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繋いだ手はびっくりするぐらい冷たかった。


「幼い頃から身体が弱くてね。あまりこういう場には出席しないようにしていたんだけど」


彼にとってはもう慣れたことなのだろう。
そういえば保健室で初めて会った時も、彼の顔色はあまりよくなかった。


「無理はしないほうがいいです。死んでしまったら、意味がないです」
「ふふ……そっくりそのまま君に返したい言葉だね」


わたしのことと、あなたのことでは事の重大さが違うような気もするけど。

でも、確かに、わたしはいつ死んでもいいと、思っていた。
いつ死んでもだれも困らないと。
それこそ慣れてしまったみたいに。まるで当たり前のことみたいに思っていた。
わたしよりもっと必要な人が生きられるなら、こんな無意味な人生すぐに終わらせてしまいたいと、思っていた。

思っていたのに。

だれかのためじゃなくて。比べるんじゃなくて。
わたしはわたしのために、生きたいと思った。
否定されたとしても、わたしよりお兄ちゃんのほうが価値があったとしても。
わたしはわたしのためにここにいたいと思った。


「消えて、しまいたかったです」


繋がれたままの手から力を抜く。恐れる必要なんてない。
本当に恐れるべき相手はきっと、この人じゃない。


「いなくなることは簡単です。ここに残るのはすごく難しくて、つらいこともあるし、わたしには似合わない世界だし」


どんなことでも、やめることはかんたんなのに、続けることは難しい。
似合うことも、似合わないこともあるし、周りからの反応だってさまざまだし。
簡単に生きられて、簡単に居場所を得られて、自分にしかない才能を開花できて。
そんな世界は、きっとどこにもない。


「でも、光が見えたんです。今までずっと一人で思い込んで、正しいと思うことを一人で信じていた。ずっと真っ暗なトンネルの中を歩いて、出口がみつからなくて。でも後ろを見ても入り口さえも見えなくて。戻ることも進むこともできなくて、周りをどんどん巻き込んで触れた人を傷つけてしまう。本当は友達だと思ってくれていたかもしれない人も、わたしはわたしが無知だったからぜんぶ失ってしまいました」


人の前でこんなに話したのは久しぶりだった。
気が付いたら周りの音がすべて消え去っていた。
目の前に見えるのは、そう、あのときの。


「でも、そんなときに光が見えて。嬉しかった」


――名前。


ほんの些細なことで、生きる意味をみつけられる。


――おれたちが無事でも名前がいなくなったら意味ないんだぞ?
――あと一歩が足りないなら、おれが背中を押してやるからさ。
――名前ちゃんはうちの大切なプロデューサーですもの。


一気に話し終えて、気が付くと周りの喧騒が耳に入ってきた。
あれ、わたし、なにしてたっけ。


「…………」


手にわたし以外の温もりを感じて隣を見ると、彼と目が合った。
どきっとする。そして同時に変な汗がでてくる。


「あ……その、あの」


しどろもどろになりながら目を泳がせる。
わたし何話してたんだろう。親しい相手でもないのに、一人で自分の世界に夢中になってしまって、それで。


「僕にも最近見えたよ」


恥ずかしすぎて死にそうになっていると、保健室の悪魔が呟いた。


「今はとても楽しいんだ。病室では見られない景色だからね」


本当に楽しそうに、そう言った彼の横顔は、とてもやさしかった。
この人にも何かを失ったり、自分を責めたりしたことがあったのだろうか。


「一緒ですね」


思わず口からでた言葉に、しばらくするまで自分でも気づかなかった。
ぽかん、としている彼の瞳を見て、自分の発言を振り返る。

あれ、いまわたしなんていったんだ。
いまなんか間違った選択をしたかもしれない。