▼ 第七幕
チェシャがアリスを脅して――あながち、嘘でもなかったけど――シロウサギを探すことを承諾させて、漸く先に進む。
私とアリスは縮んでるからチェシャの手の上だ。
「でもどうやって探すの? ウサギ、どの辺りで逃げちゃったの?」
「さあ?」
「さあって……それじゃ探しようがないでしょ」
アリスの問いにチェシャ猫が首をかしげて答え、それに呆れたようにアリスが息を吐いた。
そんな二人に、というかアリスに一応フォローを入れておく。
どうにもチェシャは言葉が足りないんだから。
「アリス。大丈夫よ。シロウサギが通った後には欠片が落ちているから。」
「かけら?」
「そう。シロウサギの記憶の欠片。……まぁ、直ぐに分かるわ」
そう答えて、目を閉じる。
アリスは一度、彼の欠片を見たはずだ。
頭も手も足もない人形を抱えた、シロウサギの姿を。
――ねぇ、シロウサギ。もう貴方が歪みを吸う必要はないわ。その役目は私が負う。私は歪みに強いから。だから、これ以上歪んでしまう前に、もうやめて。
――イリス……心配しないで。僕は大丈夫だよ。君の方こそ、無理をしてはいけない。この世界の住人は皆、アリスと同じくらい君を大切に思っているんだ。無理にアリスの影に徹して君が傷つくことは誰も望んでいないよ。
扉が閉じてから、この世界に留まるようになってしばらくたった頃に交わした会話。
あのあと何も言えずに俯いた私の頭をシロウサギは優しく撫でた。
温かい真っ白な手で。何処か愛しさを宿した瞳で。
それから直ぐ後にシロウサギはアリスのもとへ行ってしまった。
(この世界の中心はアリス。私はアリスを、そしてアリスに必要なこの世界を守ることが役割であり存在意義。
昔も今も、それ以外にどうしていいのか分からないまま……)
だから、私は役目を果たす。
例え、誰に止められようと。何を犠牲にしようとも。
(あーあ……もう充分、歪んじゃってるのかな、私)
自覚がなかった訳じゃないけど。
いや、自覚があるぶんだけまだマシなのかな。
「……、…………! イリス!」
「……え?」
「えっと、大丈夫? 呼んでも全然反応無かったから」
アリスが心配そうに私の顔を除きこんで来たことで、少し思考に浸りすぎていたことに気が付いた。
慌てて大丈夫と返す。
「気にしないで。たまにボーッとしちゃうの」
「…………」
「そっか。具合が悪いとかじゃないなら良かった」
頭上から落ちてくるなにか言いたげな視線は無視する。
もっとも何があろうと中身がうかがえないフードで口元以外に顔は見えないのだけど。
そんなことよりも、本当に心配してくれたのか、ほっとした表情を浮かべたアリスに私は嬉しさが込み上げていた。
彼女にとって私は初対面なのに。
やっぱり優しいね、アリスは。
prev /
next []
8/14