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密約 (弐)

ざわざわ、ざわざわ
ざわざわ、ざわざわざわ

都会の雑踏のような、
たくさんの木々の葉すずれの音のような、

はっきりとは聞こえないからよくはわからないけど、ざわざわざわざわと音がする。

何故だか目を固く閉じている事に気がついて目を開けるとどこかの山中で色見をなくした蒼白の顔で私を大きな木に押しつけている竹中半兵衛の顔が目前にあった。

はぁ、っとため息の様に吐かれた息が苦しそうで…

もう隠し通せる状況でもないのかゲホ、ゴホッと咳き込みだすその口許からバッと彼岸花を思わせるような赤い色が零れた。




「…ゴホッ」



「…」
「…ッ」


「私、竹中様と心中まがいなことは、嫌です」


「…」




…どうしよう。
偽善的な言葉でもいいんだろうか。その方が人として人らしい行動なんだろうか。
間近に迫った死を受け入れてる人に対して何を言ったらいいのかなんて、私は知らない。わからない。

豊臣はあなたの望み通りに天下をとるんですよ。と言えば…いいんだろうか、



「…、」

「…」











なに?何を言ってるのかよく聞こえな…
私はどうしたらいいんだろう?

泣いたところでどうにもなりはしないのに、泣きたくなるのはどうしてなんだろう。

赤みのさしていない白い頬。
苦し気に吐かれる息と冷たい手。


ただ、ぐっ、っと泣きたい衝動にかられるのを無意識に耐えると、息がつまって苦しくて――






そこでパチリと目が覚めた。


え、えと…、?
夢?夢だったのかな?


生々し過ぎて我ながらリアクションに困ってしまったじゃないですか。
………意味わからないです。
最後何を言いかけたんだろう?

…ダメです。考えてはダメです。考えたら押しつぶされそうになるじゃないですか。それにこれは夢じゃないですか。

関わらないと初めに決めたじゃないですか。絶対に関わらないって。

抜け落ちてつぎはぎだらけになっている記憶に感謝をしたじゃない。
先を知らない方が、先を知らない事が、幸せな事なんじゃないかと何度も思ったじゃないですか。


こんなの夢でも勘弁してほしい。

ヘコむ。夢見悪う…
時間逆算したとしたら、


…はぁ、



考えたくない。考えたらダメです。ダメなんです。

とりあえず体を起こす。
うーん今、朝?夕方?どっちなんだろう。障子にうつる光が眩しいけれど、朝焼けなのか夕焼けなのかどちらかわかんないです。

…ここどこだっけ?
あいたた、?鳩尾に鈍い痛みが、するような…



「やっと目覚めたみたいだね」

「…」
「寝起き悪い方?」

「…」



悪くはない方です。
悪かったら明智さんから逃げきれていないですから。

あ、そうでした。そうでした。
そう言えば誘拐されたんでしたね。私なんかを誘拐しても意味なんかないと思うんだけれど。

どうして猿飛佐助なんだろう?ただ、確実に武田なんですよね。

武田信玄か真田幸村か、どっちなんだろう。真田幸村…がこんな風に人を拉致する様な事を考えますかね?…と、なると武田信玄の方だろうと考えるのが妥当ですね。の、前にどうして私なんぞを誘拐しようと思ったのかがやっぱり謎でしかないです。

真田幸村か、遠目にでも拝見できるといいなぁ。
素直ないい人のいい印象しかない珍しい人なんですけど。

せっかく明智さんに慣れてたのにな。大体初めに明智さんに当たる辺り私の運はあまりよろしくないですよね。
と言うことは、理由はわからないけど、殺されたり殺伐な話になったりするのでしょうか。

…意外と冷静でいられてるかな。よし、このまま落ち着いていられる様にテンションを保っていよう。



「何やってんの?」
「どういう意味ですか」
「嬉しそうな顔したと思ったら突然真顔になるから」
「…そうですか」
「何考えてるの?」
「何も」

「…」

「何もという事はないですね、普通の事は考えていますよ。どうして私はここにいるんだろうか?とか。それには答えてもらえるんですか?」
「それは俺様の仕事じゃないから」

「…はぁ、そうですか。ムダな事を聞いてすみませんでした」



隠す気が全くないのかあからさまに不審者を見る目で見られてるし、名前も名のられていないし、当たり前だけど『何で知ってるの?』と聞かれたら色々面倒なのでこういう時には、何でも知らない風にしてスルーするに限るから知ってることをバレないように気をつけないといけません。

あ、思ったそばからだけど、そういや霧隠才蔵いるならみたいなぁ。
後、知ってる名前は二、三人しかいないけど。



「…」

「御館様が呼んでる」


「…」
「聞こえてるの?」
「あ、すみません。御館様とはどなた様ですか?」

「今から会うんだから、そこで聞いてもらえる?」

「わかりました」



猿飛佐助がお館様という事は、武田信玄ですよね。

立ち上がり先導するように歩くまだ名乗られてはいないけれど、猿飛佐助の後について歩いた。




***





御館様は博物館とかで見た事がある中くらいの木像の大仏を思わせるくらいに大きかった。というか、圧倒され過ぎてそう見えた。明智の人はみんな線が細かったですよね。

一応ちゃんと挨拶したけど、省きます。で、乱暴な真似して悪かった。と謝られた。猿飛佐助の事も紹介されたからうっかり名前を呼んでしまっても大丈夫な状態になりました。

残念なのは、真田幸村がいなかった事です。一目でいいから見る事ができることに期待したいです。

それから猿飛さんが投げた煙り玉でしたっけ?忍者が去り際に投げると煙り出るやつに薬が含まれてたらしく二日間寝ていたことを聞いた。…二日間ですか。それは夢見が悪くてもしかたがないですよね。あんな夢は二度と見たくないです。


どうやら私に会わせたい人間がいる。と言うのが誘拐されたひとつの理由らしいんだけれど、私には塵ほどにも心当たりが無さすぎて混乱するなという方がムリだという状況になってます。



「会わせたいですか?」
「うむ」
「…」
「心配せずともよい。会えばわかる」
「…はい」

「朝餉の後にでも場を設けよう」
「わかりました」

「して、……」

「?」
「…」

「何でございましょう?」


「うむ。百聞は一見にしかずと申すが、真判らぬものよのう」

「何の話でございますか?」
「其方、世間で自分がなんと呼ばれておるか知っておるか?」

「え?」


「知らぬか」
「はい。存じ上げません。よろしければ、教えていただけますか」

「…うむ。其方は明智軍の若き鬼神斉藤利三と軍師明智秀満を手懐け、
死神と呼ばれるあの明智光秀に望まれ、
尚もあの名高き豊臣の軍師竹中半兵衛にまでも望まれた女人と言われておる。

一部には傾城の様な悪女に違いないと言う輩もおるが」

「…」



話しは続いてるみたいだけど
………OH,What!?
ワタシ、ニホンゴワカリマセン〜
それほとんど日本語じゃないか。と冷静に脳内で一人空しくツッコミをしてみるけれど、一瞬思考も体もピシッと固まってしまいました。

え、え?日本語が難しい。
日本語でしたよね?あれ?読解力がどこかにきえてしまいました…

何分聞きなれない耳慣れなさ過ぎる言葉の羅列だったもんですから。

よぉし、落ち着け落ち着け。

傾城?とはなんですか。
あ、あれですか、
ちょっと規模が違いすぎるけど、傾国の、妲己とか楊貴妃とかのヤツですか?
傾城とは、国の部分が城だから城が傾く感じだと想像すればいいのですよね。

いや、明智さんも竹中半兵衛の城も傾くどころかますます繁栄してきていませんか。何気に綺麗で趣味のいい坂本城に、織田信長が狙ってるくらいの城の一度は行ってみたい稲葉山城ですよね。

えぇ、それ誰?
私じゃないよね?え、私じゃないですよね!

私、いま名前の出た全員に『色気がない』と屈辱的な言葉を投げつけられた事がありますから。ぶん殴られた気分を味わったことがありますよね。平手打ちどころじゃなくてグーで殴られたくらいのダメージがありましたもん。

うん、よし大丈夫。私じゃない、私じゃないよ、絶対に!
と、混乱していると突然御館様が大きな声で笑ったので、我に返った。



「…え?」
「いや、そう言う話しも聞こえていたと言うことぞ」
「はぁ…、はい。教えていただいて有り難うございます。なかなかな珍妙極まりない噂でございますね」



どうやら色気話とは程遠いのは理解してもらえたらしい。いや、それはそれで空しい気もするけど、そんなの冗談じゃないです。

呆気にとられていたけど、どっとストレスが溜まる音が聞こえてきそうだ。
いまドッって聞こえた。ドッって。と、言う事で一応一旦部屋に戻って食事をする事になったのでした。



「あの、武田様」
「何ぞ?」
「少々大きな声を出してもかまわないでしょうか?」
「かまわぬが、何ぞ申したいことがあるのか?」

「いえ、大きな声が出したいだけにございます」

「うむ、かまわぬぞ」
「有り難うございます」



と、御館様の元を後にして私にあてがわれたらしい目が覚めた部屋に武田の女中さんに先導してもらいながら向かっていると、イライラが段々つのってきた。



「……………………」




何でですか。なにゆえですか。何がどうなってそんなクソの様なねもはもない噂が…、

只でさえ色気がないだとか言われてるのに、ますますお嫁にいけなくなるじゃないですか!いや、この過去の世界でお嫁に行きたいとは思わないですけど、そんなクソのような噂は嫌だー

何歳なのかは知らないけど、竹中半兵衛にだって奥さんも子供いるんじゃないんですか?いてもおかしくない様な時代ですよね。何歳なのかは知らないけれど、二十代後半な気がするから絶対いるでしょう。いるに違いない。…え、いますよね。


…あれ?微妙なショックが襲ってくる。

そうですね。大好きな芸能人が結婚発表な芸能ニュース見た時の気持ちはこんな感じなんですかね?そこまで好きだと思った芸能人なんていないからわからないですけど。

うぅん、でも始まってもないのに勝手に失恋しちゃいました!的な。そんな気持ちになっているんですけど。あの竹中様を好きだとか思ったことは多分ないですから…そうに違いない。
妄想に失恋しました!
む…、むなしい。


あ、頭が勝手に脱線してました。すみませんでした。どっちにしろ側室ありの時代だから、考え的に時代がズレてる私には良くはないけど、時代的には良いのか。あれ?思ってて意味がわからなくなってきた。
いやいや、やっぱり悪女って、なんなんですか!そんなん嫌だ!


竹中半兵衛に至っては、先日豊臣軍が織田軍を抜ける直前位に会った時に、相変わらずの言葉の誘いを断ったら、直訳すると『今度会ったら殺す』的な事を遠回しに言われたのに。

…うえぇ、思い出したら怖すぎて背筋が寒い。
あの時の竹中半兵衛の冷たくて綺麗な笑顔が思い出しても怖すぎます。あ、だから夢見が悪かったんですね。

うおぉ、噂なんぞくそだ!

女中さんに超がつく愛想笑いをして、部屋に一人にしてもらうと我慢ができずに絶叫。



「…こらぁ!勝手な噂流してんなよ!そんな訳あるか!で、明智さんがそんな可愛らしい人な訳あるか、で何で竹中様なんじゃ!お前等はどんだけ暇なんだ!どこぞで井戸端会議してる暇で噂好きな輩かー!!!
……ゲホッ、ゴホッ」



うぅ、ゲホッゴホッと、一気に力の限り叫んだら喉にきた。喉がひりひりする。
はぁ、でもスッキリした…。

と、思ったら館の色んな所から笑い声が聞こえてきた。
なんだか笑われてる。
まぁいいですよ…、もう何て思われてようと気にしない様にしますから。

はぁ…そうだ、秀満さんは大丈夫かなぁ。気にしてヘコみ過ぎていないといいけど…

初めて怖い顔してるの見たから、本当に気にしてないといいんだけど…



「随分な言われ様だね〜」
「思ったこと言っただけです。あなた達が私の事をすき勝手に言ってた様に」

「俺様嫌われちゃった?」

「嫌いだとかとんでもないです。怖いだけです」


「…驚かないんだね〜」

「は、い?」



嫌ってはないけど、素直に怖いんですよ。って、何の事?驚かないというのは?



「…」

「はぁ、もしかして気配の事ですか?」

「…うん。そうだね。何で?」
「明智さんの気配わかりますか」

「まだ、直接対峙した事はないね」
「そうですか。明智さんに『鍛えられた』が正解です。明智さんとよく恐ろしい鬼ごっこをしていたので、変に慣らされてるだけです」

「へぇ〜」



りある鬼ごっこで勝手につちかわれましたよね。
はぁ…対峙ですか。怖い言い方するなぁ。素ですか?それともわざとですか?

と、襖がスパーンといい音して開くと私の腹筋持つかしら?な人がやって来た。



「…?」

「独眼竜だよ」

「HEY!あんたが玉緒か?」



マズイなぁ。
この数秒後には理解することだったけど、私にとっては笑いのツボ過ぎる人物の登場だった。
20140201