黒うさけん


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恋が芽生えた日【火黒】
 

 誠凛高校に通う一年生の火神大我は一人暮らしである。
 アメリカから父親とともに帰国したが、その後、すぐに父親がまたアメリカへ飛んでしまった為、すでに帰国子女を受け入れる中学校の転入手続きまでしてしまった大我は一人日本に残ることになったのだ。
 一人暮らしと言っても、高校に進学してからはほぼ毎日のようにバスケ漬けで、朝から晩まで学校で練習に明け暮れ、暇さえあれば公園のコートを使って一人でもバスケの練習をしているため、部屋に戻ってもただ寝るだけの場所となっている。
 そこに不便を感じたことは一度としてない。
 両親からいつでも自立できるようにと料理も家事もそこそこ躾けられていたおかげである。
 ひとつ難点を言えば、バスケの練習の後は酷く腹が減る。
 だが、部屋に戻っても誰も晩飯の準備をしてくれていない。一人暮らしなのだから当然である。むしろ、晩飯の準備がされていたら怪奇現象だと言っていいだろう。
 そこが一人暮らしにおいて唯一の難点だと常々感じていた。
 料理は嫌いではない。だが、疲れた後の空腹時に自分で晩飯を用意する間の時間が非常に耐え難い。
 ならばいっそ、晩飯を作ってくれるかわいい彼女でも作ればいいのかと考えたが、自分の頭の中がバスケ一色なので、彼女にかまっている暇すら時間が惜しい。
 そんなわけで、部活が終わった後は、手っ取り早く寄り道をして、ファーストフードの店で大量に100円バーガーを買い込んで食べることにした。一時的にそれで空腹を凌げる。後は部屋に戻って適当に何かをつまめばいい。
 ここ数週間続けてみてこれが一番経済的だという結論に至ったわけだ。
 勿論、大量のバーガーだけでは腹は満たせるが栄養が偏ってしまう。その辺は部屋に戻ってから軽く調理した野菜を食べて調整することにしている。
 そうでもしないと、誠凛高校バスケ部の監督が恐ろしいからだ。
 毎日のように食べたものチェックが入り、栄養が足りていないと、練習量が増やされる。ただでさえ、オーバーワーク気味だというのにその三倍も練習をさせられるなどたまったものではない。
 おかげで、カロリー計算や栄養バランス等、無駄な知識も増えた。
 余暇などに時間があればそこそここだわった料理を作ってもいい気もするが、残念ながらそんな趣味に回す時間など、どこにも無かった。
 おかげで、毎日のようにファーストフード店に寄り道をし、大量にバーガーを買い込んで一気に食べる様はその店の風物詩のひとつとなりかねない勢いがある。
 高校生とは言え、大人顔負けの体格をしている大我は、纏っている雰囲気も合わせてとても目立つのだ。
「ドリンクやポテトはいかがでしょうか?」
「いらねぇ」
「左様でございますか。バーガー十五個ですね。しばらくお待ち下さい」
 毎度のようにバーガーしか頼まない大我に、にこやかにジュースやポテトを勧めてくる店員だったが、素気無くそれを断る。
 五分も経たずに、山のように積み上げられたバーガーがトレイに載せられて渡される。
 このすばやい対応も気に入っている証拠だ。
 先ほどから腹の虫が煩くて仕方が無い。今日もバスケの練習が半端なかったからだ。
 日本では食品管理がしっかりしているため、こんなファーストフード店でも基本作り置きはされていないに等しい。
 多少アメリカのバーガーサイズに比べて小さいのが難点だが、そこは数を食べればいいだけだ。
 山積みのバーガーのトレイを片手に、大我は首を巡らせ、空いている窓際の席を発見しそこへと移動する。
 結構混んでいる時でも何故かそこだけ空いていたりするのだ。
 実は自分は運がいいのではないかと、鼻歌交じりに大我はその席まで移動して、トレイをテーブルの上に置いてから、椅子を引き腰を下ろした段階で、声をかけられて危うく椅子から転げ落ちそうになった。
「こんにちは」
「うわぁ! お、お前、いつからそこにいたんだよっ!」
 ガタンと大きな音を立て、今日は辛うじて椅子から転げ落ちなかった大我が、器用にバランスを保ちつつ、大きな声を上げる。
 これもいつもの光景である。
 店内にいる客も、それまではそこに誰か人が座っていたことにほとんど気づかないのだが、大我が椅子から転げ落ちそうになって初めてそこに人が居ることに気づく程だ。
 そして、そこに座っている少年、大我と同じ学生服を着ていることに気づき、何だ待ち合わせをしていたのか、と、意識をその二人から外していく。
 何度目か分からないくらい、当然のように何度も同じことを繰り返される日常だった。

 目の前には小さな、と言っても、高校男子の一般体型のほぼ標準かそれよりも少しだけ身長が低いだけで大我が規格外なのだが、大我からすれば小さく見える、ぼんやりとした目の少年がシェイクを飲みながら、片手に文庫本を持って大我を見上げてきていた。
「いつからと言われても、ずっとここに座っていました。火神君が勝手に僕の目の前に座ってきたんです」
「……またかよ」
「奇遇ですね」
 ぼそぼそと抑揚の無い声で、ずっとここに居たことを告げられると、大我は片眉を吊り上げて、改めて椅子に座りなおした。
 目の前の少年、黒子テツヤは大我のクラスメイトであり、同じバスケ部所属のメンバーである。
「お前さ、こんなトコでも気配消すのやめてくんね? 待ち合わせしてたみたいに見えるだろ」
「別に消してません」
「あー、元々薄いんだったな、お前の気配は」
「はい、そういうことです」
 つい先ほどまでも同じコートで一緒にパスの練習をしていたのだ。
 このファーストフード店は学校から数分の場所だとは言え、一体いつの間にここへ移動していたのだろう。団体行動というものをおよそ大我自身取らない方だが、影の薄い黒子は存在に気をつけていないとフラッと何処かへと行ってしまう。今日もそういえば、練習が終わった後、着替えている時点で黒子の姿を見失っていたのだ。
 黒子を認識せずに、何故か同席してしまい、挙句、驚くと言う行為を何度も繰り返しているのだが、実に懲りない。視界に入っていないものをどうして認識できるのか。誰も居ないと思っていたところで、突然声をかけられてどうして驚かずに居られようか。
 黒子の存在感のなさがすべて悪いのだ。ということにしている。
 黒子が目の前に座っていたからと言って、混雑している店内の他の席にわざわざ移動するのは面倒なので、その場でバーガーを手に取り包みを開いて大口を開けてそれに齧り付く。
 パサパサのパンにチーズ、それに安っぽい肉の味が口の中を満たす。元々安いのだから味にそれほど期待はしていない。だからどんな物だって食べられる。
「相変わらず、よく食べますね」
 普段は本に視線を落として黙ってシェイクを飲んでいるだけの黒子が、二個目のバーガーの包みを開けた大我に珍しく話しかけてくる。
「腹減ってんだよ。お前は食わねーのか?」
 勿論、分け与えてやるつもりはない。これは自分の取り分だ。
「僕はこのシェイクだけで十分です」
「そうかぁ? あんな練習したら腹が減って仕方ねーだろ?」
 大我の食事の量は成長期の一般少年達と比べてもおかしなくらい大量に食べている。ただしそれを全てカロリー消費してしまっているため、太ると言うことは無い。いまだ成長期のため、身長も伸び続けている。
 黒子は小さく肩を竦めて、首を振った。
「僕は激しい運動の後はあまり食べたいと言う欲求は出ません」
「だから、お前、試合途中で一旦引っ込められるんじゃねーの?」
 試合中、常に激しい運動を強いられるバスケにおいて、黒子の体力はとてもではないが、精々持っても三クオーターくらいだ。四十分フルに試合に出られることは滅多にない。
 それがあまり食べないせいだと考えれば、食べることで飢えを満たし疲れを取っている大我にすればもっと食べればいいのに。と思っても仕方がないだろう。
「それは仕方ないことです。そもそもボクのミスディレクションは長く持たないし」 
「ミスディレクションといえば、そういえば最近、俺、コートの中ではお前を見失わなくなったぞ」
 五個目のバーガーのぺろりと平らげてケチャップのついた左の親指をぺろりと舐める。
 試合中に、黒子がいつも以上に薄い存在感を完全に消して、思わぬところからボールを奪うという戦法は、相手チームにとっては衝撃に他ならず、試合を優位に運ばせる為の手段の一つだ。勿論それだけに頼っていては、勝つことすらままならないだろうが、他の選手もそこそこ実力をつけてきているので、強豪校と言われるチームと比べても何ら遜色ない程度には実力があるのではないかと思われる。
 思われるというのは、実際の所戦ってみなければどうなるか分からないのが実情である為だ。
 もっと確実に勝てるほどの実力をつけるために日々練習を欠かさないのだ。
 そんな中、当然存在感の薄い黒子は、忘れられがちだが、試合中にどこからボールが飛んでくるかを見るためには、黒子自身の動きもある程度は把握しておかなければ連係プレイなど出来ないだろう。
 だから黒子を見失わなくなったのは大我にとってすばらしい進歩だと思うようにしている。
 元々はボールを目で追っていると、その先に黒子がいたのだが、最近は黒子がいるから黒子の動きを読んでボールが飛んでいく場所を割り出せるようになった。
 おかげでパス練習のときに失敗をしなくなったし、監督に怒られることも少なくなった。
「そうですか、もう慣れたんですね」
 黒子は表情を変えずに、そう言うと、ずずっと音を立ててシェイクを飲んだ。
「ん〜、逆にコートの中だとどこに居ても分かるようになったっつーか」
 流石に目を瞑っていてはどこからボールが飛んでくるのか分からないので、無理だが、黒子の静かな足音は聞き分けられるようになった。
「……それは結構すごいですね。嬉しいです」
 黒子は何度か瞬きを繰り返すと、うつむいて口端を吊り上げる。
 表情は余り変わらないが、どうやら喜んでいるらしい。
 大我はニヤリと口端を上げて最後の一個になったバーガーの包みを開き、黒子の目の前に差し出す。
「だから、神出鬼没のお前の技、多分俺には通用しないぜ」
「……それ、青峰君に同じことを言われました」
「アオミネ? ああ、奇跡の世代の一人だっけ?」
「はい、彼もボクのパスを受けていましたから」
「へぇ、それじゃあソイツと当たるまでにもっと何かすげーのを考えねーとな」
「そうですね。ところでこれ、食べていいんですか?」
 ずっと差し出したままだったバーガーを指差されて、あっと思った瞬間には、一口齧られていた。
「あっ! てめー、何勝手に食ってんだよ」
 さっと自分の方に引き寄せたときには既に遅し。
 バーガーには黒子の口のサイズの小さな齧った後が、残っている。
「目の前に差し出されているとおいしそうに見えました」
「このやろ」
 目くじら立てるような量ではないのでジロリと睨むだけ睨んで、残りを全部一気に口の中に含んだ瞬間、黒子が「あ」と声を上げた。
 何だよと、食べるのをやめずに視線を黒子に向ける。
「間接キスになりますよ、それ」
「ぶほっ」
「……汚いです、噴きださないでくれませんか?」
 意外な言葉に思わず、目の前の黒子に向かって盛大に齧っていたバーガーを噴き出してしまった。
 まだそれほど咀嚼をしていなかったおかげで、固形物だったが、見事にそれを真正面から受けた黒子は迷惑そうに眉を顰めた。
「げほっ、げほっ、それ寄越せ」
 飲み物を買っていなかった大我は黒子の持っていたシェイクを奪って、半分くらい残っていたのを一気に飲み干す。
「あ、また……」
 黒子が更に眉根を顰める。とても迷惑そうな顔だ。
「火神君、それは間接キスです」
「ぶはぁっ! て、てめぇ、俺を殺す気か!」
 最後の一口が逆流しそうになるのを辛うじて留めた大我は、ダンと大きな音を立ててシェイクの容器を黒子の目の前の机に叩き付けた。
 紙コップの形がグニャリと歪む。
 そんな音には余り動じずに黒子は小さく首を振った。
「殺すつもりなんてありません。ただ、事実を言っただけです」
「お前は、ジョシコーセーか!!!!」
 ガッと詰襟の首を掴んで、黒子を大我は引き寄せたが、ざわざわと周囲から注目を浴びていることに気づき、手を放す。
 こんな所で問題起こす気はさらさらない。くだらないことで頭に血が上ったのが突然馬鹿馬鹿しくなったのだ。
「おい、出るぞ」
「え? は、はい」
 居心地が悪くなったし、全部食べたし、で、大我はテーブルの上のトレイを持って黒子に声をかけた。
 流石にここは空気を読んだのか、黒子も荷物を纏め、拉げた紙コップを持って後についてきた。
 ごみを捨てトレイをゴミ箱の上に置いて、大我は後ろを振り返らずに早足でファーストフード店を出る。
 黒子がちゃんと後ろをついてきている気配は感じていたので、しばらくそのまま歩いた。
 この辺りは人通りが途切れることのない開けた場所なので、行き交う人とぶつからないように避けながら歩いていると、後ろから黒子が声をかけてきた。
「あの、火神君」
「あ?」
 歩く速度を落として、立ち止まると、ぴったり後ろを歩いていたらしい黒子がドンと背中にぶつかってきた。
「いた。急に立ち止まらないで下さい」
「お前が名前呼んだんだろ?」
「ああ、そうでした。あの、ボク、こっちなんで」
 少し赤くなった鼻を押さえつつ、黒子が指を指した方向は駅の方だった。
「ああ、そうか、じゃあな」
 片手を上げて歩を進めようとすると、黒子が大我の学生服の裾を掴んで来た。
 クンと引っ張られる感触に仕方なく足を止めて、黒子を見下ろした。
「何だよ?」
「さっきの、怒りました?」
「あ? いや、別に?」
 二十センチ以上身長差があるため、黒子が随分小さく見える。
 どうやら、黙ってここまで歩いてきたことで、黒子は大我が怒っているのかと心配しているようだった。が、実際の所は、あれだけバーガーを食べておきながら、今夜は何食おうかと考えていただけなので、大我はあっさりと首を振る。
「そうですか、さっきボクが変なこと言った所為で腹を立てているのかと思いました」
 ホッとしたような顔で大我を見上げてくる黒子の顔に、ふと違和感を感じ、大我はジッと見つめた。
 よく見ると、黒子の唇の端にケチャップがついている。
 さっき勝手に大我の持っていたバーガーに齧り付いた時から付きっぱなしだったのだろう。
 プッと大我は吹きだして、指で拭ってやった。
「あれ? お前、……ケチャップついてんぞ」
「え? あ、さっきの……」
「ここまで来るのにずっと付けっぱなしだったのか? だせぇ」
「酷いですね。鏡なんて持ってないので自分の顔見られるはずないでしょう? あ……」
 指についたケチャップをどうしようかと思ったが、ティッシュペーパーなど持っているはずもなく、仕方なくぺろりと舐める。ケチャップだし、別に汚いものでもないだろう。
 それを見て「あ」と黒子が声を上げるので、特徴的な二股に分かれた眉を吊り上げて、大我は黒子を見た。
「ンだよ?」
「あ、あの、ありがとうございます」
 黒子がやけに頬を赤く染めてもじもじとしている。
 何だか大我まで変に意識してしまい、パッと目をそらし、舐めた指をもう一度舐める。
 もうそこからはケチャップの味はしない。
「……いや、別に」
 二人の間に沈黙が下りて、少し居心地の悪さを感じた頃、俯いていた黒子が顔を上げた。
「一つ、提案していいですか?」
「ンだよ?」
 普段は何処を見ているか分からない淡いブルーの瞳が大我を見上げてくる。
「練習が終わってからファーストフード店で合流が嫌なら、一緒に行けばいいんじゃないですか?」
「あ? ……まあ、別にいい、けど?」
 別に意図して、練習終了後にファーストフード店で合流しているわけではない。
 毎回、たまたまかち合うだけだ。
 その際に、存在に気づかずに驚かされるのが大我のハート的によろしくない。
 ならば、目的地は同じということで、練習後に一緒にそこへ向かうことにすればいいだけではないか。
 別に、否を唱えるほどの提案ではなかったので、大我は頷いた。
 ちょっとホッとしたように黒子が小さく息を吐き出す。大我はそれには気づかなかった。
「それじゃあ、火神君、また明日」
 ぺこりと頭を下げて、黒子がニコリと珍しく笑う。
 火神は一瞬、その黒子の表情に目を奪われてしまった。
「……ああ、またな」
 黒子はもう一度頭を下げて、駅のほうへと歩き始めた。
 大我はその小さな背中を見送りつつ、ゴシゴシと目を擦る。
 一瞬、黒子が可愛く見えた。
 何だったんだろう、今のは。
 幻想か?

 





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