素直になれなくて
writing by 『藤色』りょうさん




わたしの存在なんて、バスケ以下だってちゃんとわかってた。
わかってたはずなのに、今日わたしはそのことで彼と喧嘩してしまった。
ああ、喧嘩ともいえないな。わたしが一方的に怒鳴りつけたんだから。
しかも大勢の部員の前で。ああ…
その時は頭に血がのぼってたからそうすることしかできなかったけど、今思うともう最悪だ。わたしはなんてことをしてしまったんだろう。
感情をぶつけた時の、彼の困惑した表情。それを見てはっとなったんだ。
彼に、恥をかかせた。…


「っく…」


どれだけ走ったんだろう。
学校から、あの瞬間から一目散に、走って走って息が続くまでひたすらに走った。
それで気がつくと、海に来ていた。
砂浜に腰を下ろし、うずくまってわたしは波が寄せては帰すのをただ見つめた。


なんで海なんか、…


無意識だったけど、わかる。
ここはわたしと紳一が、唯一デートした場所。年がら年中部活で忙しい彼とは、ほとんど恋人らしいことをしてこなかった。
だから、ここで二人で過ごせたことは、とても大切な思い出になってる。…


静はどこに行きたい?


午前中で部活が終わり、その帰り道で彼が半歩ほど前を歩きながら、振り返って訊いた。
その時のちょっと照れたような顔に、ちょっとドキッとした。
それまで、ここに行きたいとかあそこもいいなとか、いろいろ考えてたのに、その顔一つで何も言えなくなってしまった。
いつだって堂々としてて、照れた顔なんかまるで見たことなかった。
紳一も、照れるんだ。
それを見れたのが、なんだか無性に嬉しかったんだ。


天気もいいし、海でも行くか?


答えないままポーッとしてるわたしに、やれやれって感じで紳一が言った。
わたしは慌ててこくこくと頷いた。
海に着いたわたしたちは、オフシーズンと言うこともあって特に何かするわけでもなく、海を眺めたり、近くのカフェに入ってコーヒーを飲んだりした。正直な所、何の話をしたのかも思い出せないくらいだ。
だけど会話の途中に訪れる沈黙も、嫌な感じはしなかった。
きれいなコーヒーカップに目を奪われて、はっとして彼を見ると、その穏やかな眼差しがわたしを見つめている。
じっと見ないでよ、と言うと、ごめん、と悪びれもせずに言うのが紳一らしかった。


今思うと、あの時はなんとなくだけど、心が通い合っていた気がする。
デートする時間もわずかしかなくて、それもほんの半日。しかもどこかに繰り出して遊んでいたわけでもない。普通のお散歩って感じだった。
だけどわたしはそれでも彼と一緒にいられるのがうれしくて、彼もそう思っていてくれたように思う。


…どうして、あのままでいられないんだろう。


どうしてこんなにも、欲深くなってしまったんだろうと思う。
気持ちを伝える前は姿を見れるだけで気分が晴れやかになったし、つきあいはじめた時だって、電話だけでも心が弾んだ。紳一がバスケを大事にしてることは承知の上でのつきあいだったし、初めはちゃんとそれを尊重できていた。
だけど、会えば会うほど、近づけば近づくほど気持ちはもっともっとと欲しがっていく。
会えない時間が寂しくて、こんなに会えないなんてもしかして、と彼を疑う心が出てきてみたり。そんな自分が信じられなくて、嫌になって…積み重なったものが、ついに溢れてしまったのだと思う。
分かってる。紳一はそんな不誠実なことができる人じゃない。こんなこと考えるのは、自分の心が弱いせいだ、って。
だけど、じゃあどうやって強くなったらいいの、…


夕闇が迫ってきた。
水平線が、闇に沈んでいく。こんなにゆっくりと夕暮れを眺めるのは久しぶりだったけど、きっとあと少しでそれも終わってしまう。
暗くなるとこの辺は一人でいるにはあまりよくない場所だから、だからもう帰らなきゃ。
まだ心の中はごちゃごちゃで、帰りたくなかったけど。
だけど、この場所は…ここにいると、隣りに紳一がいるような気がしたから。
だから、離れたくなくて。でも、なかなか上がらない重い腰を無理やり上げて立ち上がる。
元来た道を戻ろうとした時、わたしは思わず鞄を落としてしまった。


「な、」


なんで、と言う言葉は、最後まで言えずに空を漂って消えた。
わたしの座っていたすぐ後ろに、同じようにして紳一が座っていたからだった。


「帰るのか?」


辺りは薄暗くはなっていたけど、彼が怒っているのでないことは、表情からわかった。
自分も立ち上がって、ぱんぱんとお尻を叩くと、わたしの隣に寄り添う。


「れ、練習は…」
「サボタージュもたまにはいいもんだな。いい気晴らしになった」


そんなことを飄々とした調子で言う。
ああやっぱり、この人は動じないんだな、とわたしは思った。そしてそれが、なんだか悲しくて…
嘘でもいいから、心配したからだって、言って欲しい。
自分が捨て台詞を吐いて逃げてきたのに、そんな勝手なことを思った。
だってそう思ってしまうほどに、彼は余裕で。
さっきわたしはみんなの前で、彼に恥をかかせたのだ。それについて、彼も少なからず困惑しているはずだった。それなら、わたしに文句の一つでも言ったらいいじゃないか。
だけど、紳一は何も言わない。それでは、何も言うに値しないっていうのか、…


わたしは、彼に構わず一歩を踏み出した。
悩んでるのがわたしだけみたいで、そんなのなんだか悔しかったから。


「…帰る」
「送るよ」
「いい。一人で帰れる」


その言葉に返答は帰ってこなかった。
もしかしたら、それでも追いかけてきてくれるのかもしれない、そう思ったけど、さすがに足音は聞こえなかった。
けれど、次の瞬間…


「っ?!」
「…ふざけるな。一人で帰せるわけないだろうが」


苦しいほどに、強く抱く腕。
コートの中でボールを操る逞しい腕が、今、自分を抱きしめているのだと思うとなんだか不思議な気がした。
だけどぼんやりもしていられない。
こんな風に、力で納得させられたくなんかなかった。

「ちょ、離してよ!」
「離すと思うか?」


ようやく、ちゃんと話ができると思ったんだけどな


彼の低い声が、耳元に降る。
ふざけるな、とさっきは怒ったくせに。今はもう穏やかな声色に変わっていた。


「いつも我慢させて、悪かった」
「…我慢なんか」
「してただろ?ずっと。…気づいてた」
「じゃあ、…じゃあなんで」


もっと他に、やり方はなかったの。
そう言いたかったけど、言葉にならなかった。
彼の呟いた、ごめん、があまりに切なかったから。…


「恐かったって言ったら、笑うか?」
「え?」
「話を切り出せば、別れたいって言われると思ってたからな。お前にずっと寂しそうな顔、させてたし」
「そんな、別れたいなんて思わないよ。だって…」


どんなに寂しい思いさせられて、一緒にいられなくて…もう嫌だって思っても。
ほんのわずか、こうして会うだけで…目を合わせるだけで、わたしは紳一が好きなんだって再確認させられる。
その穏やかな眼差しの向こうに、愛しいものを見るような優しさが、いつも感じられたから。


背中の向こうで、彼の鼓動が激しく高鳴ってるのがわかった。
そうは見えないけど、本当はとても緊張して、彼も悩んでいたのかもしれない。身体は、言葉よりずっと正直だと思った。


「…もう、遠慮しないから」
「ああ」
「わたし、けっこうわがままだよ。本当はもっと会いたいし、ずっと二人でいたいし…」
「結構だ」


俺だってそう思ってる。
だから遠慮はしねえよ…


くすっと笑って、彼はそっとわたしを自分の前に向かせた。


「手始めに、さっきのだっての続きを聞かせてもらおうか」
「え?」
「言いかけただろ。なんて言おうとしたんだ?」


あ、あれは…!
妙にニヤニヤしながら答えをねだるように見つめてくる彼の視線からは、逃げられそうもない。言うまでこうしててやると言わんばかりだ。
この人、こんなに意地悪だったっけと思いながら、わたしは小さな声でぼそっと答えを言った。


「…ダメ?」
「…さぁな」
「ダメなんじゃん…!」


ちゃんと聞かせろ。
最後通告のように強気に言って、彼の唇が顔の間近に近づく。


「わかった!!言うから!!」
「俺はあまり気の長い方じゃないんだがな」
「…っ、紳一が、好きだよ、…」


だから、もう。
そう言いかけた唇は、それもかなわずに攫われる。
顎を大きな手で固定されてなすがままのわたしに、彼はキスをしながら。
それはもう、満を持して、と言う感じで言い放った。






「静の気持ちなんて、ちゃんと知ってる」





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