「なんだ、そっか!そういえばここだった気がする!なんか空気が変わったからさー。あいつらがおれのこと探してるらしいんだよ。いまさらおれが戻ってもどうにもならないのにな?」
この人のいうことはなんだかどれも他人事みたい。
でも、探してもらえるのは、なんともうらやましいことだ。
必要とされているってことだから。
だれかに、ここにいていいよ、ここにいてほしい、と思ってもらえること以上に、嬉しいことはない。
「必要とされているなら、いいことだと思います」
そっと呟くと、彼はわたしのことをじっと見つめた。
不思議な力のある瞳だった。
じっと見つめていたら、間違って吸い込まれてしまいそう。
あんなにうるさかったのに、急に黙られると逆にこわい。
変なことでも言ってしまったのかも。
「なあ、おまえなんか書くもん持ってる? いまちょうど霊感(インスピレーション)が湧いてきたんだけど、ネタ帳もペンも見当たらなくてさ!この感じだとまたどっかで落としたみたい!」
道に迷ったあげく、物までなくすなんてこの人どうやって生きてきたのだろう。
人の心配をしている場合ではないのだけど、とりあえず鞄の中を探る。
ちょうど授業のあとだから筆記具は持っている。
でも、紙は……
あ、そうだ。
「これでよければ……」
一瞬の迷いのあと、白紙の退学レポートを一枚差し出した。
枚数は十分あるのだし、一枚ぐらい減っても先生だって気づかないだろう。
「おお、ありがと!だいすきだ、愛してるよ☆ おまえ名前は?」
「名字名前です」
あなたの名前は、と聞こうとして聞く勇気がなかった。
名前を聞く理由もない。
「名前な!覚えたよ!たぶん!また会えたらそのときはよろしく……☆」
彼はそう言ってどこかに消えていった。
台風のような人だった。
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