レオの首根っこを掴んで部屋をでると、扉のすぐ横に人の影。
屋敷には多くの使用人がいるので、驚くことはない。
「うわ!お、お嬢様、おはようでござる……」
わたしの姿を見て、大袈裟なくらい飛び上がったのは執事の忍。
怖がられる覚えはないのに、なぜか彼はおかしなくらい怯えていた。
突然の登場に、わたしも少なからず驚いたけれど。
「忍、なにしてるの?」
おはよう、と返してから問いかける。
部屋の前にいたぐらいだから、なにか急ぎの用事でもあるのかもしれない。
「べつになんでもないでござるよ!気にしないで」
けれど、彼はぶんぶん首を横に振って俯いてしまった。
わたしも忍も、気持ちを伝えるのが苦手なの。だからそれ以上は、聞けないし、言わない。
黙り込んでしまった忍が、わたしの右手にぶらさがったものを見て不思議そうに首を傾げた。不思議どころではないよね。わたしだって怪力の持ち主ではないから、年上の男の子を引きずる力なんて持っていない。
「レオ、自分で歩いて」
せめて自分で歩いてくれるなら、手を引っ張ってあげるくらいはしてあげてもいいのに。思い通りにいかないところは、自由気ままな猫みたい。ほら、歩いて。
「おお!霊感(インスピレーション)が湧き上がる!!いまだ!名曲が生まれるぞ☆」
聞こえてきたのはもう何度も聞いたことのある霊感(インスピレーション)だった。珍しいことに、今日はネタ帳を手に持っている。わたしに引っ張られた状態のまま、器用にもなにかを書きなぐっていた。これでは、自分で歩いてくれそうにない。
わたしを見かねた忍が、戸惑いつつも口を開く。
「お嬢様、よければ拙者が手伝うでござるよ?」
「ほんとう?ありがとう、忍」
お礼を言うと、忍は嬉しそうに頬を染めた。
そうこうしている間にも「妄想が宇宙を包む!」なんて言葉が聞こえてきて、忍と二人で目を合わせて小さく笑う。
いまから向かうのはもちろん、泉のところ。
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