「これ、ありがとうございました」
彼のもとに駆け寄って、紙袋を渡す。
というより、無理やり押し付けるような形になってしまった。
もっと優しく渡せばよかった。彼も目を丸くしている。
「ありがとうございます。わざわざ申し訳ありません」
申し訳ないのはこっちなのに、彼は小さく頭を下げて優しく笑った。
本当に礼儀正しい人だ。
だから思わず話しかけてしまった。
「練習、ですか?」
「はい。先輩方がみえるまでにlessonを。どうしてもうまくいかないところがあるんです」
熱心なことだ。本当に。
「あの、さっきのターンは……右足を軸にした方が、次のステップにつなげやすいかも、です」
「え?」
「こうやって……」
きょとん、としている彼の前で、くるっと回って見せる。
そのまま足を動かして。
そう、たぶんこんな感じのステップ。
小さいころ、くるくる回って遊ぶのが大好きだった。
いつも隣で一緒に踊ってくれる人がいたから。
その人に褒めてもらうのが嬉しくて、踊っていたのかもしれない。
小さな踊り子になった気分で、いつまでも踊っていたかった。
「marvelous……!どうやってそれを?もう一度見せてください!」
「えっと」
そこで、視界の隅に人影がうつる。
目の前の彼と話すのに夢中で、他のことが目に入っていなかった。
まさか、だれかが見ているなんて。
「あ、先輩方。お疲れ様です♪」
わたしの視線の先を見た目の前の彼が、呑気に挨拶をする。
まずい、見られた。
ここからはいつもどおり、逃げ足だけは早いので、ささっと帰り支度をしてその場を去る。
いや、去りたかった。
「ちょっと待った」
スタジオの入り口で突っ立っていた三人のうちの一人に腕を掴まれる。
とっさに腕を引こうとしたものの、すごい力で掴まれて振りほどくこともできなかった。
男女の力の差では、さすがのわたしでも振り切ることができない。
「ふ〜ん、案外使えるんじゃない、あんた」
この先輩は苦手だ。
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