冷静になって教室の中を観察してみる。
いままで周りの様子をじっくり見ることなんてなかった。
きょろきょろして怪しまれるのは嫌だし、だれかと目が合ったら気まずいから、とにかく手元に集中していよう、と俯いていた。
でもしっかり教室の中を見渡してみると、だんだん自分の置かれている環境がわかってくる。
2-Bは、個性的な人が多くて、ちょっとまとまりがないけど、だからといって大きな問題を起こすような人もいないし、柄が悪い人も……いないはず。
アイドル科なだけあって、見た目が派手な人は多いけど。
今日は席に座っていても、周りからの視線を感じない。
おかげでいつもより退学レポートがよく進む。
夏休み中に寝る間も惜しんで書いたおかげで、レポートはだいぶ進んでいた。
3分の1は書けたんじゃないだろうか。
ネタは切れてきたけど……
たまに読み返して消して、もう一度書き直したり。
あ、間違えた。
「あれ……」
字を間違えて書き直そうと消しゴムを探すと、ペンケースの中には見当たらなかった。
忘れてしまったみたい。
「…………」
消しゴムがないことには文字は消せない。
今日はこのあとも授業があるし。
だれかに借りる……なんて勇気がない。
隣の席の凛月をちらっと横目で見てみるが、彼はやっぱり寝ていた。
でも他に声をかける人がいない。
「……凛月」
考えてみれば、凛月の名前を面と向かって呼んだのは初めてだ。
男の子を名前で呼ぶこと自体初めてのことなのでちょっと戸惑う。
呼んでも起きないし。
「あの、凛月」
休み時間の間に解決させたいので、触れていいものか悩んだ末に、凛月の腕を軽く揺すってみる。
……熟睡してるのかも。
「ん〜……なに?安眠妨害なんだけど」
起きたのはいいけどすごく機嫌が悪かった。
「消しゴム、貸してください」
「はぁ……消しゴム……?」
そんな理由で起こすな、と思われただろうな。
まだ完全に目覚めきっていない彼は、しばらくぼーっとしていた。
聞いてから思ったんだけど、凛月は消しゴムを持っているのだろうか。
彼が普段真面目に授業を受けてるところ、そういえば見たことない気がする。
「どこだっけ……あったような気がするけど」
あるんだ。
どう見ても凛月の荷物は少ないし、そこから小さな消しゴムがでてくるとは思えなかった。ノートを開いているところも見たことない。
「やっぱりない。どっかいったのかも?」
「大丈夫、ですか」
「俺は大丈夫だけど、あんたは必要なんでしょ?」
必要か必要じゃないかと言われたら必要だ。
一日消しゴムなしで生活するのは、気が重い。
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