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何事もなく二階の大広間の前を通り過ぎたとき、衣装部屋から騒がしい声がした。
中を覗く暇もなく、人影が飛び出してくる。


「!?」


視界の右から左へ吹っ飛んできたものが、大きな音を立てて壁に激突する。
……晃牙、なにしてるの。

頭はまずい。打ちどころが悪ければ命に係わる。
彼は横にいるわたしには見向きもしないで衣装部屋に向かって吠えた。


「あぁあ?テメ〜が余計なことするからこんなことになったんだろ〜が!」


元気そうだから医者を呼ぶ必要はないかな。
どんなことになったのか非常に興味があるけど、嫌な予感しかしないから黙っておく。

行く手を遮られて立ち止まっていると、衣装部屋の横からなずなが顔をだした。


「お嬢様、危ないからあっちに行っててくれりゅか?ごめんな?」


確かに身の危険を感じたので、おとなしく一歩下がった。
まだ屋敷からでてすらいないのに、学校までの道のりは意外と険しい。


「こっちです、お嬢様」


後ろから創に手を引かれて、安全な場所へと誘導される。
小さくて細いのに、絶対にわたしを裏切ったりしない手。


「すみません。怪我はありませんか?」


窓から差し込む太陽の光で、水色の髪が透き通って見えた。
心配してくれてありがとう。

あと一歩踏み出していたら晃牙の衝突に巻き込まれていたかもしれない。
今日のわたしは運がいいのかも。


「創たちこそ大丈夫?今日はなんだか荒れてるね」


静かな屋敷もそれはそれで珍しいけど、朝から執事が吹っ飛んでくるのもおかしな話だ。

この屋敷に静寂が訪れることはない。
わたしが六歳になった日からずっと。


「いつものことですから。確かに今日は少しバタバタしてますけど。そろそろお嬢様がでかけられる時間ですし、おさまると思います」


ふわり、と天使のスマイルをみせてくれる。

そうだった。
戦場に赴く前に毎日欠かさずすることがある。
正確に言うなら“される”こと。