、試合で調子が悪くベンチに引っ込められた時にかけられた言葉だった。
今、俺言い訳探してた。
今はただ、牧の隣で笑う静の幸せを願う事こそが大切なんじゃないか
人ごみの中、伸ばした髪を一つに束ねると、清田は歩き始めた
乾いた風が吹き付ける
夏は終わり冬がやってきた。
そんな季節を誰よりも前を向いて歩こうと思う
届かない人
でも誰よりも
一番届けたい人