「パパ!ママのこといじめたらだめだよ!」
「リオ」
リオがわたしの前に立ってレオくんに向かって叫ぶ。違うんだよ、リオ。いじめられてるわけじゃなくて。
「そうだよな。おれが悪いんだよな、全部。じゃあおれがどうしたらよかったのか教えてくれよ。名前が望んでくれたらなんだってするからさ」
低いトーンで優しく紡がれた言葉が、逆にわたしを恐怖させる。
望んでいることなんて、至極簡単なことだ。いつもみたいに笑ってほしい。
「急にそんなこと言われても困るよ。どうしたの?レオくんもおやつのプリン食べたかったの?」
この状況でよくそんなことが言えるな、と自分で自分が信じられなかった。
でも本当に信じたくないのは、危険な方へと進んでいるわたしたちのこと。
レオくんはもう笑ってくれない。
「もういい!名前の浮気者!他のやつがいいならそいつとでかければいいだろ!おれなんかに構ってないで!」
そうだよ、プリンの話なんてしてる場合じゃないの。レオくんを余計に混乱させるだけだってわかってるのに。
「パパ!なんでそんなこというの!ママがかわいそう!」
リオはわたしの前から動かなかった。小さな肩が震えていることに気づく。
「パパなんてきらいだ!」
きらい。だめだよリオ。レオくんにその言葉は。嫌いなんて言っちゃだめ。
「リオ!パパになんてこというの」
リオがびくっと肩を震わせた。怯えているのは明らかだった。
視界の端で、レオくんが静かに立ち上がるのが見えた。
「名前がここにいるなら、おれがでてくよ」
「ちょっと、レオくん!待って」
伸ばした手はレオくんには届かず、宙をさ迷ってなにもつかめない。触れたら壊れてしまいそうで、眺めることしかできなかった。
レオくんが部屋をでていって、玄関のドアが閉まる音も聞こえて、リオと二人で部屋に残される。リオが生まれてから、この家がこんなに静かになったことはない。
レオくんを追いかけるべきなの?でもリオを置いていくことはできない。
「リオ、嫌いなんて言ったらだめだよ。パパは悪くないんだから」
優しく伝えようとしても、逆効果だった。リオがわたしを守ろうとしてくれたのに。わたしはレオくんを守ることに必死だった。
二人ともわたしの大切な人。大切なものの重さは、はかりでは測れない。
「ママ、おこってる?パパもおこってたよ!リオがわるいの?」
「そうじゃなくて」
「パパどっかいっちゃった……うぅ」
泣き出したリオが一瞬レオくんに重なって見えて、言葉がでてこなかった。わたしが茫然としている間に、リオが走って部屋をでていく。待って、二人ともいなくなったらわたしは。
「リオ!」
すぐに走って追いかけると、隣の部屋に駆け込む後姿が視界に入った。そっと部屋に入ってもリオの姿はない。
でも耳を澄ませば彼女の居場所はすぐにわかった。クローゼットの中から聞こえる、鼻をすする音。
「リオ?聞こえる?怒ってないからでてきて」
とんとん、とノックしてみたけど反応はない。無理に引っ張り出すわけにもいかないし、そんなことしたら事態は悪化するだけだ。しばらく時間を置いて、でてきてくれるのを待つしかない。
レオくんも戻ってきてくれることを信じて。
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